VS魚雷艦1

皇女様が第一発令所で景色を見ているあいだ、付き添いのエーリカ様が『私で』遊んで退屈を紛らわせている時に、それは起こった。


「後方に艦艇!」


艦を捉えたのは、第二発令所に詰めていた監視員の目視監視だった。

ジャングルの中で聴音はほとんど使い物にならない。木の根を洗う水流の雑音が大きいからだ。


第一発令所の空気が変わる。


『戦速。総員、第一種戦闘配置! 後方の不明艦艇を敵艦と識別する』


古代戦艦はふつう、言うことをろくに聞かない上に貴重品だから、よほどのことがない限りは動かされもしないハズのものだ。

逃げている途中にジャングルで出会った大型艦艇を、偶然通りかかったと考えるお人好しは居ない。


可視光映像を分析。種別はどうやら、古代戦艦の魚雷艦だった。

本船より2回りは小さいが、250m弱の船体は十分巨大といえる。


それと、曲がりくねったジャングルでは、小さい船体のほうが操舵や回避に有利だ。


イリス様を艦長の椅子へ。そこは初陣で私が座っていた中央の席だ。

私がイリス様の右、副長が左へ付く。

少し前に支流への分岐があった。多分、敵艦は反対側からやってきたのだろう。


「後ろを取られたのはまずいですね」


副長が指摘する。私は頷く。

『魚雷疾走音2つ。距離近づく。32秒後に接触予定』

しかしそうはならなかった。

途中で疾走する魚雷のうちの一発が暴発した。


私の隣に、エーリカ様が来る。そういえば皇女様共々、避難していただくのを忘れていた。

とはいえ艦内のどこに逃げるのだという話ではあるが。


「何が起きたの?」

「多分、木の根に衝突したのでしょう。敵の魚雷は曲がりくねった河川ではなく、浮き島になっている地面の下をくぐって来る直線コースです」


エーリカ様が質問する口調は冷静だった。戦闘慣れしていらっしゃる。

それに、爆発が起こったからではなく、異常事態が起こったとわかるから質問している。


さすがエーリカ様。魚雷についてもある程度の知識がおありのようだ。


『魚雷疾走音、続けて2つ』


自分がした報告に、驚く。

敵は魚雷をもったいぶるつもりはないらしい。

正しい判断だが、こちらは困る。


『5秒後に魚雷接触。第一波。総員衝撃に備えよ』


魚雷が右腹のすぐ隣で炸裂した。

直撃でなく爆発したので、調停か近接装置だ。

衝撃は大きいが、イリスヨナの船体は無事。


「今は魚雷を回避しつつ、逃げるしかありません」


回避というか、当たらないよう祈りながら。

副長が言う。


「敵の魚雷は小型で近接式です。直撃弾による撃破を狙った調停をされなければ、魚雷に接触されても一撃くらいは耐えられるでしょう」


ですが、左腹なら一発でアウト。

副長が目だけで続きを語る。口には出さなかったけれど、この瞬間、エーリカ様にはイリスヨナに弱点があることまではバレたと思う。


と、皇女様が。

「ここを切り抜けて戴けるなら、後で費用と別に魚雷も補填いたします」

皇女様もさすが、古代遺産かつ一本ずつ丁寧に職人手作りしている魚雷の希少性を理解している。


だが、残念ながらそういう問題ではない。


「ありがたい申し出ですが、出し惜しみしているわけではないのです。

我々が現状でこの戦闘に使える魚雷は、2本だけです」


なぜなら、残存する魚雷12本のうち、10本はイリスヨナ前部に配置されているからだ。


同時に3本まで撃てる旋回魚雷発射装置のある後方には、2本しか配置していない。

『ヨナ』が現れるまでは、イリスヨナも言うことをろくにきかない古代戦艦だったので、自動装填装置を使う後方魚雷発射管の信用性はとても低かったのだ。

一方で前方魚雷発射管は、手動装填になっている。

魚雷は信頼性の高い前方に重点的に配置していた。

そして間の悪いことに、この前の戦闘で後方の魚雷を使ってから、忙しくて魚雷の配置換えができていなかった。


艦内を通せば通るかも知れないが、人間が魚雷を運ぼうとすれば1時間では済まない。ちなみにイリスヨナの魚雷は俗に言う”酸素魚雷”と直径が同じくらいあって無駄に大型であるため、重量が4トン近くある。クレーンを使わないでの移動は事実上不可能だ。


前方から魚雷を発射しても、ジャングルの河中で木の根を掻い潜って敵艦に到達するのは、10本中1本あれば運がいいというものだろう。

そして、イリスヨナ自体がこの狭いジャングルの中で旋回しようとすれば、木にひっかかって長い時間、敵に横腹を晒す。


旋回中に横腹に魚雷を食らったら、たとえイリスヨナであってもひとたまりもない。


『魚雷疾走音続けて2つ』


これで計四本がイリスヨナに向かって疾走中。

そして敵艦が弾切れしていなければ、まだまだ増える。使われている魚雷は小型なので、敵艦はサイズ的には余裕で100本以上の魚雷搭載が可能だ。


ここで偶然、敵艦がご機嫌を損ねてくれればラッキーだが。


私は船長席のイリス様を見やる。

戦闘中の艦内で怯えも震えもせず、視線は迷わず前を見て、自分の乗艦を信じて椅子に座る、小さな女の子。

その信頼に答えたいと私の心臓が跳ねる。


イリス様のお命を運任せにはしたくなかった。

だから、私にできることをしよう。

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