機関室2 / 古代戦艦 ヨナの心臓

「これが、古代戦艦イリスヨナの機関室?」


私がミリタリー系の雑誌で見知り、想像していたのとはまったく異なる機関室の光景がそこにあった。


光の足りない赤黒い部屋。

カマキリの巣を黒く塗ったもの。

エイリアンの巣。


うねる管と表面のデコボコが、機関の名が似合わない生き物のような見た目だし、聖なるものというよりは、邪悪な印象を受ける。


それが、圧迫するように私たちの頭上を覆う。そこだけ見ると、照明を落とした深夜の屋内クライミング施設のようだ。


壁のような機関の中央には、縦長の黄色い透過の結晶体。子供一人分くらいの大きさがある。

それを囲うように並ぶ、エメラルドグリーンの小さな結晶。

暗い部屋のなかで微かに光っている。


壁際から左右対称に、数本の柱が立っている。艶のない白い柱が守るように機関を囲む様子は、人間の肋骨を連想させた。

機関の駆動音も、ディーゼルエンジンの断続音ではなく、もっと重くてゆったりとした、心拍。

音と連動して、結晶体の光が強弱する。


(イリスヨナの機関。これが『ヨナ』の心臓なんだ。)


ヒトの形をしているこちらの身体の心臓を、悪霊にメッタ刺しされたときに死ななかった理由がわかる。


イリス様が私の手を握ってくださる。


「ヨナは、ここで生まれたのよ」

「私が?」


副長が言う。


「初陣のあと、機関部に変化があり、イリス様と我々が急行しました。そこで我々が見たのは、ヨナ様がコアから排出されるという状況です」

「コアというのは?」

「ここ」


イリス様が私の手を、一番大きな黄色の結晶へ近づける。

私は一瞬ためらってから、触れる。

結晶体もまた、周囲の壁と同じように表面がデコボコとしていた。

とても固くて、ここから私が出てくる大きな穴がひらくとは想像できない。


「あのときは、びっくりした」

「コアがほどけて中からモノが出てくるとは、誰も想像もしていませんしたからね。機関長の驚いた顔なんて見たことがありませんでしたよ」

「でもヨナだって、すぐにわかった」


イリス様の言葉への反応に困る。それは巫女としての能力だろうか。


「あれ? 私がここから現れたのが初陣のあと、ということは、初陣の際はもしかして」

「イリス様の中にヨナ様が降りていました」


この前の戦闘で起こった現象と同じだ。


「ヨナ様はあれを異常と感じて錯乱されたようですが、巫女が古代戦艦を操艦する方法としては、あれが我々にとって当たり前なのです。

巫女は依代として古代戦艦の制御システムを降ろす。同じ身体の中から巫女が制御システムに働きかけることで船を操作する。

なので多くの場合は、そもそも巫女が制御システムを降ろすことに失敗するか、一時的に均衡状態になっても、そのうち制御システムを降ろす負荷に負けて意識を失う。

古代戦艦の操船がうまく行かず、信頼性が低いのはそれが理由です」


「説明はわかるわ。でもその話がこれまで出てこなかったのなぜかしら。隠していたわけではないのでしょう?」

「ヨナ様がこの世界のことに疎いことはわかっていましたが、受け答えは普通以上にまともですし、一般常識にずれたところはあってもそれ以上の異常は見つけられない。

ましてや我々にとって、巫女の中に古代戦艦が降りることは当たり前のことでしたから、そこから認識を共有する必要があるとは思いもしなかったのです。

申し訳ない。原因は、私の説明不足にあります」

「いや、それはいいわよ。副長は船の運用が本来の専門で、説明が仕事ではないのだから」


そもそも、自分たちが当たり前と思って意識にものぼらないことを、前提から説明して漏れがないというのは誰がやっても無理な話だ。

私にだって、当然そんなことはできない。


「でもそうなると困るわね。私は自分のことを知らなすぎる。そして、みんなが知っていることと私が知っていることを、もれなく共有することはできないんだわ」


イリス様への忠誠心以外に、『イリスヨナの制御人格として、認識ロック的なものがかかっているのではないか』というのは実は今でも疑っているが、それは自覚も検証も不可能なので考えても意味はない。


「発言しても?」


ミッキが律儀に手を上げてから。


「それはヒト同士のコミュニケーションにおいて普通のことです。

技師の間で設計知識を共有する時も同じです。機関重量の話をしているつもりが、相手は燃料タンクの話をしていてお互い食い違ったまま話がすすむ、なんてことは日常茶飯事です。多くの時間と言葉を共にするしかありません。また、リストや手続きを工夫することで改善できます」

「それは、ミッキに手伝ってもらえるかしら?」

「もちろんです。イリスヨナの操艦システムには興味があります。間違いなく機密事項ですが」


ミッキがイリス様を見る。

イリス様は私を見た。


「ヨナはいいのよね?」

「当然です。私は自分のことが知りたい。それにミッキのことを信頼しています」

「なら、ヨナのしたいように。ゆるします」


イリス様がミッキに視線を戻し、許可を出す。

ミッキは無言で礼をする。


----


イリス様が首をかしげた。

「話、おわっちゃった?」

「あ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る