『海外旅行協会』1 / 趣味の老人大集合
「ヨナさん、ご相談しなければならないことがあります」
「艦船のこと?」
「いえ、違います。ヨナさんとも相談して進めていた技術者の確保なのですが。
技術者のコミュニティに募集の連絡だけ流していたのですが、さきほど手紙が来て、明後日には到着すると」
「別に構わないけれど、唐突ね」
旅費だってタダではないだろうに。
「貴人が何人か混じっているのです。なので、事前連絡なしに押しかける形になりますが、どうやら気にしていないようで」
別に押しかけられること自体はいいけれど。
もうそろそろミッキに部下をつけてあげたいし、ミッキ以外にも技術者を増やしていきたいと思っていたところだ。
だがあまり好き勝手されるようだと、あとで頭痛のタネになるかもしれない。
「どれくらい偉い方が来るのかよくわからないけれど、イリス様、おわかりになります?」
ミッキと名簿の突き合わせをしたイリス様が、珍しくよくない顔をする。
「そんなにすごいんですか」
「エーリカ様の家の親戚とか」
御三家血縁とはまた。
「グランツの家は辺境国に根を張って、大国アルセイアに影響力を持つ商業家門です。エヴナからも私の親戚が何人か」
「それって全員面接しないとダメ? というか面接していい相手?」
訪ねてきた貴人を不合格で追い返すというのは、わかりやすくプライドとメンツにかかわるし、問題に発展しそうだ。
「それはないです」
技術者ゆえのプライドや、彼らに共通の無礼講みたいなものがあるのだろうか。
「それに面接の必要もありません。みんな顔なじみの技術者ですから、能力は確かです」
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イリス伯邸の前に、馬車の列ができていた。
それもただの馬車ではない。本に寝袋、よくわからない機材が山と積まれた馬車ばかり。
隊列を守る装具がしっかりした護衛や、馬車自体の立派な革張りや装飾がなければ、これこそ避難民の集団と見まちがえるだろう。
大柄な老婆に抱きしめられるミッキ。
「ああミッキ、久しぶりね! おじいさまの葬式以来かしら。立派になったわねえ」
「その歳で船の新設計か。大仕事を始めるとは」
「いや俺はこの娘の才能を信じていたぞ」
「才能はあっても運次第のこともあるだろう馬鹿。しかしミッキ殿はよい出資者を見つけたようだ」
いつもと表情の変わらないミッキが、老人たちに囲まれてチヤホヤされている。
私とイリス様は、その集団をただ目を丸めて見ていることしかできない。
「ミッキから事前に聞いていたよりも、ずっと規模が大きいじゃない...」
数人の老技術者を乗せた馬車数台という話だったのが、なぜか30台を超えて最後尾が見えない馬車の列と、ミッキを囲む30人以上の老人たち。
だたの馬車の御者というわけでなさそうな、装いと顔つきの違う従者もちらほら。
彼らはたぶん老人たちの使用人や弟子だろう。
そして、種族的多様性がすごい。
頭から角や羽が生えているのはまだ大人しい方。ひげや髪の代わりにタコ足がくねくねと宙を舞い踊り、輝いて宙に浮いている者、半透明、うろこ、身長2m超え、首が2つ、腕が6本。
乳母車のような水槽から上半身を出して少年に押されているのは、イルカのようなお方だった。
「さあミッキ、イリス様を紹介してくれ」
無言で立っていたイリス様が、集まった視線に、横に立っていた私の服を掴む。
「イリス様もですが、もう一人紹介すべき方がいます」
ミッキが私を見る。
「そちらのお嬢様が、イリス様です。
そして隣にいるのが、今回のプロジェクトの発起人であり実質的な指揮者である、ヨナ様です」
老人たちが私を見て一瞬無言になる。その中から一人が、
「ヨナ様というのは、もしかして噂に聞く、古代戦艦イリスヨナの化身かね」
とミッキに尋ねる。
私自身、自分をどう言い表したものかわからないけれど、『化身』とは。
ミッキは自分の権限では答えられないということか、私を見る。私はイリス様を見る。イリス様が頷いたので、『ヨナが決めていい』という許しをもらった私が答える。
「はい。私がヨナ。古代戦艦イリスヨナです」
どういう反応をされるのかと身構えた私に対して、周囲の目の色が、一気に輝き出す。
「噂に聞いたイリス家の革新的な新内蔵式というのはこれのことか!」
「魔術人形のように見えるけれど、それにしては魔力をまったく感じないわね」
「なんとまあ、こんなこともあるのだな」
「この見慣れない服装も、どうやら普通の素材ではないな」
いちおう私のことは軍事機密扱いらしいのだけれど、詳細や『ヨナ』の存在はともかく、噂はすでに漏れてかなり広がっているようだ。
古代戦艦に由来する未知のテクノロジーに、目を輝かせた技術者集団が殺到する。
童女の見た目をしていても、彼らはまったく遠慮してくれない。むしろ童女と老人だからこその遠慮のなさか。
さすがに胸とかは避けてくれるけれど、他のところは孫を可愛がる要領でわりかし遠慮なくベタベタと!
イリス様は完全に蚊帳の外。
(巻き込まれなくてよかったけど!)
私は涙目になりながら、
「私のことは、エーリカ様からあまりヒトに調べさせるなと、言われていますのでぇ...」
なんとかその言葉だけ絞り出す。
陸軍御三家直系公爵令嬢エーリカ様の名前はさすがの効き目で、囲いの技術者たちがさっと1mは引く。
ミッキが出てきて。
「なんというか、すみません」
「いえ、いいのよ。悪気も邪心もないのは知ってるから」
だからこそタチが悪い、という見方もある。
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