イリス伯との交渉

「イリス、お前はいいのか?」

「はい。お父様」

「なら好きにしろ」

「ありがとうございます」


イリス様とイリス伯のやりとりは、それだけ。話はそれで終わってしまった。


私の方は、さきほどまでの説明で緊張しすぎて、何をどこまで話したのか覚えていない。

慌ててレインを呼んで、ミッキもまじえて一緒に説明する範囲を決めたり、プレゼン台本のカンペを作ったりした。


ありがとうレイン。突然でごめんなさいでした。


緊張のあまり余計なことを口走っていないか心配だ。

『イリスヨナを廃艦処分するのが最終目的です』とは言っていないから大丈夫。

『最終的に古代戦艦を撃滅可能な戦力を保有します』とも言っていないはず。


「いやいや兄さん、そんなあっさりとOKするのはまずくない?」


イリス伯の政治担当の弟さん、もとい、イリアノさんが困り顔。


イリアノさんは、この前の『海外旅行協会』到着の際にやってきた。

『海外旅行協会』の技術者に混じっている高位の貴人家の面々に挨拶して、顔つなぎしておこうという狙いだったらしい。


「漁業権はイリス家が持っているからいいとして、サイズの大きな漁船の建造と保有とか、いかにも面倒ごとのタネだよ」

「海産物の市場流通とその利権もな。お前の好きな政治案件だ。任せるから出世に使うといい」

「いやそれはそうするけど」


するのか。


「いかにも兄さんの嫌いなハデに分類されるコトだと思うけれどね」

「イリス伯家は女系でイリスヨナを管理する家だ。イリスヨナと巫女が決めたことなら反対する理由はない」

「まあそうかもしれないけれどさ」


元から無表情で機嫌悪く見える細面のイリス伯。

当たりのよい兄ちゃん的な雰囲気で、いまはは苦り顔というか、苦笑気味のイリアノさん。

初対面の時は余裕がなかったから気づかなかったけれど、二人ともけっこう絵になる。


などと、緊張が切れてどうでもいいことを思っていた私のほうに、イリアノさんから話が振られる。


「ヨナ様におかれましては、王殿下の時もですが、今後はできればコトを起こす前に教えてください」

「あれはエーリカ様に言えとつつかれて仕方なく。なんというか、すみません」

「今回も高位技術者の確保、唐突でしたし」

「すみません」


技術者については向こうから勝手にやってきたんです。

それ自体はめちゃくちゃありがたい話だけれど。


「これ以上はないですよ。あとは粛々と造船して漁業をしていくだけのつもりなので」

「そうだといいんですが」


イリアノさんは、今度は少し面白がっているような表情。

私としては、最大の政治的懸案であったイリス伯の許可が無事にもらえたので、できればあとは穏便に行きたい。


イリス様の将来のことを考えても、面倒ごとはゴメンだ。


「ヨナ様が平穏に過ごしたく思っても、もう周囲が放っておかない気がしますよ」

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