『イリス漁業連合』の胎動?

「えっ、手を付けてないの、漁業の利益」

「当たり前ですよ」


エーリカ様の護送依頼のあいだ、すっかり放置していたが、漁業。

帰港の翌日には機関室で所要を済ませ、当日には復帰した。


「確かに俺は市場へ卸のとりまとめしてますけど、売り上げを独占したら周りの奴らから袋叩きにされます。

そのうえ仮にも『イリス漁業連合』なんて看板掲げておいて、私物化したら物理的に首が飛びますって」

「まだ正式には発足してないけれどね」


領主の名前をチラつかせているのだから、ヘタを打てば看板代にまつわる面倒事が押し寄せてくるわけだ。

それは確かに、現金があっても手を付けられない。


「ともかく、イリス家の名前を便利使いしておいてなんだけれど、看板はつきまとうから敵は作らないようにお願い。

ある程度は仕方ないにしても、競合ともできるだけ穏便によろしくね」


面倒事を避けたいのもそうだが、何よりイリス様の敵は増やしたくない。


「協業で傘下に入ったり、少し高い道具を買ってよいお客になったり。生まれたばかりの新しい組織としては、現地に溶け込まないといけないわ」

「それもわかってます。私も古馴染みと仲違いはしたくありませんし」


ちなみにそのへん、イリス様に匂わせのGOサインはもらっているけれど、イリス伯には正式な許可をもらっていない。

あくまで海洋調査の名目だ。

そして調査の過程で捕れてしまった魚介は、もったいないから市場に流して活動資金の足しにしている。


なんか日本で似たような仕組みを聞いたことがあるぞ、と自分でも思う。


「浜辺の整理や道具の調達、それらにかかる日当の人件費なんかの諸経費は精算してますが、それでもウチらだけで見たらプラスですよ」


(まあ、古代戦艦イリスヨナは燃料人件費から費用滅却までまるごとタダだからなぁ。古代戦艦、借りてきたらそれこそ大赤字だろうけれど。)


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商売、商売と言ってはいるものの。

元の世界では『この世の売り物はすべて元をたどればそのへんからの拾い物』とか『この世で一番儲かるのは結局最後は石油王』なんて商売に関する皮肉があったけれど。


手付かず獲り放題の海洋資源を、運用が基本無料の古代戦艦で拾い集めて売っているのだ。

儲からないわけがない。

(いや、実際には場合による。)


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それでも収支にアシが出るつもりで、エーリカ様の護送依頼と、レインの旅客運賃で得た利益を補填に当てようと思っていたのだけれど。

まさか余ることになるとは。


ちなみに今話しているお兄さんは、調査の初日に話しかけたおじいちゃんの息子さん。

本人曰く現世利益のないものがピンとこない、商売が肌に合うタイプとのこと。釣り師として干物づくりに詳しく市場に顔が利き、私が来る前から釣りに慣れない避難民をとりまとめて商売をしていたらしい。

だから浜辺でヒトをまとめて目立っており、周りからの当たりもよかったため、そのままスカウト(?)した。


私は見せられた帳簿に目を丸くする。


「けっこうな額が残っているじゃない。漁に出ないあいだは収益がなかったはずじゃないの?」

「干物に手間と時間をかけて高級品として売れば埋められるって言ったのはヨナ様でしょう。

出発前にレシピまで指導して行かれたじゃないですか。

ヨナ様の話されていた、キモを使ったタレが良いのだとか」


いやそれは『将来的にはそうなればいいなぁ』って言っただけのつもりでした。


そして私はただのシロート艦船フリークであって、干物の専門業者ではない。

干物についても聞きかじり知識と完成品のイメージを話したくらいで、レシピなんて大層なものは指導した覚えもないし。


「ウチのもそうですが、奥様方が内職で干物づくりがんばってましたよ」


ああ、それは美味しくなりそう。


「でも湾岸に魚の解体場所や干し場の整備も始めてるじゃない」

作業環境の整備も、私がいないあいだは進まないだろうと考えていた。

「労働力の引き止め工作をしたりもしたのでしょう? 私が気まぐれとかで戻ってこなかったら、無駄になるのよ。どうするつもりだったの」

「それは、なんともこちらからは切り出しづらいし答えづらい話ですね。

ヨナ様はそういう直截的な話しかたをする方だ、ということなんでしょうけど」


苦笑してから答える。


「実は、そうなった場合も困らないような投資しかしていません。

干物の干し場とか作ったわけですが、釣り仕事に戻っても役には立ちますでしょう?」


それは確かに。

当面の利益は降って湧いた泡銭として扱い、将来の展望は当人たちも人生がかかっているのだから、真面目にリスクマネジメントしているわけだ。


「ヨナ様が戻ってこられたので、OKをいただければ収益をさらに投資に回せます。もう少し干し場の面積を増やしたりできますよ」


そう言ってくれるのならと、以前から考えていたことを話す。


「あなたが使っている荷馬車も持ち出しでしょう? 漁業連合で買い換えていいわよ。市場へのアシは良い方が儲けやすいでしょう。必要なら護衛も付けて」

「それは助かります」

「それに、設備投資もいいけれど、インフラ投資ってやつがしたいの。避難民の街の水道工事とか、市場への道路整備とか。

あと保育園の設置と、学校へ寄付がしたい。

何より保安ね。野党になりかけている狩猟集団とか、町の警備に雇ってしまいたいのだけれどツテがあるかしら」

「それはどういう利益になるので?」

「私にとっては、ヒトが働きやすい領地になれば、ウチで雇って使える人数が増えます。

警備もそう。自警団もいいけれど、専門職に集中して力を発揮してもらったほうが、警備費用を差し引いても、全体としては儲かると思う。

あなたたちにとっても、私が急にいなくなっても、暮らしやすい町なら儲けやすいでしょう?」


いやまあ、実のところイリス様の足元を情勢不安にしておきたくない、という理由が。


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「ところでヨナ様、実はひとつ、お願いがあるのですが」


内緒ばなし、みたいな小声で切り出される。


「実はうちの姪がひとり、イリスヨナの乗員になりたいと言っているんです」

「それはとても興味があるけれど、イリスヨナの乗員になるのは難しいって聞いているわよ?」


古代戦艦イリスヨナの乗員になるのは難しいのだそうだ。

イリスヨナには妖精の船員がいるから人員の不足は出ない。

また、いちおう軍事機密である古代戦艦は、船内に入るだけでも身元の証明といった面倒な手続きが必要で、市井に暮らす普通のヒトが、古代戦艦の船員になれることはないという。


「はい。それは家族も姪も存じ上げています。ですが、ヨナ様が船を作っているのは公然の秘密というやつじゃあないですか」


公然の秘密というか、造船については秘密にすらしていない。


「イリスヨナはともかく、そちらには乗れるのではないかとも言っていて。

なにしろ熱心なものですから、親族一同困っておりまして。

イリス家の関係者から『ダメだ』と一言もらえば、諦めもつくだろうと」


つまり、お断りの返事が欲しいということか。

個人的にはその子を応援してあげたいくらいだが、どう答えるべきか。

難しい顔をしているわたしに、次の一言が。


「少し前に水揚げの手伝いに来たときに見た、洋上を進むイリスヨナに一目惚れしたとかで」


それを聞いた瞬間、答えは決まっていた。


「その子に会いたいわ。明後日、採用面接をするからイリス伯邸まで来るように伝えて」


申し訳ないが、『色良い返事』が欲しければ、それは言わずにおくべきだった。

正直なところ、乗船希望の候補者はこちらにとって喉から手が出るほど欲しいのだから。

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