天使 / VS暗殺者

王都 / 摩天楼

竜騎士の航空部隊にエーリカ様と皇女様が回収されていった後も、イリスヨナは王都まで行かなければならなかった。

まあ、事情聴取というやつだ。お礼が出るのか処罰されるのかはわからないが。あるいは両方かもしれない。


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第二発令所で、イリス様と副長を交えてお茶をしながら話す。

「ヨナ様、本当に良いのですか?」


「構いません。

もちろん戦闘中に起こったあれが何なのかは、私も早く知りたいし、知らなければならない。

でも、イリス様をイリス伯領地まで無事にお送りすることが最優先です。

そして王都への呼び出しにも応じなければならない。

私はあのとき、戦闘中にも関わらず前後不覚に陥ったわ。

いま事実を知ることで、例えば私が壊れたりしたら、イリスヨナの稼働に支障が出ます。

幸い、今の私は知らないなりに精神状態が安定しています。

イリス伯領地に戻るまで、戦闘中に起こった事に関する情報共有は保留にしましょう」


そう言いながら私は、持ち上げた紅茶に口をつける気になれなかった。


イリス様が困ったような表情で私を見る。

「ヨナ?」


「イリス様、私はイリス様を傷つけるようなことは決して望みません。イリス様はご不安ですか?」


ふるふると首を振る。

私は可愛らしいイリス様に向けてせいいっぱい微笑む。


「そうであれば、イリス様がそんな顔をされる必要はありませんよ」


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艦橋から陸地の都市を眺める。


「このあたりはもう、王都の端の方です」

「背の高い建物が多いわね」

「中央部はもっとすごいですよ」


背が高い、というのは2〜3階建てという意味ではない。

30階建てである。

王都に近づいていく途中から、ちらほらと高い建物があるなということに、気づいてはいた。


副長が指で示す方を見る。

2本のひときわ高い王城。その周辺には多彩な塔が立ち並ぶ摩天楼が形成されていた。


王城と周囲の建物の高さは、100階建てを超えている。

国土が広いのに上下水道や道路のインフラ設備がきちんとしているなと思っていたけれど、どうにも私は、この世界のことをナメていたかもしれない。

東京やマンハッタンと毛色は違うものの、王都は高度な高層建築が立ち並ぶ大都会だ。

都心上空を避けて飛ぶワイバーンが、辺縁部の上空を交易に行き交っている。

川岸の線路を走る汽車は、速度は遅いが本数も連結数も多い。後ろに客車や貨物列車が長くつながっていた。


「都市中央に川があって、治水は大丈夫なのかしら」


元東京都民としては気になるところだ。

都民の当然の疑問に対して、あまりに豪快な回答が、副長の口から語られる。


「王都は都市ごと堤防と同じ高さまで嵩上げしてあるそうです。盛り土は上流の治水事業で出たものを運んできて使ったと、以前に本で読みました」


徹底ぶりと土木建築力の高さに、返す言葉もない。

密集する高層ビル群と、あちらこちらに見える、土地面積を贅沢に使った居心地良さそうな広場。

町のあちらこちらに、計画都市としての秩序を感じた。


「区画がすごく綺麗に整理されているけれど、王都は計画都市か何かなの? どこかから移転してきて、更地から作ったとか」

「美観を守る法律などはあるようですが、だんだんと発展してきたものですよ。建国以前から続く交易都市です。建物は、建て直したり、移動したりしているようです」

「ビルみたいなすごく高い建物もあるけれど」

「あれらも移動させるんですよ。道路を作る時などは」

「それって魔法?」

「どうでしょう。大規模な地盤改良などでは、魔法を使うそうですが」


どの建物もサイズが都庁くらいありそうだけれど、あれを横移動させるのか。


車輪がついて走り回る都庁と東京タワーの姿が頭に浮かぶ。

さすがに車輪はついていないのだろうけれど、この世界の建築技術は、もしかすると元の世界より高いのかもしれない。


その後は、おのぼりさんらしく、物珍しい景色を素直に見物させてもらう。

そうしながら、イリスヨナは次々と現れる大きな橋の下をくぐり抜けて進む。


「さっきから、橋の背がやたらに高いけれど。この世界って、イリスヨナのような背の高い大型船はそんなに無いんじゃなかったの?」

「ヨナ様は帆船をご存知ですか? 数は少ないですが、背の高い帆を積んだ木造船があるのです。

それに、王都の川下はイリスヨナや国外の古代戦艦が近くまで航行できるように整備されています。古代戦艦を外交と式典に使う機会が多いのです」

「外交と、式典かぁ」


そういえば辺境国にとっては、古代戦艦は国の象徴の一つなのだった。

もしかして、私もそのうち、そういう堅苦しいイベントに強制参加させられるのだろうか。


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王城を見上げる巨大な遺構が、交易船の行き交う王都の港湾だった。

停泊位置からは、川岸を掘り下げた大きな穴の底にいる気分。

実際には、周辺すべてが盛り土だというのだから恐れ入る。


「ヨナ!」


甲板を駆け上がり、エーリカ様が私の胸に飛び込んでくる。


体重では優位なはずの私の身体は、エーリカ様の超運動能力によってあっさりと吹き飛び、そのまま船内に押し戻されてしまう。

エーリカ様に押し倒された姿勢で、いてて、と言ってみたものの、別に痛くはなかった。船内の床に尻もちついたヨナのボディは丈夫だし、上に乗るエーリカ様は柔らかくて獣耳少女の良い匂いがする。


「ところでヨナ、私の部屋はそのままにしてあるのでしょうね?」

「当然です。誰も中に入れず、何も手を付けていませんよ」

「そう。当然ね」


エーリカ様は満足そうに言う。

竜騎士に連れられて脱出する直前、エーリカ様は私に言ったのだ。


『皇女様と私の部屋は、そのままにしておきなさい。当然、その間の貸し切り乗船の料金は払うわ。だから、私が戻るまで誰も部屋に入れては駄目よ!』


そんなことを言われたら本当に密輸を疑ってしまうが、それはそれとして気持ちはわかる。

子女の私物や肌着類を漁る趣味の人間は、イリスヨナにはいないけれど。


「イリスヨナは今晩もここに停泊よ。

だから私も今晩はイリスヨナで過ごすわ。

あなたの謁見が終わって戻ってきたら、私の部屋に必ず挨拶に来なさい」


またそんな勝手な。

いいですけど。


「って、謁見? 私が? 誰にです?」


王都まで来ておいて、そんなの決まっているけれど、事態を受け止めるまでにちょっとだけ時間が欲しい。


そしてそんな、獲物が最も美味しい瞬間を、野生の公爵令嬢エーリカ様が見逃してくれるはずがなかった。


「誰って、王殿下に決まっているじゃない」


エーリカ様がにんまりとして目を細めた。

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