イリス様といっしょ / 船上の暇

というわけで、今度こそ暇になってしまった。


イリスヨナは、平民にとっては脅威の異能を振るう古代戦艦であり、貴族の有名な所有物でもある。なので遠くから物珍しく見られることはあっても、近づいてきたり、勝手に乗船しようとしたりするような不届き者はまずいない。


木造の小さなボートは乗せてあるから、エーリカ様が連絡のために残していった高級そうな浮き橋を踏まなくても、街に出ることはできる。

イリス様を船内で退屈させたくないし、私もこの世界の街を見て回りたい気持ちはあるのだが。

治安がよくわからないので、気軽に観光できないのだ。


イリス様は貴人なので言うまでもなく営利誘拐のターゲットにされる。

また、まだそういう気配はないが、人間でない上に珍しい物品である『私』が他国に強奪されないかという心配もある。


それと大事なこととして、エーリカ様が『船で待っていなさい』と言っていたのを、私は聞き逃してはいなかった。


エーリカ様のことだから『今から出発して全力疾走で通り抜けられるぎりぎりの河川域だけ許可をもらっておいたから、今から全速で河を移動しないと許可外にはみ出るわよ』とか、やりかねない。

一方で、たぶん、言いつけを守ってきちんとお留守番をしていれば、はみ出したり出港できなかった場合のフォローもしてくれる人でもある。


ともかくイリスヨナの船内から出ないで過ごすことになったので、副長から雑談程度にイリスヨナのことを教えてもらったり、私がこの世界のことを学ぶための時間を取る。


見晴らしのよい第二艦橋で、エミリアさんの淹れてくれるお茶を飲みながら。

なんとも優雅な時間だ。



イリス様が机の上に綺麗な色の紙を置く。

「ヨナ、練習」

「は、はい」

私は紙を一枚取り、指の腹で押さえて折り目をつける。


イリス様は最近、私への教育に熱心だ。

特にこの”練習”は、他の時間を削っても私にやらせようとする。

サボらないようになのか、ずっと監視されているし。


でも、生まれたばかりで世間を知らないイリスヨナにはもっと、礼儀作法とか、社会常識とかを、重点的に仕込んだほうがいい気がする。

古代戦艦イリスヨナとして、エーリカ様以外にも、これから貴人と会う機会はいくらでもありそうだし。


イリス様の命令に従って何かをするのは楽しいし、練習も嫌いではないのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る