ジャングル・クルーズ
翌日の夕方には、密林の入り口にたどり着いた。
「古い文献によると、旧時代に使われていた地下基地が、この下に沈んでいるそうです。一帯がジャングルになっているのは基地の遺構が地盤沈下を起こしており、そこに水が溜まるからではないかと言われています」
副長が地図を見せながら説明してくれる。
「密林って、地図上では辺境国ひとつ分くらいの面積があるじゃない」
「そうです。それがすべて遺構の一部なのだそうです」
それでも一部なのか。東京ドーム何個分とか比べるどころの規模ではない。
イリスヨナは蛇行した河を進む。
上空から見たら、アマゾン川流域と同じ景色が見えるだろう。
ただし、河の広さと深さは文字通りスケール違いだ。航空母艦クラスのサイズを誇る古代戦艦イリスヨナが詰まらずに遡上できるのだから。
「周囲の森に見えるところ、聴音を分析すると、ほとんど地面がなくて浮き島になっているようなのだけれど、どういうことなの」
「密林特有の河の木があって、根が水中に長く伸びるのですが、そこに枝や倒れた木が引っかかり、腐葉土が積み重なって、浮き島のような構造になるのです。
陸地に見える部分のほとんどは浮遊物なのです。普通の人間が踏み入れると、落とし穴のように半地下の河に落ちて、まず助かりません」
つまり、地面に見える部分は、マングローブのような木の幹に引っかかったゴミに過ぎない。
薄氷の上に雪がつもったみたいな、危険な場所というわけか。
「もしかして、陸に見える部分をイリスヨナで切り破って進めば、大幅にショートカットができる?」
「やれなくもないですが、おすすめはしません。
木の根が大量に絡んで集まりますから、乗り上げたら座礁してしまいます。
また、地下基地遺構の観測台などが、水面に飛び出しています。正面から衝突しただけではイリスヨナはヘコみもしませんが、左腹中の艦橋装甲は外皮ほどの強度はありませんから、万が一ということもありえます」
ぞっとしない話だ。
「あと、密林は河に養分を供給する大養生地ですから、川下の農家が困るでしょう。
河に大量の流木を流すと、運送業者や猟師の迷惑にもなります」
それを聞くと、余計にやらないほうが良さそうだった。
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エーリカ様を混ぜての、状況報告会。
「ヨナ、教えてほしいのだけれど、イリスヨナの防備は大丈夫なのかしら」
「怖いのは白兵です。イリスヨナがどんなに強い船でも、兵隊が船内に入ってきたらお手上げなのは、私自身、よくわかっていますから。
イリスヨナは現在、『閉塞モード』になっています。外扉をすべてロックして、居住エリアは空気と水の出入りも封鎖した状態です。
ジャングルは川幅の狭い箇所も多いですから、空挺するか、決死隊を出せば取り付くことまではできるでしょう。でもそこから先は、兵士数名では嫌がらせ以上のことはやりようがないはずです」
副長が補足する。
「古代戦艦のハッチを外から開ける方法は、そう多くありません。
イリスヨナは特に頑丈ですから、騎士の使う攻城兵器や、ワイバーン単騎の軽装爆撃程度では、船体に穴を開けることはできないでしょう。
ほかに警戒するとしたら魔法による外部操作ですが、今のイリスヨナはほぼ全てがヨナ様の制御下にあります。魔法での解錠は難しくなるでしょうし、もし勝手にハッチを開けられたとしたら、ヨナ様はお気づきになると思います」
「この船に白兵戦力はないのね?」
「大した準備はありません。必要ありませんでしたから。
乗員が自衛はしますが、白兵のプロ相手には敵わないでしょう」
エーリカ様の質問に、副長は素直に答える。
エーリカ様は少し悩んでから。
「わかりました。ヨナ、いざとなったら私が戦います。なので、後で船内にある白兵用の武器について確認させてもらえるかしら」
「それはもちろんです。エーリカ様、やっぱりお強いんですか?」
「私の近衛と一対一で戦ったとして、3勝1負ってところね」
大人の、それも公爵令嬢であるエーリカ様の近衛といえば実力の有るエリートのはずだ。それと戦って勝ち越すというのはすごい。
でも、エーリカ様が偉いから、手抜きされていたという可能性は。
「もちろん手加減は無しだったわ。陸軍一族のプライドがありますから、手加減で勝ちを譲るなどしたら、その方が許されません。
それに、今回船に逃げてくる途中だって、戦闘はあったのよ。一体多数の乱戦も経験して切り抜けてきたわ」
さすがエーリカ様。
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「ところでエーリカ様。敵味方がわからない状態で、どうしてこの船に?」
「ヨナは生まれたばかりでしょう? 人間の派閥争いは苦手そうだし、まだ敵側についてはいないと考えた。この船には守りに使える兵士は乗っていないけれど、一方で、あなた以外に出自の不明な新参は乗せていない。
あとは道が残っているかどうかだったわ。
他の脱出路が無くなった状態で、街中ではもちろん妨害があったけれど、船にかかる橋は、読み通り残っていた。
古代戦艦イリスヨナを恐れて、直前まで誰も手を出せなかったのね」
エーリカ様、帰りの通行許可の申請忘れ、あれもしかして、この状況を見越していたのかな。
抜け目ない人だ。
そして、その用意周到なエーリカ様が、護衛も付けていない身一つの満身創痍の状態で、皇女様と一緒にイリスヨナに転がり込んで来るしかない状況にまで、追い込まれた。
これは、想像していた以上に困難な状況なのかもしれない。
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