蜘蛛人の修道女3 / 教会のおしごと
「ヨナ様は生まれたばかりにも関わらず、宗教や死者への礼儀について、かなり気にするというか、警戒されているそうですが」
生まれたばかりという言い方も語弊があるけれど。
この世界のルールや宗教観が、まだわからなくて怖いのだ。
「知らずに主神を辱めるようなことをしてしまって、処刑とかにされたら怖いなと」
「ヨナ様は慎重ですね。良いことだと思います。
でもご安心ください。この国ではそこまで怖いことにはなりませんよ。
昔は宗教が国を割るような時代もありましたが、大国エルセイアが成立してからはどの国も宗教に寛容で穏やかになりました。
この国も、古くからの国教はそのままありますが、多種族が暮らしていくために、宗教の自由は認められています」
それは一つ、安心材料だ。
「たとえばこの部屋がそうです。
航路を守り海外からの物資や文化を運ぶ万能戦艦を神と崇める宗派は、100年前には国を統べるほどの信仰を集めていました。
多くの万能戦艦が沈み、あるいは動作不良になってその権能を失うと、たちまち弱ってしまいましたが。
それでもまだ、外から幸福を運ぶもの、天国への路をひらくものとして、船への信仰は漁師を中心に未だ信じられています」
「じゃあこの部屋は、他にあった多くの扉と同じく、この国の少数派な信仰を守る箱の一つということ?」
「彼らの信仰心を満たし、古い手続きを保管し、隣の部屋の隣人とのあいだに引くべき線を守ってもらう。それも私たちの仕事なのです」
なるほど。
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「ヨナ様の事情は、簡単にですがエーリカ様から聞いています。
最初に、この教会のことや、私の仕事の話をさせてもらうのが良いと思います。
教会と相談役の利用案内ですね」
レインはそこから話し始める。
「ヨナ様がご存知の『教会』は、どうやら特定宗教のための信仰施設のことです。
それは、この世界では古い定義になっています。
いまの我々は、いわばいろいろな宗教の厄介ごとを扱うお役所です。
そのために我々は、様々な宗教についての横断的な知識をもち、錬金術や魔術に通じ、妖怪バケモノと戦う力を持っています」
つづく説明によると、教会の主な業務は以下の通り。
- 国民の信仰する様々な宗教の、礼拝や年中行事の主催。
- 教会で懺悔を受けつけるなど、共同体の中で聖職者に求められる役割を受け持つこと。
- 異なる宗教を持つ集団間での争いごとの調停。
- 呪いのオブジェクトの収集・監視・破壊。
- 妖怪幽霊などの封印・排除。
主にこれらだという。
けっこうある。
大変そうな仕事だ。
「といっても、それら全てに精通しているのは職員の中でもごく一握りです。
例えば私の専門は、いくつかの主要宗教の儀式手続きの執行です。
他に、持ち込まれる相談への回答や紛争の解決、いまやっているような貴人相手の相談役。
叩き込まれた宗教知識でヒトのあいだを駆けずり回るのがメインです。
本当は幽霊妖怪を祓う仕事のほうが、私的には性格に合うし能力的にも向いていると思っているんですが。
あ、錬金術や魔術はからっきしです」
つまり教会内で役割分担があるらしい。
「初めての方に意外に思われるのは、地鎮のお仕事ですね。
新しい建物や街を作るときに、古い悪しきものを断ったり封じたり。
けっこう重要なんです。
お清めの儀式を執行する穏やかなところから、俗にいう妖怪ハンター的な力仕事まで、手広くやっています」
想定していたのと反対に、とても付き合いやすそうな組織で助かる。
むしろこの世界の呪いとか私にはよくわからないので大いに頼りにしたい。
「そして、教会に所属している私たち相談役の仕事です。
貴人の方たちは特に、大きな事業に関わって多くの人と会い、広く土地を巡ります。
そのため、古い魔術具や呪い、妖怪怪異のたぐいに行きあう機会が多い。
そこで我々、教会の相談役の出番です。
私たちは貴人の方々の様々な相談に乗っています。
娘さんの結婚式を、自分と相手の家の異なる宗派で角が立たないように采配したり。
政局のライバルにかけられた呪いを解いたり。
うっかり憑いてしまった幽霊を払ったり。
旅行前に相談を受けて、土地ごとに現地で気をつけるべきことをアドバイスして、危険を避けるためのアイテムをお貸ししたり。
今回のヨナ様のように、新しい事業を始めるにあたって法律以外で宗教的に問題ないかといった相談に乗ることも、相談役の大事な仕事のひとつです」
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