辺境国カサンドラ『水晶の街』
景色の良い第一発令所でお茶をしつつ、目的地を眺める。
カップをおろしてレインが説明する。
「『水晶の街』は辺境国カサンドラの王都でもあります。宗教的には、地域信仰として町中に小さな祠がいくつかありますが、それを蹴り倒したりしなければ特に問題はありません」
私は神様は信じていないが、さすがにそんなことはしない。
「それにしても、この世界って海運していないから、海に近いほど田舎なんでしょう? どうして王都がそこに?」
私の疑問には副長が答える。
「海に面している都市は珍しくありません。辺境国カサンドラの場合は、海運時代に遺された都市遺跡が、そのまま城塞都市として使えたからですね」
この世界は大規模高層建築の土建技術がすごいが、とはいえ辺境国の田舎にお金が有り余っているわけではないので、整備済みの都市があればそこに住む。
レインが町の中でもきらめいている一画を指差す。
「ヨナ様、町の中にいくつも、きれいな水晶の建物群があるでしょう? 対魔法の防壁になるんです」
確かに、レンガ作りの円筒や城みたいな建物群のあいだに、曲面の壁のような半透明の建物がいくつも建っている。
壁は王都の中心を守るように並べられた巨人の盾のようだ。
「あの大きい建物、ぜんぶ水晶なの?」
「正確には人工水晶の構造物です」
「レンズ現象で火事が頻発しそうね」
「住人は慣れているからちゃんと注意していて、だから火事はほとんど起こらないそうです」
護送している魔槍アロンも、基本的には対軍兵器だが城壁破りが可能だという。
この世界での攻城戦は、壁を破壊する威力をもつ魔術師や魔術武器の登場により、一時は『城塞不要論』さえ唱えられた。
しかし魔術武器の貴重さと運用の難しさ、そして城壁側が対魔術の技術を発達させたことで、『無敵ではなくなったがあれば役立つのは違いない』というところに落ち着いているそうだ。
「あの建物群があるから、水晶の町は王都でありながら魔術具の生産拠点でもあるわけです。爆発しても周囲に被害が広がらないので」
なんとも剣呑な都だった。
新聞のような紙の束から顔を上げて副長がレインに尋ねる。
「レイン様、官報によると、カサンドラの機動都市が水晶の町にちょうど帰港しているはずなのですが」
「ああ、都市でしたらイリスヨナの進行方向から見て、奥のほうに停泊していますよ。一部しか見えていないだけで、もうそろそろ全景が見えるはずです」
また私の知らない話っぽかった。
「副長、実は観光とか好きだったりする?」
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細い足の生えた岩山が、宙に浮いていた。
「なにあれすごい! ファンタジーっぽい!」
「ヨナ、さっきから同じことしか言ってない」
水晶構造建築に囲まれた首都と、その奥にある空中都市。
興奮する私に、レインがちょっと不思議そうな顔をしている。
「ヨナ様、艦船と少女以外のものに興味があったんですね」
レインの中で私の評価はどうなっているのだろうか。
「いいなあ、あそこって観光できるのかしら?」
「空中都市の水晶宮は城塞あつかいなので、入城はできるはずですが、許可を得る必要がありますね。観光するには、事前の手続きに一週間ほどかかります」
「じゃあ今回は諦めるしか無いわね」
ちょっと残念。
イリス様は航行中、イリス伯や使用人の無事を気にしていた。
私も、イリス伯領地に置いてきたトーエとチセ、スイにイリス漁業連合、海外旅行協会のみんなが大丈夫か心配だから、早めに帰りたい。
エーリカ様にはすぐに帰ってこいとは言われていないが、みんなの無事を早く確かめたかった。
まあ、エーリカ様がいたのだから大丈夫だと思うけれど。
「ところで、水晶宮の底部に吊られているの、あれ、もしかして古代戦艦?」
近づいてくると、空中都市の底に括り付けてある増加装甲のようなものが、船底の形をしていることに気づく。
副長が答える。
「そうです。あれはたぶん、機能停止した古代戦艦を装甲として埋め込んであるものです。たぶん、墓所から持ってきたものでしょう」
「墓所って、私の読んだ本には少ししか触れられていなかったけれど、船の墓場のことよね?」
古代戦艦に関する本はどれも、華やかな大航海時代の伝承についてがほとんどで、現在言われている墓所についてはほとんど記載がなかった。
そもそも、古代戦艦については本の数があまりない。
「それについてはレインが説明しますよ。専門家ですから」
ぐいっと身体を寄せてくるレイン。
「墓所は大陸各地にある古代戦艦の墓場です。機能しない船や、船底しか残っていない古代戦艦の化石が出土する土地のことです。
船信仰の聖地になっていますね。同時に古代技術を採掘する鉱山でもあります。
特に大きな大墓所が3つあって、そのうちの1つは大国アルセイアの王都近くにあります」
墓所、『機能停止しそうな古代戦艦が向かう海の底』とかではないらしい。
「墓所も、いずれ見に行きたいわね」
船としては、地上に展示されているものより、洋上に浮かんでいる方が好きだけれど。
古代戦艦イリスヨナとしても、同類の化石が並んでいる光景には興味がある。
空中都市を鑑賞する私を、レインが探るように覗き込む。
「ヨナ様、船がああいう扱いをされているの、お気に障りましたか?」
「いえ、別に」
私にそういうのはない。
「ヒトの死には敬意を払おうとされているのに、自分たちのことには無関心ですか?」
「ああ、ヒトで言えばあれは死体を吊ってることになるのね」
そう言われれば悪趣味な気もするけれど。
「でもヒトと船は違うわ」
「まあそうかもしれませんが」
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