涙
発令所を出て、心地よい潮風を浴びながら手すりに触れ、船の後方を見つめる。
航跡が1本、海面を引いていた。
副長が出てきて、隣に立つ。
私は口を開いた。
「私、人を殺したんですね」
「判断したのは副長の私です。あなたは何も知らなかった」副長は淡々と言った。「お嫌ですか、自分が戦艦であるというのは」
私は首を横に振る。
「ショックでないと言うか、自分があまり落ち込んでないことに、落ち込んでます」
今の私がイリスヨナだから、というわけでもないのだろう。船として何か感じられるとすれば、戦艦として十分な働きをした達成感が得られてもいいはずだ。
そういう気持ちは、特に無かった。
「イリス様を助けられてよかった、とは思いました」
しかしこれも、どちらかといえば、人間としての気持ちだった。
船は全力をもって主を守る使命を全うしようとはするが、その結果に関心はないし、主の無事を喜ぶこともしない。
そういえば昔から自分はこうだった、と思い出す。
祖父の骨を拾った時、父の葬式、母の病室、いつでもついぞ涙は出なかった。
そのことが死者に申し訳なくて、彼らに謝れるならそうしたいと、いつも思い続けてきた。
「副長。この国で死者に敬意を払う時、どのような作法でするのか、教えていただけますか?」
「存じ上げません」副長は答える。「申し訳ありません。私は宗教には詳しくないのです。ましてや他国の船の、顔も知らない乗員のこととなると」
それもそうだ。
「では、ここで正しいかどうかはわかりませんが、エーリカ様に教えてもらったこの世界の方法で」
言葉を止めて、態度で示す。
ここでヒトは涙を流すべきなのだと、私は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます