『魔槍アロン』のお披露目
「本来は厳封直送品です。王宮から持ち出したあと、前線で使用するまで封を解くことを許されないのですが。エーリカ様がぜひお見せしたいと。第五皇女様もお許しになられた」
イリスヨナの客室。
随伴員の初老の男性と向き合って、私とイリス様。
副長とレイン、メイドのエミリアさんが扉の向こうに。
机の上に、1メートル弱の楽器ケースに見える、どこかくたびれた革のキャリングケース。
戦術核兵器相当の魔法槍が入っているようには見えない。
仕舞われているのが輸送対象物の魔槍アロン。
槍というから大人の身長以上はあると思っていたが、意外と小さいのか。
随伴員の枯れた指先が鍵のダイヤルを回す。
年老いて簡単に折れそうな腕は、若い頃から細身だったのだろう。礼服も簡素なもの。
随伴員の彼も、バイオリンの調律師にしか見えない。
しかし、キャリングケースは『そのつもりになって』よく見てみると、魔法に独特の輝きを微かに放っていた。
可視光線ではないけれど。この前の戦闘でイリス様に入ってから、見て捉えられるようになったのかもしれない。
「ヨナ?」
イリス様がこちらを見て、ふっと視界が晴れる。
「あ、イリス様」
一瞬何が起こったかわからず、微笑むイリス様の美しい桜色の瞳奥を覗きかけて気づく。
私の目が魔法を見られるようになったわけではない。
「すみません。また」
魔法の使えないヨナの身体で魔力を捉えようとして、気づかないうちに、イリス様の視界で眼の前のキャリングケースを見ていたのか。
同じものを見ていたから、同調しやすかったし、気づかなかった。
「いいの」
ころころと嬉しそうに微笑むイリス様を見ていると、余計に罪悪感が募る。
随伴員の前でイリスヨナの機密に関する話はできないが、イリス様の負担になっていないか心配でそわそわする。
槍のことなんてどうでもいいから放り出してイリス様の体調を確認したい。
しかし、大国エルセイアの配慮に対する礼儀の問題もあるし、エーリカ様が見ろというものを見ないわけにもいかない。
随伴員が懐から鍵を取り出す。想像していたような古くて重い骨董品のような鍵ではなく、針金を曲げて作ったような簡素な鍵だった。
しかし、針金は鍵穴に触れた瞬間に震えて、生き物のように形を変えながら、自ら鍵穴に潜っていく。
黄変、熱したように赤色になり、最後には錆びる。刺さった鍵はいかにも古い魔法道具に見えるようになった。
金属音と共に、ケースが開く。
「お手を触れないよう。呪いがかかっておりますので」
楽器ケースの中は、別に空間拡張の魔法がかかっている、などということもなく。
魔槍アロンは、80cmほどの短槍だった。
択捉の模型よりも一回り小さい。
柄の部分は木目。
刃の反対、石突の先は流木の根のように枝分かれしていた。
そして目につくのは、長さ30cmくらいの鈍いつや消し銀色の刃部。
刃部だけで短い槍の全長を多く占めるが、これを刃というのは語弊がある。
菱形の刃部は大きく中抜きされており、刃が外向きに向いていない。
内向きの刃部に囲まれて、5cmに満たない槍本来の穂先がついている。まるで申し訳程度に。
それらの刃が実用できるとはとても思えない。
刃部の根本に3本のリボン。
魔槍アロンは、鈍器としてはそれなりだろうが、突いて刺さるようには見えなかった。
実用品というよりは装飾品だ。
だが魔道具としてはそれでいいということなのかもしれない。
戦略級というのだから、一人ずつ突き殺すための武器ではないのだろうし。
無言。
眠そうなイリス様。
「あの、もう仕舞っていただいて結構ですよ?」
老人はきょとんと一瞬間を置いてから、にっこりと微笑む。
「ああ、これは申し訳ない。退屈させてしまいましたか」
「いえ、そんなことは」
「これまで、魔槍をお見せする機会はそう多くありませんでしたが、恐れや憧れ、所有欲や支配欲といった違いはあれど、どなたも皆さん興味津々だったものですから。関心を持たれるのが当たり前と思い込んでおりました」
別に興味関心がないわけではないけれど、手に入らないであろう武器の使い方とかを訊いても仕方ない。
随伴員は護送の護衛であって、解説員ではないのだし。
面倒ごとに巻き込まれたくないし。
そういう意味では、眼の前の風で折れそうな枯れ木のようなご老人はすごく強いはずで、どうやって戦うんですかとかは訊いてみたい気もするけれど。
「久々に、気楽な船旅になりそうだ。イリス様、ヨナ様、あらためて感謝を」
イリス様が色良い返事をしてくださる。私は曖昧な笑顔。
何もなければ明後日には到着するし、出発早々に戦艦に撃沈されそうになったし。
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