『海外旅行協会』2 / 人造艦船の技術者たち

「それで、皆さんは」

「それぞれの自己紹介は後ほどするとしまして。我々は『海外旅行協会』に属しております」


は?

ミッキが横から補足してくれる。


「『海外旅行協会』というのは、お祖父様が同好の士を集めて作った同好会のことです。同好会と言っても、会員証とバッチを作って、あとは何かの折に集まった際についでの雑談をするだけのゆるい組織ですが」


ちなみに『海外旅行協会』の会長はなんとミッキだという。

なんと胡乱な同好会、と思ったが、そういえばミッキは出会った時点で人工艦船の夢を追って最初からキャリアを捨てている、立派なピーキー少女だった。


「他にもいろいろあるのよ。『球体魔法陣の集い』『化石掘りイベント実行委員』『印刷所』『人体探求』『カバラ会』『シャンバラの扉』『イモ煮会』『便所掃除』『時間旅行教会』『宇宙旅行協会』『電気でミミズを集める』あとそれから」

「つまりたくさんある技術者たちの同好会のうちの一つが『海外旅行協会』?」

「そうです。この人たちはお祖父様の『人工艦船』構想に興味を持ってくれていた技術者です」


それと、『海外旅行協会』を含む同好会の存在には理由があり、必ずしも同好の趣味の会というだけではないのだという。


同好会は紹介制のため、所属することである程度の信頼証明、技術力と身分の保証ができる。

技術者同士は所属する同好会により、互いの興味と専門分野を把握できるので、仕事の紹介や融通がスムーズになる。


彼ら技術者は多くのネタ、アイデアはあるが、その全てに実現できる機会が得られるとは限らない。常に出資者と現実化のアイデアを探し、有望なそれの情報を交換しあう。

同好会は、技術者たちが情報交換するための会員制ネットワークということだ。


「俺達はそこでミッキちゃんのお祖父様の世話になったが、鋼鉄の船を作るあいつ自身の夢は果たされなんだ」

「夢を継いだミッキちゃんも、運良くチャンスを掴むとしても、30年くらい先のことだろうとみんな思っておったが」

「あいつもあと10年生きておればな」

「惜しいやつだ」


場が少しだけしんみりする。


「しかしミッキちゃんは無事に出資者を見つけた! それも引き換えに長い忠誠やら結婚や愛人になるのを要求するのでない、同じ夢を持って口を出さず金を出してくれるという最高の相手をな!」


一気に話が生臭いぞ。

それと私は口を出さないわけではない。初期艦となる海防艦の艦名は絶対に『択捉』にさせてもらう。


「私はヨナさんに嫁いだつもりですが」


ミッキが爆弾発言をする。


「そうだな! 技術者というのはそういうところがある」

「同好のパトロンというのは、嫁より探すのが難しいものね。人生に二度とは得難い、一生モノのパートナだわ」

「造船技師ミッキの幸運に乾杯! ヨナ様に乾杯だ!」

「酒盃の用意が面倒だな」

「俺は酒が飲めんぞ」


文句が混ざりつつ、誰もが楽しそうだ。


「この場合の乾杯って、バンザイみたいなものかしら」


と小さな声で言ったのを、耳ざとく聞きつけられてしまう。

バンザイについて説明させられたあと、なぜか老人たちに混じって。


「「「バンザーイ、バンザーイ!!」」」


やらされた。

老齢の技術者集団って、もっと落ち着いた人たちの集まりという印象があったのだけれど。


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落ち着いたあたりで、私はお金の話題を切り出す。

話しづらいが大事な話なのでしておかなければならない。


「ところで、皆さんのお給料なのですが、さすがに私のおこづかいでは安定した職と収入をお約束できません。給料レンジはわかりませんが、皆さんは経験と実績のある熟練技術者です。それに雇うと言っても、ミッキのような貴人の類縁や、独占契約などの都合で、雇用できない方もいるでしょうし」


突然この人たちが来ると言われて、頭を抱えたのはそこだった。それぞれ本当に高レベルかつ実績のある技術者ばかりで、ミッキに聞いた想像の金額は払えなくはないが、艦船に回すお金がなくなってしまう。


しかし答えはあっさりとしたものだった。


「なに、心配いらん。老人ばかり集まっているのは、俺たちみんな仕事からは引退した暇人だからだ。

給料はいらんのだ。俺らはチャンスがあるというから船を作りに来ただけなのさ。ミッキちゃんのお祖父様への恩返しでもあるからな。

働き盛りや若者は食い扶持を稼がにゃならんし、いまの現場と仕事がある。

鋼鉄の船を作る限りにおいて好きにやらせてくれるとも聞いておる。その約束を守ってもらうのと、素材と道具を好きに買わせてくれるならば文句はない。

なんならそっちのほうが給金より高いものもあるしな」


本当に同好会めいてきた。


ともあれ環境は整えろということだから、タダではない。造船に際してとんでもない額が飛んでいくのは変わらない。

この人たちが造船に集中できるよう、政治と手続きを解決する必要もある。


と、そこで、最初にミッキを抱きしめていたお婆さまが。


「でも大丈夫なのではないかしら。古代戦艦イリスヨナには、次の大きな仕事があるという噂だし」


えっ、それ初耳なんですが。

イリス家側が誰も聞いていない話が、勝手に進んでいる?


「第五皇女様とエーリカ様が押しておったから、ワシも議員をやっとる息子に賛成するように言っておいたぞ」

「俺もだ。ヨナ様にはもっと稼いでもらわにゃならん」


あれー?

ミッキが珍しく天を仰ぐ。


「すみません」

「いや、私は別にいいけれど。というかミッキにも、そういう風に私を使ってくれってお願いしているくらいだし」


『現代艦船』知識を提供したあとは、私にはお金を稼ぐことしかできない。

だからイリス様のお許しの元で、運送業とか漁業をしているわけで。


「ところで皆さんの生活はどうしましょう」

「食事と住居はなんとかしてもらいたいなあ」

「いやそれオオゴトじゃないですか」


普段から庶民よりはハイな生活をしている、貴人も混じった老人集団が、30人近くいるのだ。

今日は野宿で明日になったら考えます、というわけにはいかない。


ミッキの家には収まりきらない。イリスヨナの部屋数は準備が足りないし、乗船許可も気軽には出せない。

周囲の宿屋などにも割り振るとして、イリス伯邸にも受け入れてもらわないとキャパが足りない。


「つまり、イリス伯に許可をもらわないと、なのね」


こうして成り行きのなあなあで許しをもらうはずの計画(?)が、逆になあなあの成り行きによって、ぶっつけ本番で一発許可をもらわなければならなくなったのだった。

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