街の動乱

「街で複数の箇所から煙が上がっています。火事かもしれませんが、念の為、イリス様とヨナ様は第一発令所へ」


午後、外の見える見晴らしの良い第二発令所で景色を見ながらお茶をしているときに、副長から報告が上がった。


報告を受けながら指し示された方向を見ると、確かに煙が上がっている。

見張りを船員に任せて、私たちはお茶と一緒に艦橋下部にある第一発令所へと移る。


「火事はよくあることなの?」

「地上の暮らしには詳しくありませんが、複数同時はあまり無いことだと思います。これは動乱か、もしかすると不正規戦によるものかもしれません」


「このあたりは動乱になるほど治安が悪い地域なの? 不正規戦って、相手は誰?」

「国内の治安は良いはずです。市民の暴動はここ15年ほど発生していません。それよりも、エーリカ様が参加されているという交渉が理由かも知れませんね。

この街は国境に近いのですが、接している隣国とは仲が悪いのです。

既に衝突状態になっているところに停戦協定を結ぼうとしており、停戦に反対する勢力が裏で糸を引いている可能性が考えられます」


「巻き込まれるかしら」

「可能性はあります。イリスヨナの機関部は使用できる状態でしょうか?」

「大丈夫よ。私が召喚されてから、機関部をスタンバイに落としたことはないわ」

「巻き込まれそうな状況になったら、仕方ありません。河川通行の手続きを無視して離脱しましょう」


と、第二発令所の丸いアクリル窓から見ていた街に、小さなキノコ雲が立ち上がる。


「爆発、したわね」


それも、複数の場所で続けて3発。


「船内を第一警戒へ移行します。

イリスヨナはすべての外部扉を封鎖して閉塞モードに。

戦速で離脱する準備を始めますがよろしいですね?」


私はうなずき、艦内に放送を行う。


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日が沈んでからも、街の各所で次々と新しい火の手が上がっていく。


「地図と照らし合わせると、初期に火の手が上がったのは領主の邸宅と、東の大街道へ繋がる支部道路、港湾へ繋がる大通り、南の大きな市道といくつかの商用道路ですね。

領主の邸宅の付近は特に火の手が大きいですが、ここには竜騎士の航空部隊と軍警察の詰め所も隣接していたはずです」

「北へ抜ける市道を残したのは罠ね?」

「あからさまですから、逃げる者は別の道に逃げようとするでしょう。南下すれば、馬で半日もしない距離に別の街がありますし、そちらは道が多いので包囲網が手薄になりそうだと考えます」


