ミッキによる『人造艦船』建造構想3 / イリスヨナをひらく

「それにしても、人造艦船の設計をしながら古代戦艦の解析も並行して進めるのは大変じゃない?」


「イリスヨナの調査は私たちの艦船にどうしても必要です」

「そうなの?」

「我々が作るのは事実上この世界で初めての『人造艦船』です。

船体と艤装だけでなく、艦内システムの構築が不可欠となります」


確かに、操艦周りをどうするのかは『人工艦船』にとって大きな課題としてある。


「そこで、イリスヨナの自動化された艦内システムを、人間の手作業で再現します」

「つまりそれって全手動ってことじゃない?」

「そうです」


しかしそれだけではないらしい。


「一番わかりやすいのが、イリスヨナ後部の旋回式魚雷発射管です」


ミッキは、イリスヨナの旋回式魚雷発射管のシーケンスを説明する。

- まず吊ってある魚雷を、装填装置で魚雷発射管に装填。

- それから魚雷の爆発タイミングなどをイリスヨナが決定し、魚雷調停の設定値を計算。

- 魚雷発射管室に伝えて、調停装置で魚雷に設定。

- 最後に発射管を旋回装置で旋回させて、発射。


「これが、ヨナさんがほぼ無意識に行なっている旋回式魚雷発射管での魚雷発射シークエンスです」


なんだかすごいことをしていた気がしてきた。あまり意識したら次からできなくなりそうだ。

元の世界で、『群馬の大ムカデ』がそういう奸計にやられて108本の足で歩けなくなり倒されてしまった、という神話があった気がする。


「この発射シークエンスを、全て人力に分解します」


- 装填要員が3名。

- 敵艦の進行予測から魚雷発射方向の決定と、調停設定の計算に最低1名できれば2名。

- 魚雷発射管室で伝達連絡を管理する雷撃室長が1名。

- 魚雷発射管室で調停設定の魚雷への反映に、旋回式魚雷発射管の装填本数が3本なのでできれば3名。

- 旋回式魚雷発射管の旋回操作に1名。

攻撃の決定などを行う幹部を除いて、ざっと数えても、10名が必要になる。


「もしこれを単純に三交代で待機させるなら30名に膨れ上がります。

乗員と兼任でも良いですが、海上で応急修理を行える技術部の要員が欲しいところです。

また、彼らに衣食住と娯楽を提供する必要もあります」


正直、100m級の船の中に収まらなくなってきた感がある。

戦闘用の艦船に漁船の機能も持たせるの、実は無理筋なのでは。


ミッキが平気な顔をしていなかったら思わず頭を抱えていたかもしれない。

いや、ミッキはいつも無表情に見えるけれど。


「ちなみに、イリスヨナでは前部魚雷発射管の要員は常設で5名、戦闘時は応援で8名程度になります。

イリスヨナの場合、基本機能が全自動で要員不要になっています。加えて、職員が妖精であるために、必要に応じて他のパートへ応援に行ったり補修作業も自分たちでできること、さらに交代要員が不要であることが、乗艦人数が少ない理由の一部です」


イリスヨナの妖精たちはそういう存在なのだと副長自身が言っていたけれど、ヒトの乗員に同じことをさせるわけにはいかない。


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「人造戦艦をゼロから作るには、我々には足りないものが多すぎます。

かといって、今のヒトには古代戦艦イリスヨナと全く同じモノを作ることもできません。

最初からイリスヨナ搭載の旋回式魚雷発射管と同じものを作るのは困難です。

同じ機構を人間の手で再現しようとすれば、大量にヒトを載せなければいけません。が、逆に言えばかなりの部分は、大量にヒトを乗せさえすれば実現できます」


ミッキが言うには、大国エルセイアで昔、古代の巨大魔法の秘密を手に入れるために、大陸の平地に国中の魔法使いと徴税人と小間使いを集めてヒトによる巨大な計算組織を作りあげ、一斉に巨大魔法陣の再現をしながら解析計算をさせた王の奇譚があるという。


「船の上にイリスヨナの機能ブロックを再現するという形で、ごく小規模かつ機能を限定して同じことをします」

「そこまでして古代戦艦イリスヨナをコピーする必要があるの?」

「艦内システムをゼロから作る必要がなくなります」


私たちは人造艦船に必要なあれもこれも持っていない。

ミッキによると、イリスヨナの手順をコピーして使うなら、ゼロから作らずに済む。


イリスヨナで使われている魔術補助具などの既存の道具、解析済み範囲の魚雷の調停設定の種類とパラメタといった知見を流用したり参考にできる。

また、具体的な運用の詳細やパラメタの値に困った時に、イリスヨナを観察するだけで答えが得られる。

考えるというコストが減る。


「まあ確かに、私たちには艦船の運用をゼロから立ち上げるなんて無理よね。

私の知識は船の外観と主な艤装に偏っていて、乗員や運用については詳しくないし」


ならば、この世界に既にある『イリスヨナ』を、すぐできる範囲でコピーする。

よい手だと思うし、他に手はなさそうだ。


「結果、人員を除いて、基本的にイリスヨナに既にあるモノから持ち出すことになるわけか。

情報は持ち出しても減らないからイリスヨナから失われるものはないけれど、結果的に、最初に私がミッキに言った通りにイリスヨナから部品を取って使うことになったわね。

さすがミッキ。考えうる中でもっとも良い方法だと思います。それで行きましょう」


ミッキは無言で頷く。

どうやら話し終えたらしい。


----


「でもごめんなさいね。

ミッキは設計畑の技術者なのに、専門外の艦内の人員確保や運用まで考えてもらって悪いわ。

私がもっと色々できれば良かったのだけれど」


ミッキの負担が大きい。


「ヨナさんにはイリスヨナとしての仕事がありますから。

建造費用を確保するために動き回ってもらっていますし、艦船知識を提供してもらっています」


それでもミッキにはがんばってもらったと感じるので、いずれお返しをしたい。


「それと実は、イリスヨナの艦内システムを開いてそれを模倣するという考えは、私の考えではないのです。知り合いからアイデアをもらいました」

「へえ、興味あるわ。造船の縁の知り合い?」

「いえ。隣の貴族の領地に、私の姉、のような人が暮らしているのですが、その姉さんが少し前に養子をとったんです。

イリスヨナとヨナさんを見ていて、その義理の娘さんが以前に話していたことを思い出しました。その娘はまだイリス様と同じくらいの歳なのですが」

「え、そうなの。

そのミッキのお姉さんと一緒に、ちょっと興味が出てきたわ。会えないかしら」

「その言い方はどうかと思います」


確かに、童女趣味があるみたいに聞こえる言い方だった。

そうではなくて、もしかしたらエーリカ様のような頭のきれる娘かもしれない。

もしそうならば絶対に敵対したくないし、できれば仲良くなりたい。


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「ああ、想像はしていたのだけれど。でも、想像していたよりもずっと、艦船建造って大変なのね」


ブラウザゲームのように、資材を集めて建造ボタンを押すだけで、数時間で造船できたら楽なのだけれど。


「もういっそ、古代戦艦イリスヨナがプラナリアみたいに切ったら増えてくれないかしら。

あるいは、イリスヨナが乗員の妖精だけでなく、小型艦をボコボコ産むとかできれば良かったのに」


私の軽口に、ミッキがいつもの調子で返す。


「ヨナさん、冗談下手です。ありえませんよ」

「そうね」

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