VS 円盤海獣3 / 巨大甲殻類 VS 空中都市


甲殻類の外骨格は、カルシウムの骨ではなく、チキン質というタンパクの一種で出来ているんだったか。


エビ型の100mクラス大型海獣が、王都カサンドラから生えた軍艦群から砲撃の集中砲火を浴びる。

副長だけが第一発令所のアクリル丸窓から双眼鏡を覗いている。

他の発令所要員は壁面のVHUDで表示される各情報、船外状況とマップ、大型海獣の拡大表示などを眺めている。


「艦砲射撃は効いていますね」

「でも決定打に欠ける状況でもあるわ」


艦砲射撃で片目が吹き飛んでなお、大型海獣は愚直に進行を続けており、逃げようとする気配がない。

外皮は硬いと同時に柔らかくもあって、プラスチックのように粘りがある。

各所に亀裂が入り、半透明の青い体液が流れ出ているが、脱落や貫通はほとんど発生していない。


大型海獣が海中に戻るようであれば、あるいはイリスヨナが魚雷攻撃を仕掛けられるし、攻撃しても良いかもしれないが。


仮にイリスヨナが参戦するにしても、立場的に、都市部を巻き込む攻撃をすることはできない。

政治的に面倒なことがイリス様に降りかかる危険がある。

砲火によってエビの足元は瓦礫も粉砕されている状況だが、進む先にはまだ都市防衛の歩兵や逃げ遅れた住民たちがいる。


イリス様が戦闘に巻き込まれなければ、それでいい。

それが最低限、私の守るべきライン。


「ヨナ、痛い」

「あ、すみません」


いつのまにか、船長席のイリス様の手を強く握っていた。

気をつけないと。

困ったように眉を寄せて、胸を抑えるイリス様。


「いいの。でも、ヨナ、平気な顔してる。泣きたいなら泣いていいのに」

「泣きませんよ。悲しくありませんから」

「ヨナ」


イリス様が怒っている。


戦闘中でないのに。すべて見透かされている。

このまま、眼の前の災害に手を出すべきではない。ほうっておけばイリス様に火の粉のかからない戦闘。


でも、私はどうあっても基底があのぼんやりと平和な日本人であって。

正直なところ、私自身、そのことを悪いとは思っていないのだ。


「イリス様、少しだけお力をお借りしても良いでしょうか?」


イリス様はうなずく。

発令所要員の意識がそれとなく集まる中で、私はイリス様とつないだ手に集中する。


戦域を見やる。光学だけでなくレーダと聴音の目で。戦闘状況は芳しくない。

エビ大型海獣の粘り気のある外骨格と肉は艦砲射撃を受け止め、飲み込み。


また、外骨格はともかく、肉の再生は早い。

外骨格に見た目にわかりやすい亀裂でダメージが入っていくことが、意図せず罠になっていた。


大きなマトで外骨格の強度を確認したら、まず足を止めるべき。

また、頭上の円盤は明らかな主要構造物であり、破壊に何らかの効果が期待できる。


しかし外骨格を砕き肉に食い込む砲弾を見て、あとひと押し、と見た目に思ってしまえば、命中率の低い円盤に標的を振りかえる決断は難しい。

ましてやここは王都で、状況はすでに食い込まれて都心を蹂躙されている。

即座に正しい判断が要求されるからこそ、余計に難しくなる。


甲殻類の原始的な神経系は古代戦艦の竜骨のようなカーネル、バイタルパートを持たない。

動きを止めるまで、あと何発の砲弾を飲み込むか。

大型の円盤海獣は、王都迎撃システムの全弾を飲み込みかねない打たれ強さを持っていた。


目線のふり先を変える。


古代戦艦イリスヨナの機能で使えるものを探すのは、負荷が大きい。

それに、イリス様の乗艦であるイリスヨナにターゲットを向けさせるのも、可能であれば避けるべき。


周囲に意識を広げて、使えるものがないか探してみる。


それと、地上で使われている古代戦艦を見てから生まれていた違和感。

あれらはすべて死んだ船だ。魚で言えば骨が残っているだけ。


外骨格の甲殻類なら、乾燥させて中身を取り除いて、組み立てなおせば生きているときと同じに見える。

そういう剥製の置き物がある。


だから旋回砲塔の動力なども外部供給。

垂直に突き立った艦から艦砲射撃ができているのは、古代戦艦だからというだけではないのだろう。

死んだ船だから、イリスヨナとのリンクが確立しないから、存在に気づかなかった。


しかし戦闘システムにエネルギィが供給されると、艦砲以外にいくつかの艦内システムが生きていて、イリスヨナの参加するネットワークに存在が浮上してくる。

ヨナ誕生前のイリスヨナのように、魔術補助具で無理やり言うことを聞かせているターレットや給弾装置が、悲鳴のような異常操作警告を上げている。

それらの中にはどうやら解析中と思われ、セキュリティが途中まで外されて放置されているものがある。


死んだ船には巫女がいない。私からは、魂の入っていない箱のようなものに感じる。

そして主のいない船体機構は、外部から魔術補助具で無理やり動かすのは大変。

けれど、巫女と繋がったヨナであれば、容易く掌握することができた。


そのうちの1つ。

艤装の仕様を確認して、古代戦艦はやはり現代艦船とは違うのだな、と思いつつ。


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照準が問題になる。観測射撃が必要なのだが、跳弾が市街地に流れ弾するのは嫌だし、あとで面倒なことになりうる。

というか、使用中の砲塔を奪い取れば敵対行為になってしまう。

そういった政治的な判断は苦手なので、自分でも臆病に思うくらいがちょうどいいだろう。


だから使用するのは戦闘に参加していない未使用の砲のうちのひとつ。

空中都市に吊り下げられた戦艦のひとつ。解析途中で放置されている、1基1門のメーザ誘導TCシステム。


実態弾と違い、発射シーケンスが複雑なため管制が自動制御下にあり、解析が難航していたのか、使われていない。


それを掌握し、照準を開始。砲塔を旋回。


『放熱器の展開シーケンスに異常。目視で失敗を確認』


花びらのように開くはずの4枚の放熱板、うち2枚がモータ不調。

3度繰り返して諦める。


鉄塔のような砲塔の先端に鉱物結晶のようなレンズ構造発振子。

放熱板の中央、めしべに相当するそれが放熱板の影から露出する。

放熱板を展開しないまま撃てば、一発でレンズが焼け切れてしまう。


大型海獣の頭上に浮かぶ円盤に一撃与えて反応が見られればよしとする。


ついでに、供給されている電力では射撃管制とシーケンス22までで弾体が維持できない。

どうせ一発しか撃てないのだからということで、制御パラメタをいじる。発振子を爆縮暴走させてエネルギィに変換するよう調整。


『誘導制御、照射開始』


メーザ誘導によるサンダーコントロールの照準が照射され、敵大型海獣の身体をナメながら上へ。


砲塔の先から発射されている可視光線外の照準光線は、照準を確認するためのものではない。

空気中のイオン化傾向などを操作して、エネルギィ弾体としての雷撃を誘導する道を作るためのもの。

だから、発射というには少し具合が違う。


誘導空間内を舞っていた瓦礫の破片が赤熱して、かすかな軌跡を描く。


『照準よし。TCシステム攻撃開始』


次の瞬間、空中のの砲塔から斜め水平に、雷撃が円盤を貫いた。

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