VS戦艦3 / 垂直発射管の開放

『I種魚雷が爆散。R5番は作動』


敵艦の側面で2つの炸裂が起こり、1つは至近だった。敵戦艦が横揺れする。

私は報告をする。


「R5番魚雷は艦砲射撃で航跡は乱れましたが、近接信管で起爆しました」


まだ一発だけだが、第五皇女様から受領した魚雷の性能は確認できた。

イリスヨナ常設のI種魚雷(仮称)よりも構造が堅牢なのかもしれない。


敵艦の魚雷への対処もわかった。

それと、この攻撃で、敵艦は外部からの不規則な揺れを受けて照準の追跡が狂うから、観測射撃はやり直しだ。

というか、やり直しになってほしい。


「でも観測射って距離でもなくなってきたわね」


次の攻撃は水平射撃かもしれない。


「掌砲長、次は前方魚雷発射管から4本使います。追加の2本はI種を装填」


短く装填指示をして、掌砲帳は鋭く返す。


「軌道は変えますか?」

「そのままでいいわ。敵艦の左右から2本ずつ打ち込みます」


バリエーションをつけて軌道予測を外すのは、雷撃戦では有効だ。

けれど敵が艦砲射撃で魚雷を処理するならば、こちらの魚雷調停も大味でいい。

必要なのは攻撃速度。艦砲をこちらに向けさせたくない。


敵艦の対応は、艦砲を左右に振り分けるか、それとも別の対抗作を見せるか。


「I種魚雷を一本、撃破狙いに。うまく当たれば敵装甲の強度を把握できます。他は同じで」


さっきの攻撃結果を見て、最初から捨て攻撃になる可能性が高いなら、という考えだ。


----


敵艦が近い。

胸の中に砂が湧くような、焦る気持ちが溜まっていく。

冷静にならないと。


イリスヨナを沈められないためには、戦いには勝たなければならない。

だが気持ちを高ぶらせてもいけない。


イリスヨナの操艦系である私は、イリス様の意識を乗っ取り、塗り潰す。

肉体を蝕み、寿命を削り取る。


「ヨナ」


呼ぶ声に引き戻される。

ずっと隣りにいるのに、戦闘状況に入ってまだ30分経っていないのに、ずいぶんと久しぶりに声を聞いた気がした。


「集中して」

『戦いに「集中して」もいいのよ。』


声は中の短い言葉だけだったのに、その前後の文脈まで、私の胸の中に直接飛び込んでくる。

イリス様は、私の手を握って導き、自分の胸元に。


「ヨナに委ねます」

『私の命と存在を「ヨナに委ねます」から、あなたの思うままに』


この世界に生まれて初めて、私はイリス様の胸の中から『魔力』を感じ取った。

けれど、それが戦闘に何をしてくれるというわけでもなく。

状況は変わらないまま。


だからイリス様が委ねると言ってくれたのは、イリス様の命と、魂の存在。

イリス様が委ねてくれた存在の、価値の大きさが恐ろしくて。


喜びに魂が震える。


心臓が跳ねる。

機関が熱を持つ。

機関構成原子が1回振動する時間の約1/255、機関部の制御を失敗する。


「お預かりします」


----


副長が報告。


「敵砲塔が旋回。左右水面に振り分けるようです。こちらには向いていません」


まず、敵戦艦と接触までのイリスヨナの生存率を上げる。


『垂直発射管のロックを解除』


垂直発射管の封印を開放。システム同期状態を確認。対潜水艦戦システムをセルフチェックへ。


エーリカ様と第五皇女様が逃げてきた時に、使わなかった投射爆雷。

ここまで近づけば戦艦相手でも当てられる。


イリスヨナの未使用機能をロック解除するには、イリス様の中に入らなければならない。

だから、それがわかってからは未使用だった垂直発射管は封印したまま。

動作のチェックもできていなかった。


「敵艦に空中から爆雷を投射して、目くらましをします」


戦艦の上部構造は船体に比べて弱いけれど、艦砲を破壊できるとは期待しない。

装甲の脆弱な潜水艦への攻撃がだから破壊力はそれほどない。

本来の用途と違うから、目くらましに効く発煙もあまり期待できないが、ないよりはマシだ。


歯がゆい。


イリス様のお命を預かってなお、できることは目くらまし。

たがか眼の前の戦艦一隻を沈めることすらできない。


イリス様が私の手を握ってくださる。

考えていることが、ぜんぶ漏れているのだと思い出して、恥ずかしくなる。

私は、イリス様が持つのにふさわしい船でありたい。


『15番垂直発射管不調。ハッチモータ動作せず。命令伝達に問題あり』


副長が即応する。


「要員がチェックします」


しばらく使っていなかったから、どこか断線しているのだ。


『15番をキャンセル。17番垂直発射管ハッチ開放』


古代戦艦イリスヨナの平坦な前部甲板の一部が、せり上がって開く。


『弾体を調停。飛翔体のロックを解除。子弾爆雷の深度安全機能を無効へ』


敵砲塔が左右に向かって閃光。

同タイミングで、垂直発射管から発煙と共に飛翔体を射出した。

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