トーエ特製の『択捉』船舶模型 / 人類初『人造艦船』の艦長候補生

『日本帝国海軍所属 択捉型海防艦 択捉』の船舶模型。


おもわず息をついて、うっとりする。

それほど美しい。


択捉という船そのものの美しさもさることながら、ブローチなど小物作りで実績をもつトーエの繊細な仕事がすばらしい。

艦橋表面に備設された掃海具治具といったディティールの再現が見ていて飽きさせない。


しかし、ちょっと申し訳なくも思う。

模型の趣味があるわけでもないのに、トーエには美的センスを封印して、ただ雑用のような作業をさせてしまったのではないか。


「そんなことないですよ。

こんな大きなものは美術学校の卒業制作以来ですけど、久しぶりで楽しかったです。

それに、質感や色塗りで考えることはたくさんありましたし」

「そうなの?」

「指定のない細部のディティールやデザインはお任せいただいたので、コンセプトとしてご要望のとおり、強さよりも美しさや頼もしさに振っています。

特に、船体設計に関わらないパーツの縮尺比と、マストの『アンテナ類』? は、再現よりもシルエットの美しさ優先です」


ミッキ、もしかしてアンテナの機能を説明してないのか。

いや、いきなり説明しろと言われても困るかな。


「船体の形は私のセンスではなくてミッキの図面通りに再現しただけですが、船って見た目の良さを目的としない人工物なのに、目を見張る美しさがありますね。勉強になりました」


それは妹さんの口癖だ、とツッコむところかもしれないが、目の前に置かれた宝物が眩しくて、そんな余裕がない。


「最高よトーエ。コレだけ眺めて満足してしまいそうだわ」

「それだとみんなが困ります。実物ができるまで、もっと欲張ってくださいね」

「もちろん」


この択捉を1/1スケールで再現する。この世界の海に浮かぶ本物の船として。

いままでは自分の頭の中にぼんやりとしたイメージしかなかったものが、眼の前の模型を見ていると、より確かなものに感じられる。

胸が甘酸っぱく締め付けられるような気持ちがした。


と、向かいから同類のため息と言葉。


「きれいな船ですねえ」


顔を上げると、輝く瞳。


「あっ、すみません」


私と目があい、思わず立ち上がりかけていることに気づいたスイが、座り直す。

彼女のその仕草が演技だとは思えなかった。視線を向けると、レインも小さな仕草で肯定してくれる。


ああ、トーエの狙いがわかった。

そして間違いなく、その狙いはクリティカルヒットしている。

レインとトーエ、そのほかの面々も悪い顔をしていないから、人物にも問題はないだろう。

この瞬間に彼女の採用を決めた。


ミッキがそのスイの反応を見てうなずく。


「なるほど、確かに模型があるだけで、これから建造する船のイメージが、いろいろなヒトと共有できるのですね」

「この世界でも、都市計画で同じことをしているはずよ」


少なくとも前の世界では、都市計画といえばコンセプト模型がつきものだった。最近はCGが多いようだけれど。

大人数でモノを作るとき、作るモノのイメージが共有できていれば、設計がブレないし末端の作業も進みやすくなる。


特に『人造艦船』は、まだこの世界に存在しないモノだ。

だから完成イメージを持ってもらうことは大切になる。


必要ならば、択捉の使用感を伝える海上の背景絵や小道具の網、スケールを伝えるための海獣フィギュアや海岸線ジオラマなども用意してもらいたい。

前者については、説明の際に気軽に見せられるように、ウォーターラインモデルを別に作ってもらう予定に既になっている。


「そして本物? の『択捉』も建造に着手するわ。そのためにも船体のデータをもっと収集しないとね。

進捗はどうなっているかしら?」


ミッキが答える。


「乾ドックの基礎工事は来週から開始の予定です。

先行して、試験用の船台方式ドックを着工済みです。同時にそこで組み立てる試験体『雪風』は既に3パターン建造に着手しました。試験日程は仮組みですが、来月には最初のテストが実施できる見通しです」


船体は問題なさそうだ。


「『桃音』プロジェクトはどうかしら」

「桃音の流体試験はシミュレーションと風洞で行います。最初の風洞用モックを姉さんに作ってもらっているところです。

試験用の軽量外板はレインさんに作ってもらっていて進捗に遅れはありません。

桃音のエンジンは設計から新規開発することになるので、現在基礎技術を選定中です。軍用バイクのエンジン技術が手に入れば良いのですが」

「どうしてもダメだった時は、エーリカ様に泣きつきましょう」


レインが挙手。


「はい、レインはオブザーバとして反対です。用途を知られたらエーリカ様に絞め殺されますよ」


ミッキが答える。


「用途を隠して闇から手を回したら、それこそエーリカ様が大隊引き連れて進軍してくるのでは?」


私が割って入る。


「用途はともかく、イリス様の麾下で悪いことはさせるわけにはいかないので、引き続き正規ルートの模索をお願いします。

イリス様、状況は以上のようになっています。なにかありますか?」

「ヨナのしたいように」


イリス様の肯定に、私はうやうやしく頭を下げて答える。

と、スイがおずおずと手を上げて、周囲の視線を集めてから切り出した。


「あのこれ、わたしが聞いていても大丈夫な話なんでしょうか。もしかしてワタクシは既に命運尽きており、この部屋から生きて出られないとか?」

「そんなはずないじゃない」


しかし今さら逃すつもりはない。だから眼の前で話もしている。


「ああ、言い忘れていたわね。あなたは採用です。イリスヨナの船員ではありませんが、いずれ乗船はしてもらいます。

いまからあなたは人類初の『人造艦船』の『艦長』候補生よ。将来の幹部候補として、船とヒトについてよく学ぶことを期待します」


それから、なるたけの好意を込めた笑顔を作って。


「おめでとう」


えっ。という声が漏れる。

そのあとスイの絶叫が、イリス伯邸に響き渡った。

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