トーエとチセ3 / チセ / 目覚ましを解体してしまう系の子供
チセが私を連れてきたのは、トーエとチセふたりの寝室だった。
ベッドの上、手が届かない高さに、奇妙な魔法陣が額に入れて飾ってある。
「目覚ましの魔法陣。わたしがだめにしちゃったやつ」
魔法陣ってこういう風に壊れるのか。
というか壊せるのか。
どう見ても手描きの魔法陣なのに、活版印刷のレイヤー印刷ズレみたいなことになっている。
色合いも黒のインクのはずなのに、どこかおかしい。
「なおそうとしたら、トーエにとめられたの」
それはそうだ。
単三電池1つで動いている目覚まし時計と違って、魔法陣なのだからイジっているうちに魔力で爆発、とかありえそう。
「トーエは捨てるって。でももう少し見たいって言ったら、飾ってくれた」
まあ、捨ててしまったら次に何が犠牲にされるかわからないし。
高いところに飾っておけば、チセも手を出せないから。
「本当は高いところ、台を作れば手が届くけど。トーエが心配するから届かないふりしてるの」
あ、この娘、私たちが想定していた以上に頭がいいぞ。
しかも隠している理由が義母のため、ときている。
チセといいエーリカ様といい、この世界にはデキる児童しかいないのか?
これはさっき、チセがミッキのケーキ鷲掴みを真似しようとしていたのも、効率の良さに惹かれたクチだな?
そういう人種はいる。子供の頃、目覚まし時計や変形おもちゃを解体して親に怒られるタイプ。
私? 部屋いっぱいに広げた地図と船のおもちゃを片付けなくて親に怒られました。
ブラウザゲームは艦船をこれくしょんしても部屋が散らからないからいいよね。
まあ、部屋は結局フィギュアと模型で大変なことになりましたが。
「それにしても、本当に刃物がなかったわね。台所の包丁は奥にしまっておいたら料理するときに大変でしょうに」
「トーエはわたしが、魔法陣みたいに、ヒトを開けて中を見るんじゃないかって心配してるの」
「それはずいぶんとヘビィね」
でもわからなくもない。
「わたしもヒトがどうなっているのかは知りたい」
それはわからないけれど。
私が同じ年の頃は、図鑑でクルーズ船の断面図をじっと見つめていた。
(あれ、思い返してみると当時の私も周囲にそこそこ理解してもらえなさそうだぞ?)
というか実際、同年代の友達には男女問わず引かれていた。
「お父さまとお母さまは、私のこと、見えてないみたいだったから。周りのヒトもみんな。
トーエだけが違った。だから何かが違うはず」
チセは真剣な表情だった。
「トーエがわたしにやさしい理由が知りたいの」
「それはお腹を開いてもわからないでしょうね」
「うん。それはわかる」
それでも優しさの理由を知りたいのだろう。
だから、中身を見るか。
方法は間違っているけれど、発想としては実は正しい。
還元主義という科学のアプローチだ。対象を部品に分解していくことで理解できるという考え方。
それを何もないところから自分で思いついたのだとしたら、やはりこの娘はすごい。
「でも、トーエ死んじゃう。それは駄目」
チセを抱きしめながら優しく『駄目だねー』『痛いのは嫌だなー』と言うトーエと、それを素直に受け入れるチセの様子が、脳裏に浮かぶ。
この娘は危ういけれど、あのトーエが義母をしているなら、たぶん大丈夫だと思う。
しかしトーエと違って私は、相手が頭のいい子だからということで油断した。
「まあ、ヒラキにして心臓止めても死なないのは、私くらいか」
クチが滑った。
「あっ、いまの秘密」
「ヨナ死なないの!?」
チセの目が光る。
邪気のない瞳。マッドサイエンティストとかでなく、純粋におもちゃに興味津々の子供みたいな目だから、余計に怖い。
チセが包丁を持って振りかぶって襲ってくるとは思っていないが。
それでも、この部屋にハサミとか刃物が無くてよかった、と一瞬思ってしまった。
目をそらし、話題をそらす先を探す。
「私をバラバラにしてもらうわけにはいかないけれど、その代わり、私と同じモノでできてる刀なら見せてあげる」
あ、失言その2。
でももうチセの目がキラキラ輝いている。
いまから前言をひっこめたら罪悪感がすごい。チセはすごい美少女なので、落ち込んでるところを見せられたらなおさらダメージが大きい。
それに行き場をなくした興味があとで暴走したら、トーエに迷惑をかけそうだ。
「刀って、刃物?」
「そう。斬艦刀っていう珍しいやつ。トーエには秘密にできる?」
こくこくとチセがうなずく。
こういうところはイリス様と同じで年相応だなあ。
腰に吊っていた斬艦刀をとり出す。
「いちおう言っておくけれど、刃物は触っちゃだめ」
「うん。わかってる」
ヒトに刃物を渡すときのマナーをご存知だろうか。
相手に持ち手を、自分に刃先を向けて渡すのだ。
そして、チセが柄を握って眺めている途中でノックの音が。
「ヨナさん、海防艦のメインマストで艤装について確認したいことが」
ミッキとトーエがやってきてドアを開ける。
慌てて刀を回収しようとした私の指が刃先を滑った。
「あ」
「あ」
「?」
「えっ」
刀の柄を握ったチセ。
身を守るように刀身を握り、手から紫の血を流す私。
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