王殿下への謁見のあと

まず使者が来て、2つの王城のどちらかに案内されて、待合室で待って、王様に謁見という流れになった。


謁見室は思ったよりは小さかった。それでも天井は見上げるほど高かったが。

王様は椅子に座った柔和そうな男性で、それほど堅苦しく着飾ってはいなかった。


王様への謁見、床に這いつくばるとか膝をつくとか、いろいろ想像していたのだけれど、部屋に入ってすぐ、挨拶の前に使者の方が椅子に座るよう促してくれる。

イリス様はそれに従って席に付いたので、一度断わらなければならないとかの、トラップのような作法もないようだった。


王様の横の偉い人が何か長い前置きを話す。

それから、王様が話す。

ああ、言葉はわかるのに、頭の中がぐるぐるして、何を言っているのかよくわからない。

緊張で気持ち悪くなってきた。


一応、私がイリスヨナであることは理解してもらえているらしい。


「はい。エーリカ様のご報告の通りでございます」


イリス様の声だった。

さすが貴族の家の子。まだ人と話すことだって苦手そうにしているのに、定型文だけならば、目上の人間と受け答えが流暢にできている。


「皇女殿下もイリス家には感謝しておられた。

今は身の安全のため帰国の途に就かれたが、いずれ改めて直接礼をしたいと仰られていた。

その仲介は我がしても構わぬかな?」

「もちろんです。お手数をおかけいたします」


王様は満足そうに頷いた。

あ、ここはわかる。皇女殿下の恩人への礼を仲介するのは、イリス家にとっては大国の重要人物を饗すという重責の肩の荷が軽くなるし、王様的にも旨味のある、双方にとって良い話なのだろう。

と、そこで王様が私の方を見た。


「ところでヨナ殿、エーリカ殿によれば、ヨナ殿には、私の耳に入れておきたい望みがあるのだと聞いているのだが」


急な話の流れに、驚きで息が詰まる。


それはまあ、今回のことは褒めていただいているようなので、何か要求するならチャンスなのかもしれないけれど。


「その、漁をしようと思っておりまして」


このことかな? と思いながら、日頃のイリス様よりもたどたどしい口調で答える。


「イリスヨナが海で漁をすることと、採れた海の魚介を流通させたいと思っていることを、王様には知っておいて頂きたく」


王様がわかりやすく『古代戦艦で、漁をするの?』という顔をする。

辺境国にとって、古代戦艦は国家の大切な象徴だとも聞いているから、嫌な顔をされなかっただけでも十分良かったと言える。

王様の周囲も『言っている意味がよくわからないから、表立って賛成も反対もできないよ』という反応のようだ。

意味がわかっても今度は理由がわからないから、というのもあるだろうけれど。


「イリスヨナは戦艦ですので、いざとなれば戦います。

しかし私は、戦う以外のことで人の役に立てるならば、それを好ましく感じるのです。

魚を穫れば、疎開民のみんなが美味しいものを食べられるし、領地の生活が楽になります。

最初はイリスヨナで海に出ますが、いずれは網を引くなど、仕事を助けるための漁船も確保したいなと思っています」


イリス伯領地で暮らす人たちに幸せになって欲しいというのは、偽りのない本心だ。

嘘は言っていない。

その先で、イリス様の命をお救いしたいという究極の目的は、決して口にしないけれど。

王様が口を開く。


「海から得られる資源については、イリス家の管理だったろうと思う」


王様が周囲を見るが、誰もそれ以上のことを知らないらしい。

本当に海と縁を切って長いんだな、この世界。

それと、海での漁業権、やっぱりイリス家の管轄だったか。


「ヨナ殿、許しや後援ではなく、ただ知っておいてほしいと?」

「はい」


だって王様に『許可』を求めたら、明確にNOを食らうかもしれないから。

一度ダメと言われてしまったら、巻き返しは難しい。

なので、いつのまにかこっそりやってしまって前例を作ってから、なあなあで押し通そうという、日本人的作戦だったのである。

この世界でも通用するかはわからないけれど。


それだけじゃない。

『漁業をやりたい』とはまだイリス伯にも言っていないのだ。出発前までしていたのはあくまで『海洋調査』という名目で、お金は一円も儲けていない。

その代わり、イリス家の所有物であるイリスヨナを私的専有した上で、近衛兵や使用人たちをたびたび借用し、唯一子であるイリス様を危険な海へ連れ出してと、好き放題やっているのだが。


イリスヨナで営利漁業をするならば、イリス伯に最初に話を通すのが筋だろう。

その程度の良識は、私もさすがに持っている。


「まだこの国のことをよく知らないものですから、私のすることが皆さんにご迷惑をおかけすることにならないか、心配でして...」


とはいえ、イリス様のお命が掛かっているから、ある程度より先は良識を踏み外してもやむなしとか、邪魔が入ったら倒せる相手なら倒してでも進もう、という覚悟はすでに決めしまっていたりする。


でも、そういう事態にならないように気をつけたい。

進んで他人を傷つけたいわけではないし、イリスヨナの戦闘力はともかく、私に政治的センスは無いので。


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王様との謁見は、その後『今度は3ヶ月後の建国記念式典で観艦式をやるのでよろしく』という定例行事(?)の確認をして終了した。


開放された私たちは、疲れたので一直線にイリスヨナに戻る。


「イリス様、大丈夫ですか?」


イリス様はこくりとうなずくが、表情が明らかに大丈夫じゃない。

無理もない。

イリス様はまだ言葉からたどたどしさが抜けていない児童なのだから、王様との謁見は負担が重い。


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イリスヨナの扉の前で、副長が私達を出迎えてくれた。

とりあえず最初に、イリス様がお部屋に戻ってご休息をとれるように計らう。


「というわけで散々な目にあってしまいました」


王様と会う機会を散々と言うのも不敬罪に該当しそうだが、船内では誰に聞かれる心配もない。

あ、いや。

エーリカ様が船内にいる。

思わず後ろを振り返ったりしてみるが、金髪獣耳の公爵令嬢は影も形も見当たらない。


「どうかされましたか?」

「エーリカ様はどちらに?」

「ああ、それなのですが。

エーリカ様はあの後すぐ自室に籠もってしまわれました。

誰も部屋に入れようとせず、お食事をお持ちしても鍵を開けてくださらないのです」

「エーリカ様、体調が良くないのかしら。

ご挨拶のついでに、お食事をお持ちしますから、何か軽食と飲み物を用意してもらえる?」

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