「街の人たちは大丈夫かしら」

「かなりの犠牲が出ているかと。もしこれが本当に和平交渉の途中だったとしたら、決裂は必至でしょうね」

「そうだとしても、イリスヨナにできることは無さそうね」


街の人たちもエーリカ様も、私からできることは何もない。


「イリスヨナの退路は大丈夫? 河は上流と下流しかないけれど」

「問題ありません。

古代戦艦イリスヨナの足を止められるのは、同じ古代戦艦だけです。

そして不正規戦なら、貴重品である他国の古代戦艦が出てくることはまずありえない」

私は街の方へ視線を移す。

「エーリカ様の架けた浮き橋を傷物にしたくはないのだけれどね」

「仕方がありません」


状況がそれどころでないから、どうでもいいことではあるのだけれど。

浮き橋はそのままにしてある。

撤去のやり方もわからないし、誰か浮き橋に上がってこないか、常に監視している。

イリスヨナの外部扉はすべて閉めてあるから侵入者の心配はないし、いざとなれば浮き橋は放ったまま出港してしまえばいい。


----


浮き橋へ接近する人影を発見。

同時に監視員から報告が入る。


「近づいてくる人影は小さいが早い。獣人の戦士かも知れません」

「イリスヨナに取りつかれても大丈夫なのでしょう? もう少し様子を見ましょう」


距離が遠くてまだ明らかでないが、あの人影はエーリカ様ではないかという気がする。


他の出港できる船は早々と出払ってしまって港は空になっている。

イリスヨナが寄港していることを知っている人物はそう多くない。

一方で、いくら怪しい古代戦艦といっても、街中火の手が上がっていてなお誰も近づいてさえこないのは、それはそれで不自然だ。

港で何人かが通行止めをしている可能性はある。


「副長、港をサーチライトで照らしてもらえる? こちらに視線を集めて。可能ならば、イリスヨナが港を照準している風に見せかけて欲しい」

「了解しました。陽動ですか」

「浮き橋や、近づいてくる人影の近くにはサーチライトを向けないで。余計に目立ってしまうわ」


イリスヨナの監視員も私も、サーチライトを使う必要はない。

星の出ている夜であれば、たとえ街の煙が空の半分を覆っていても、暗視で港を見渡すことができる。


ましてや今、燃えさかる街は光源であふれている。

そのせいで逆光になって、顔が確認できないのだが。


「港に魚雷を撃ち込んでもいいけれど、それこそ陽動にしかならないわね」


今のイリスヨナは戦闘配置なので、撃とうと思えばいつでも撃てるが。

イリスヨナに艦砲はない。

投射爆雷が使えれば地上にも有効だが、港を壊滅させた上に、火の海にして塞いでしまう。


人影が、浮き橋前の直線道路にさしかかる。

そこで小さな戦闘。

対人兵器の小さな爆発。

火斧が爆ぜる、一瞬の光。


「エーリカ様だわ!」


エーリカ様が、誰かを連れて逃げている。


「イリス様」

「いいよ、ヨナ」


イリス様の短い許可を得る。


「エーリカ様を船内に収容次第、出港します。

お出迎えは私と副長で。閉塞を浮き橋前の外部扉のみ解除。

イリス様はこちらでお待ちください」


エーリカ様は直線道路で3人もの男たちを次々といなして引き離す。

浮き橋に足をかけるとあっという間に半分まで駆け抜ける。

港と繋がる浮橋を、後ろに投げた大きな手榴弾で爆破して道を潰した。


あんな重そうなものをどこに持っていたのか。

しかし一方で、全快状態のエーリカ様なら、手榴弾など使わなくても浮き橋くらい魔法で破壊できそうな気がする。


私と副長は艦内を駆け抜け、外部扉を開く。


橋の上のエーリカ様は、とうとう連れの手を引くのを諦め、自分より年上の、少女と思わしき人物を抱えて走っていた。

途中、魔法の火矢が何本も飛んできて、一発が命中直前に飛び出した護符に絡め取られて落ちる。

船まであと少し。


船外へ飛び出す。

「副長、来てっ!」

「ヨナ様、船外は危険です!」

しかし、副長も私に続いて一緒に防護扉の外までついて来てくれる。

飛び出してたったの7歩。

そこでエーリカ様と合流した。


「こちらへ!」


少女を庇おうとするエーリカ様を、私が庇ってイリスヨナへ。


エーリカ様の身体を外部扉の向こうへ押し込む。

「副長、お二人を船内へ!」

指示をしながら、視線は浮き橋から逸らさない。

副長が私の身体を船内に引っ張り込む。

私は外開きの外部扉を左手で引いて閉める。

直前、暗視で見た最後の状況からすると、川岸から武装した不明勢力が浮き橋に取り付きつつあった。


「はーっ! かはっ。くほっ、ひうっ、はああーぁ、う」

エーリカ様が床に手をつき、激しく肩を上下させていた。息を切らして、めいっぱい口を開いて息を吸い込んでいる。

いつもの態度を取り繕う余裕もない。


ぱたた、と体液が船の床に落ちた。


「機関全速でここを離れます。エーリカ様、よろしいですね?」


エーリカ様は話ができない状態で、答える代わりに川上を指差す。

そちらへ船を向けろということらしい。

出力を上げた機関の振動が、船内を駆け巡る。


『機関始動。取舵。港湾を離脱する』

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