蜘蛛人の修道女1 / 古代戦艦イリスヨナの教会
翌日はうってかわって外出をする。
イリス様、私、そして副長である。
「買食いとかしたい」
「ヨナ、おなかすいたの?」
「護衛の方々が気をもむでしょうから、遠慮しておきましょう」
そして私達の前後に、王室が派遣した騎士の皆さん。
悪目立ちするのではと思ったが、帝都は首都だけあって、出歩く貴人は珍しいものではなかった。
あちこちに、同じように護衛を連れて歩いている老人や子供がいる。
地階に並ぶのは商店で、売られているのはブランドと思わしき高級な服とバッグや、テイクアウトのあるカフェ。
チェーンではなく個人商店であること以外、店の並びは東京の丸の内とそれほど変わらない。
私の目を引くのは、前の世界には無かった魔導具店の存在。
とはいえ魔導具を並べた店構えも、見方によっては元の世界のアンティークショップや雑貨屋に似ている。
綺麗な結晶や可愛い小物がたくさん並んでいるのが見えるし、入ってみたいけれど、今日は護衛付きだし時間もないので、遠くから眺めるだけに留める。
土木建築周りには目を見張るものがあり、周囲の建物はみな背が高い。お登りさんなので、素直に上を見上げたりしながら歩く。
大胆な曲線の橋が空中に掛かっていたり、キュビズムかと思う支えが足りなそうな階段など、芸術的なワンポイントが見ていて退屈しない。
それに、東京都内よりもレンガ造りが圧倒的に多い。
王都だけあって出歩く人々も貴人が多いようだ。イリス様を見つけて挨拶してくれる方々に挨拶を返したり、私や副長への誰何をそれとなく躱したり。
人目を避けて、半地下の日陰で休憩。
休憩ついでに、船内で用意してもらったサンドイッチのお弁当でお昼を済ませる。
「さて、そろそろ教会に行きましょうか」
エーリカ様からチェックアウトの際に『宗教のことは宗教家に尋ねるべきよ。紹介してあげる』と言われたからだ。
今朝すぐに教会から手紙が来て、午後にはエーリカ様の仲介してくれた担当者に面会できるとのことだった。
貴人の相手をするような高位の宗教関係者が暇なはずはないので、これも陸軍御三家公爵令嬢エーリカ様のお力の賜物、ということだろう。
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教会は想像していたのと違って、白くて太い柱の四角い建物と言うか、アメリカの大きな博物館みたいな入り口だった。
すぐ上に飾り気に乏しいビルが伸びているところは、なんだか入り口だけ観光地仕様で中に総合デパートとアパレルチェーンのお店が入っている、よくあるJR駅舎のようだ。
「こちらは一般受付の入り口のようですね。予約来訪の受付は別だそうです」
手紙についていた地図を見ながら、副長が案内してくれる。
わりあいに質素な入り口をくぐる。白い漆喰の壁に滑らかな床、色の濃い木製の扉が並ぶ。裁判所のような廊下に、天井の高さと受付と照明の大きさが、貴人用であることを示していた。
私はこの世界の宗教のことは何も知らない。
もっとわかりやすい、一神教的な単色宗教色が来るかもと覚悟していたのだけれど、今のところ拍子抜けだ。
見た目のケバい土着宗教みたいなのが出てきても困るけれど。
これまた宗教色の薄い、帯剣した男性職員が出てきて、イリス様の前で胸に手を置き、恭しく礼を示す。
「イリス様、この度はお越しいただきありがとうございます。
面会は、最初はヨナ様お一人からが良いだろうと、エーリカ様から言付かっております」
「ヨナ?」
「大丈夫ですよ。一人で行けますから」
エーリカ様からだと言われてしまえば、私だけで行くほかにない。
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待合所からかなり歩いて、長い廊下の途中、見た目の同じな両開きの扉の並んでいるうちの一つの前まで案内される。
目を引いたのは、途中ですれ違った少し不思議な修道女たち。
行き交う誰もが顔を布で隠して伺うことができず、スカートのサイズが私が知っているよりも倍近く大きかった。
「この奥が礼拝堂となっております。担当者との面会はそちらで。
通路は暗いので、足元にお気をつけて」
そう言って職員は一歩引き、胸の前に手を置く礼。
私は扉を引いて、中に入る。
確かに暗い。広い通路の足元は見えない。
手前より奥のほうが明るかった。
左右に、なにやら資料が展示されている。
通路全体が暗いので、近づかないと、何が置いてあるのかよくわからないけれど。
田舎の郷土資料館とか、こういう雰囲気のことが多い。
「これは、イリスヨナの部品?」
魔法陣が刻み込まれた、人間の頭くらいの大きさがある、基盤のような金属板。
簡素なプレートには『イリスヨナ/N9250GG』というタイトルと共に、前部魚雷発射管で使われていた魔導制御装置である旨の説明が書かれている。
展示されているのはすべて、イリスヨナにまつわる物品だった。
敵艦砲を受けてひしゃげた外扉。
イリスヨナが起こしたという、砂のガラス化現象の標本。
無力化処理された対空散弾の不発弾。
船員の使っていた羽ペンと関数定規。
使用されたあと回収された、魚雷の外殻。
大きなガラス瓶の中に閉じ込められているのは、イリスヨナの艦首に降り立ち、そのまま時間が止まったという海鳥。
手紙サイズの肖像画の女性。彼女はイリスヨナの古い巫女だという。
左右の展示物に目をやりながら進み、通路奥の両開き扉を押す。
今度の扉は羽根のように軽かった。
正面に大きなステンドグラス。
通路とはうってかわって、眩しいほど光が流れ込む明るい部屋。
白い建物の高く尖った天井。背の低い横繋ぎの椅子が並ぶ。
この部屋だけが、まるで前の世界の教会そのものだった。
ここに来るまでの建物内がすべて、役所のように宗教らしさを脱臭されていたから、唐突さに戸惑う。
「そのステンドグラスは、イリス家の巫女を讃えて描かれたものです」
見上げた姿勢から、声のした背後へ振り返る。
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