古代戦艦ヨナの心臓 / 『イリス漁業連合』の胎動 / VS巨大戦艦
機関室1 / 古代戦艦イリスヨナのテクノロジィ
第二発令所から出発し、広いなりに複雑な館内通路を船体後方へ向かって歩く。
横を歩くイリス様の歩幅を見るだけで、私は幸せな気分になれる。
「イリス様、歩き疲れなどはありませんか?」
「だいじょうぶ」
古代戦艦イリスヨナの船内は、未来SFに出てくる宇宙船内のような桃白い色のすっきりした区画と、パイプとケーブルと箱が無造作に壁を這っている赤黒い色合いの区画が混じっている。
どうやら、すっきりした区画の板一枚を剥がすと内部構造が現れるようだ。
そして船員たちは被覆の必要ない場所について、見た目にこだわってはいない。
パイプの間や箱の脇にちらほらと、紙束が無造作に押し込まれていた。
意外なのは、ごちゃごちゃした区画も含めて、船内は清潔が保たれていることだ。それも古代戦艦イリスヨナの謎テクノロジーによるのだという。
階層を下っていく。
目的地は古代戦艦イリスヨナの機関部。
イリスヨナは第三艦橋がほとんどが水没している。
機関部は水没していないわずかな1区画だった。
副長に案内されて、私とイリス様、それと後ろに無言のミッキがついてくる。
ミッキを連れてくることを提案したのは私だった。
「ミッキさんの船内見学をヨナ様から提案されたのには驚いています」
「そうだったの?」
「これまで古代戦艦は、巫女以外に船外からヒトを乗せるのを嫌うと言われていましたから。
だから運送業の時も意外に思っていました」
まったく気づきもしなかった。
私にはまだ知らない、この世界で常識とされる知識がまだいろいろあるようだ。
「ヨナ様は他人を受け入れるのに寛容というか、積極的ですね」
「私だけの性格なのか、古代戦艦がみんな本当はヒトの出入りを気にしていないのかは、わからないけれどね」
それに機密保持と保安のことを考えたら、確かにこれまでは排他的な運用と組織の雰囲気を持たざるおえなかったのだろうし。
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「ミッキはどう? 古代戦艦の船内見学の感想は」
「勉強になります」
答えながらミッキの視線は艦内設備を向いたまま。
ミッキの表情は平時と変わらず声にも抑揚がないけれど、興奮しているのはわかる。
同好の士が楽しんでくれているのは嬉しい。
私も観光船に乗ったら必ず船内を見回るし、護衛艦の艦内見学が大好きだ。
「でも確かにこれは、無関係のヒトを、不用意に船内へ入れられません」
「やっぱり見せるだけでも、技術を盗まれたりするもの?」
私も護衛艦の艦内見学には通い詰めたけれど、一般見学者に見せるエリアとそれ以外は厳格に区切られていた。
(まあ、たまに『サービス』と称して、いつもは見れない部屋をチラ見せしてくれることもあったけれど。)
それも本当に見せてはいけない区画とは別のはずだ。
「技術要素が推測できるという意味もありますが、もっと即物的な理由もあります。
例えばこの通路に並んでいるランプですが、すべて半永久光源ですよね」
「ランプ?」
「半永久光源は、形が壊れない限り燃料の補給も部品の交換も必要なしに光り続けるという古代文明の貴重なオブジェクトです」
ミッキが説明してくれる。
「宗教家たちは永遠の命や神の御業の秘密に近づくための聖遺物として崇めています。
錬金術師たちは半永久光源を『アトモライト』と呼んで、それ自体が研究対象であると同時に、遺跡探索に珍重しています。
私は書籍で存在を知っていましたが、実物は割れて機能を失った1本を、帝都の資料館の閉架で見たきりです。
並の平民や下級貴族にとっては、一つ持ち去るだけでちょっとした財産になります」
「そんなすごいものなの?」
私には、ただの電球に見えるけれど。
私は副長を見るが、副長から得られたのは、
「そういえばそうだったかもしれません」
つれないにもほどがあるのでは、と思われる回答だった。
「整備性や入手性は気にしていますが、そういう意味では船内照明は整備も交換も必要ないので、普段は意識に上りもしませんね」
世間との感覚の断絶がすごい。
副長たち『イリスヨナの妖精』は、時々すごくヒト離れしている。
私なんかは中身が一般市民なので『これ売ったら内火艇を作る手付金くらいにはなるかな』とか頭に邪念がよぎる。
まあ、バレたらイリス様に怒られるし、もしかしたら泣かれてしまうから、絶対にしないけれど。
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ミッキの船内見学はおまけで、本題は別にある。
前回の戦闘で起こった、『ヨナ』によるイリス様の身体の乗っ取り。
あのとき何が起こったのか知るために、機関部へ向かっている。
本当はすぐに説明を受けることもできたのだが、イリス泊領地に戻ってくるまで説明を後回しにしていた。
私が事実を知って動揺すれば、最悪の場合に、古代戦艦イリスヨナの活動が止まるかもしれない。
イリス伯領地の外でイリス様を立ち往生させるリスクは避けなければならなかった。
「そういえば機関部には、妖精でないヒト種が専任で一人ついているのよね?」
「はい。機関長ですね」
「どんなヒトなの?」
「船から出ることのあまりない我々が言うのも少しおかしいですが、機関室からほとんど出てこないヒトです」
「そのヒトも今回のことについて詳しかったりする?」
「ええ。私よりも詳しいかもしれません。今回のことについて、説明は機関長にしてもらうつもりです。
古株なんですよ。この船の最も古い時代の船員です」
「それはイリスヨナの妖精であるあなたたちよりも?」
副長は肯定で答える。
「それってとんでもないことじゃない。あなたたち、エルフよりも長生きなんでしょう?」
副長たち『イリスヨナの妖精』は、古代戦艦イリスヨナが必要になったときに作り出す船員で、その命はヒトの長命種より長い。
この世界にはエルフがいて、彼らは100年以上を平気で生きる。
だが、妖精たちはそれ以上の長い時間を、古代戦艦イリスヨナと共に生きている。
彼らが覚えている限りでは、まだ仲間の中に老化や自然死した者はいないのだという。
「とはいえ私達は生死に無頓着で時間感覚が曖昧ですからね。どこまで信頼できるかわからない話です」
「それでも長命であることに変わりはないわよ」
副長たち『イリスヨナの妖精』は船員としての仕事を愛するが、それ以外のことにあまり興味関心がない。
年単位の記憶があいまいなのも、興味がないからなのだろう。
私だって、100年も生きて元気だったら年齢に興味がなくなりそうだし、歳を数え間違いそうだ。
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