機関室3 / ペンギン猫 最後の王国 / 古代戦艦イリスヨナの盾(物理)

音とともに照明がともり、機関室の暗がりの中からヒトが現れる。


ペンギンの着ぐるみがいた。

頭の上にあるのは王冠?

コウテイペンギン?


そこにいたなら、さっきから話を聞いていたのだろうに、発した言葉はそれらしくないものだった。


「副長か。もう約束の時間だったか?」

「はい。イリスヨナの機関部の見学と、レミュウ様には巫女の運用についてお話をお願いするはずだったのですが」

「そうか。なに、用事が無事に終わったならそれに越したことはないであろう」


ペンギンの着ぐるみの中に、尊大な口調の童女が入っていた。

児童より丸みの少ない整った顔と、アンバランスに大きな瞳。

頭の上の小さな猫耳。


イリス様が児童、エーリカ様が児童でありながら早熟とすると、彼女は『小さな大人』が着ぐるみを被っているようだ。

着ぐるみは厚手で身体の線を隠している。


だがチラチラと見える指先や足のくるぶしは、どこも細く小さく可愛らしい。

大きく開いた胸元から見えるボディラインは、大人の身体のメリハリを超えてデフォルメのよう。

とくに脇と胸横の窪みが芸術的だ。

それらの健全な露出が、見るものに厚手の布の下への想像をかき立てる。

だから胸はそれほど大きくないのに、見た目に女性らしさを強く感じる。


「しかしまあ、我様が説明するまでもなかったな」


『我様』って。

オレサマのバリエーションか。

しかし一人称が大げさだと馬鹿にするのは簡単だけれど、古代戦艦の暗い機関室で光る目を見つめていると、不思議とそういう気持ちにならない。


「レミュ、ひさしぶり」

「イリス女史か。見違えたぞ。この前まで死にそうな顔をしておったと思うが」

「そうだね」


それはイリス様のお母様あたりと記憶違いしてはいないか。


「レミュウ様、こちらがヨナ様です」

「はじめまして。ヨナといいます」

「うむ。我様はレミュエル・ジエンドセブン・ガリバーである。お前がイリスヨナの模擬体か」

「? はい。多分そうです」


レミュエルさん、なんというか、ミドルネームまですごい。


「趣味に合わん時代遅れの名でも、継いだからには名誉を守り名乗ってやらねばならん。それが祖先への礼儀というものだ」


元の世界での名前とかを、すっかり忘れてしまった私には耳が痛い。


「レミュエル様は、ずっと機関室に?」

「そうだ。この部屋はいわば我様の最後の王国といったところだ」


と、レミュエル様は答えてから。


「ところでヨナよ。我のことはレミュウと呼ぶが良い。

それと、こちらが言葉を崩しておるのだ。

許す。お前も改まった口調は必要ない。

それに我様は古代戦艦イリスヨナに身を寄せている側なのだ。

イリスヨナ自身であるお前が、乗員である我様に対して畏まることもない」


「レミュウ、さん? い、意外と謙遜というか謙虚というか、なんというかなんですね」


「ヨナよ。お前のそれは、偉大と尊大を混同していることから来る勘違いだぞ。

他人の家でふんぞり返るのを、エラさだと勘違いしている奴は多いがな。

それは、そいつの偉大さとは何も関係なく、そいつが失礼な奴というだけのコトだ。

お前も、その勘違いはいまここで直しておくといい」


一人だけ部屋の中で一番良い椅子に、脚を組んで座りながら言うことでもないと思うけれど。


「確かにそうね。今後はそう考えることにします」

「うむ。ヨナよ、お前も素直でいい奴ではないか」


レミュウは子供のように破顔する。顔立ちが大人っぽいから表裏のなさが余計に際立つ。


「レミュウのこと、長生きだと聞いていたから、なにか悟りでも開いていそうなイメージだったのだけれど」

「短命な生き物がいかにも妄想していそうなステレオタイプだな。ただ長く生きているだけのことの何が特別なものか。

老木は尊いものだが、何も考えてはおらんぞ。副長だって長生きだが特に深い思想など持っていないだろうが」


副長、そこでためらいなくうなずくのはどうかと思う。


「我様の知恵は、長命で学習時間が長く取れたからではなく、我様が生まれついて知的で記憶力が高いからだ。

我様が偉大なのも、長命の間に徳を積んだからではなく、生まれた時から特別な存在であったというだけのことだ」


そして一方で、自分のことは高く持ち上げるのか。

エーリカ様と相性が良さそう。あるいはすごく悪そう。


「とはいえ我は、イリスヨナの乗員として、Daemonである副長たちよりも遥かに古い。それ故の知識が役立つこともあるだろう」

「デーモン? 副長は私には『妖精』って」

「そう言っておけと我様が言ったのだ。現代の語感ではいらん誤解を招くし、そうなれば船外から面倒が押し寄せてくる、とな。

Daemonとは、今の言葉では使い魔のことだ。悪魔のDemonではない。

昔は船外のヒト種たちも知っていたことだ。いまは忘れてしまったようだが。

古代戦艦イリスヨナを『悪魔の乗員を乗せた船』などと勘違いされては面倒だからな」


なるほど確かにそうだ。私もレミュウから説明がなければ間違った印象を持ったままだった。


「ヨナにイリスヨナとしての過去の記憶が無いというなら、副長たちがどうやって生まれるかも理解しておらんのか」

「はい」

「お前と同じだ」


レミュウは居候とは思えない尊大さで黄色の結晶を叩く。


「イリスヨナに不調が起こったとき、彼女らはここから生まれる。船体の修理と、それができなければ手動での代替のために」


つまり副長たちは、いわば古代戦艦イリスヨナのカサブタや白血球、そして義肢なのか。

副長は穏やかにうなずく。


「だったら私も、イリスヨナのどこかが不調になったから生まれた使い魔ですか?」

「それは」


レミュウは答えようとして、私の顔を見て言葉を止める。


「ヨナ、ひどいかおしてる」


そんなにひどい顔をしているのか、いまの私。

隣に来たイリス様が、私の手を握る。それだけで、心が解けていく。

少し置いて、レミュウが。


「ヨナ。お前がデモンなのか、それはわからん。だがな。副長たちは生まれながらにして自分のことを知っていたものだ。

そして、我様の知るデモンたちは誰もそんな顔はしない。

お前はまるでヒトのようだよ、ヨナ」


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「ところでヨナよ、過去の記憶が無くともお前がイリスヨナの制御を十全にできるというのであれば、イリスヨナは再び盾を艤装するのか?」

「は?」


いまレミュウ、船に『盾』って言った?


「ヨナよ、お前もしかして艦艇装備品の一覧もアクセスできんのか?」

「あー、『武装』というか積載済みの消耗品の品目と点数はわかるんですが。あと欠品している対空兵装の一部とか」

「イリスヨナの装備には盾がオプションでついている。

とはいえそのための交換部品がないから、いまのB型装備以外、他の艦種への大幅な艤装変更や改修はできないがな」


部品があればできるのか。


「盾ですか。そういえばそんなものもありましたね」

副長、今度はお金のことよりもずっと興味ありそうだったが、口調はそれほど変わらなかった。

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