VS魚雷艦2

『川辺りに接触しつつ敵艦との距離を詰める。総員対ショック体勢へ』

私は横に居たエーリカ様を捕まえて、艦長席の補助ベルトを腰に回す。

同時に副長が飛び出していって、皇女様を近くのフックに繋ぐ。


イリス様の艦長席のベルトを確認した私は、操舵と機関部制御に集中する。


機関不調のふりをしつつ、舵を右に切る。

接触した川辺が弾け飛び、大小の流木を飛び散らかす。


「ヨナ、任せますが、無理しては駄目よ」


イリス様の嬉しい言葉に、大丈夫です、と答える。

再度集中。


悲鳴。


「いったい何!」

「ヨナ様! どうするおつもりですか」


うるさい。

操船に集中させてほしい。


脳内に描画していた戦況地図を、第二艦橋の壁面VHUDで共有する。

自分が繋ぎ止められている壁が無くなったことに気づいた皇女様が、ひときわ大きな悲鳴を上げた。


「空が!」

「やられたの!?」

「上部構造が吹き飛んだわけではありません。発令所は無事です」

「イリスヨナにはこんな機能もあったのね」


アクリル丸窓を含め、発令所の壁のほとんどが表示エリアとなり、戦況地図と船外風景を描画していた。

副長が表示を読み取る。


「ヨナ様はアクティブソナーでこの先に見つけた遺構を使って、本船をターンするつもりです」

「どうやって?」

「衝角でイリスヨナをぶつけて、です」


『総員、耐衝撃防御』


ひときわ強い衝撃で、皆が吹き飛ばされそうになった。


----


イリスヨナの先頭が、大きく浮き島に食い込む。

右カーブで突き出した浮き島。


わずかに右に反らした衝角の衝突と共に、左へ急速旋回しているイリスヨナが、周辺環境をすべて吹き飛ばしていく。


イリスヨナは右腹で陸を砕き、傷のある左腹をかばって敵側に向ける。

傷にいくつかの流木が流れ込む。


敵艦の発射した合計6発の魚雷は、どれもイリスヨナに到達しない。機関不調と制御不能のふりをしながら吹き飛ばした流木が、障害となって魚雷を接触信管で爆発させたり、進路を変えてしまう。


イリスヨナの旋回の勢いは止まらない。発令所内には衝撃と悲鳴と指示報告の声が続く。

あと少し。

瞬間、ヨナの意識が途切れた。


----


意識が回復する。

戦闘中。何秒機能停止していたのか確認する。ゼロかマイナス。良かった。


ゼロかマイナス?


視界に違和感を覚える。続いてボディ。

腕を持ち上げる。見覚えの浅い右手の手のひらが見える。

艦長席に座っている。


幼い少女の身体が吹き飛ばないように、ベルトで固定されていた。


右を見る。

人形のような顔がそこにあった。


イリス様の中から、イリス様の目で、ヨナの顔を見ている。ヨナの瞳がぐるりと動く。


『ヨナ』と目が合った。

私と目が合った。

悲鳴。


----


「ヨナ、しっかりしなさい!」


ヨナの身体に掴みかかるエーリカ様。

私はエーリカ様と正面に向き合いながら、同時にその様子を艦長席からどこか他人事のように見ている。


船は旋回をほぼ終えているが、動きが止まりつつあった。


「イリスに船を任されているのでしょう?! あなた、イリスを殺す気?!」


違う。


視界がはっきりする。今度は船体状況を含めて、並行ではっきりと認識できる。

私はイリスヨナであり、人形ボディの中にいて、同時にイリス様の身体の中にいた。


「最大出力で直進します! 続けて衝撃に備えて!」


艦内放送の内容がイリス様の口から迸る。

機関出力を上げながら、気持ちを落ち着ける。船の制御を間違ってヨナのボディに出力したら、作戦が失敗してしまう。

失敗すれば、イリス様が死ぬ。

それだけは駄目だ。


イリスヨナは慣性力を半ば無視しながら、敵艦正面へ飛び出す。

近接していた魚雷が一発、衝角にぶつかって弾ける。もう一発と共に連鎖で爆発して、船体がわずかに浮く。


真っ黒な流木が周囲を舞い散る。

速度は変わらない。


衝角にエネルギーを充填。

敵艦は回避しようと右舵。だが遅い。

こちらの衝角が、舵でわずかに逸れた敵艦の衝角左に接触。


敵艦は、衝角ごと先端部が弾け飛ぶ。

金属と軟金属のひしゃげる音を立て、敵船体左側装甲を破壊しながら、イリスヨナは機関出力を落とさない。


敵艦中央付近まで押し進んだところで、敵艦の構造が限界を迎えた。巨大な人工構造物が、あっさりと「く」の字に曲がる。

ひときわ大きな悲鳴のような金属音。


『敵艦竜骨の自壊音を確認。敵艦完全に沈黙』


潰された敵艦が内容物を抱えきれなくなる。傷口のあちこちからひしゃげた魚雷を撒き散らしながら、火を吹いた船体が、今度こそ大爆発を起こした。


『状況終了。第一種警戒態勢へ移行』


戦闘の終結を知らせる艦内放送は、眼前でイリスヨナ船体を舐める敵艦の大火の音で、ほとんどかき消されるようだった。

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