VS暗殺者2 / 信号雷管

その光景は、まるで包丁に大根を押し付けたかのようだった。

8本の脚の美しいハーモニーが崩壊する。


痛みに耐えかねたレインの悲鳴。


レインの脚の、鋭い斜めの切断面が覗く。

黄色と透明の体液が漏れる。


逃げようとするレインの脚の一本を男が掴む。

男のアセイミナイフが、レインの脚の根本、鼠径部付近の関節に突き立つ。


「狙い通りになってよかった。この直刀はさっきの魔法剣とはまた別の意味で、特別な一本でね。あんたの脚でも受けることはできない代物だ」


レインの全身が痺れたように震えて、動かなくなる。

神経節をやられたか、神経毒かそれ系の呪いでもかけられたのか。

男の声は、冷たいが冷静なものだった。


「そもそも始まりは君の依頼だ。我々が皆殺しにされる謂れはなかったはずだが?」

「何の話?」

「君の家族の話だ。暗殺は君からの依頼だろう」

「違う。私じゃない」

「そうか。確かに、そうらしいな。だが君には死んでもらう。政治的な決着が、それで一応つく。仲間を失うのはもう十分だ。俺の一族をこれ以上殺されたくはない」


レインは男より戦闘力のスペックは高いが動けず、脚の痛みで戦意を失ってしまった。


一方で、男も肋骨を折って内臓までダメージがありそうな出血をしているのに、動きが少し鈍くなったくらいで殺気はゆらぎもしない。

ポテンシャルで勝っていても、戦闘経験の差が違いすぎる。


経験したことのない痛みに泣きじゃくるレインの口から、言葉が漏れる。

「ママ」

次の瞬間に男の投げたナイフを、飛び出して庇った私が受けていた。


「ヨナさん!」

「やめて!」


と、言ってみるだけ。


男が止まるとは思っていない。

私の腹に刺さったアセイミナイフには呪いでも麻痺毒でもなく即死毒が塗られていた。

身体に入ったので成分がわかる。


そして、人間ではない私に毒は効かない。

でもそれだけだ。戦い慣れたこの男と戦う手段はない。


イリスヨナの船体はこの場にないし射程外であるから、男に魚雷の一発でも打ち込んでやることはできない。

私の身体は小さく非力で不器用。武器もろくに扱えない。


だから私は、頭の中で繰り返す。

着火。着火。着火。

命令を送信する。繰り返す。


早く、早く、早く早く早く。


タイミングを狙う余裕はない。起動する保証もない。

廊下に誰もいないことを願う。


男が飛びかかってくる。

瞬間、男の後ろの扉が爆轟で吹き飛んだ。


----


展示されていた、無力化された不発弾。


超文明時代の生産品で、イリスヨナ船内にはもう一発も残っていない。

あれには無線による遠隔起爆の機能がついていた。


それをイリスヨナ経由で繰り返しコールした。

他に手が思いつかなかったので。


無力化されたはずの弾頭は、解体の際に機構の理解が不十分だったのか、本体部の火薬と信管は抜いてあっても、弾体の発火プラグ周りが取りきれずに残されていたのだろう。

飛びかかろうとしていた男は、爆発の衝撃で足元を掬われ、体制を立て直すことができないまま飛び込んで来る。


だがこのまま3人で転げても、あの男が先に起き上がって結果は同じだ。

起爆した先のことは考えてなかった。


大剣は男の後ろの扉の脇に落ちている。私は全く武装していない。レインの脚にはコルセットやリングのような使い方のわからない魔術具だけ。

そうか。

(ごめん、レイン!)

レインの脚の一本を掴む。痛みに顔を歪めるレインの表情を無視。私はレインの頑強な脚の一本、切断されて尖った脚の先を、飛び込んできた男の腹に突き立てた。


----


男の腹から漏れる気泡の音と、レインの呻き。

脚を引き抜かれた男は最後の力で仰向けに転がる。


レインは重ねがけされた痛みに脚を丸めて啜り泣く。


「ごめんね、レイン」


レインはふるふると首を横に振る。

切られた脚を道具のように乱暴に使われて、耐えかねる痛みだろうに。

状況がわかっていても、私の行いは到底肯定できるものではなかったのに。


レイン、すごく良い娘じゃないか。


こんな娘を、殺そうとした男を見る。


「ねえ、あなたの一族が生き延びるために、何か言ったほうがいいんじゃない? レインが依頼主でないのなら、誰なのかとか」


この男は戦闘中、それがわかっているようなことを言っていた。

とぎれとぎれの呼吸の合間に。


「天使長」


男はそう言った。


「頼む」


呼吸が止まる。

首元に手を当てて、心拍の停止を確認。


「レイン、この世界の暗殺者って、呼吸と心拍を止めて死んだふりをするのがすごく上手だったりする?」

「そんな話は聞いたことがありません」


それを聞いて、私は肩の力を抜いた。

男の死体を離れ、レインへ向き直る。


「レイン、大丈夫?」

「はい。なんとか。ありがとうございます、助けていただいて」


「よかった」やっとレインに笑いかけることができた。「いま救援を」

言葉が途中で止まる。

私の胸に、背後から伸びた細長い蜘蛛の脚が突き出していた。

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