エーリカ様の襲来3
「さてと」
イリス伯を含めた全員の退出を待って、エーリカ様が立ち上がる。
「脱ぎなさい」
はい?
私が返事をする間もなく、エーリカ様が先に自らの下着に手を差し込み、ドロワーズを脱ぎ始めた。
「尻尾、興味があるのでしょう?
私が見せるのですから、あなたも見せてくださるのよね?」
言葉は確認のようなニュアンスだけれど、状況は強制そのものだった。
ここで断れば、エーリカ様に恥をかかせたことにされてしまう。
というか悲鳴でもあげられたら身の破滅だ。
『いや私、船だけどいちおう女なんですけど!?』と思うけれど、既に下を脱いだエーリカ様と部屋に2人きりというこの状況では、どんな言い訳も通用しないだろう。
エーリカ様は、この国で陸軍御三家と呼ばれる家の直系だという。
海に勢力がないこの世界で陸軍兵力を握る陸軍御三家の力は、国王すら凌ぐとされている。
貴族女児の気まぐれが原因で、破廉恥の汚名を着せられた船ごとイリス家がお取り潰しにされてしまったら目も当てられない。
「わかりました。こっちを見ないでくださいね?」
「見ないと意味がないじゃない」
けんもほろろ、エーリカ様はこちらの羞恥心にはまるで取り合ってくれない。
この世界に来て、入ったばかり(とでも言えばいいのか?)の新しい人形の身体だけれど、裸を見せるのが恥ずかしいと感じるくらいには、それなりに自分自身の身体だという意識が芽生えているらしい。
私が着ている服は、和服だと思えば良さそうだ。
この世界で他に同じ服装の人は、今のところ見かけていない。
この世界の住人の服装は、私の目には古い時代の高級な洋装が多いように見える。
エーリカ様は既にペチコートとドロワーズを脱いでおり、それを机の上に置いて、私が脱ぐのを観察していた。
私の和服はどうにも、エーリカ様のように下だけ脱げるようにはなっていない。
それに裾が長いから、エーリカ様が私の身体を鑑賞しようとすると邪魔になってしまう。
自分が着ている服については、以前に確かめたことがあった。
副長によると、私は現れた時に、裸ではなくて最初からこの服装をしていたそうだ。
どうやら服も髪飾りも、身体と同じ素材で出来ている。
肌着は、元の世界で着慣れた普通のデザイン。
ブラジャーは着けていなかった。この身体の成長具合からすると、ブラジャーはまだぎりぎり要らない。スポーツブラを着け始めても良いくらいではあるけれど。
下着を確認した時は、和服に合わせたフンドシとかでなく、着慣れた普通の下着を履いていてよかった、と思ったのだけれど。
「見たことのない珍しい下着ね。身体にぴったりとしていて、まるで裸じゃない」
この世界の人に裸に見えると言われると、一気に顔が熱くなる。
この先に進みたくはないけれど、エーリカ様は既に下着を脱いでいるので、私もそれに従うしかない。
下着を下ろして、エーリカ様に背中を向ける。
背中に視線を感じて、息が苦しい。
エーリカ様の動く気配。
「あなた、獣耳は生えているのに、尻尾はないのね」
「ひうっ」
尾てい骨を細くやわらかい指先でぐりぐりされる。
「腰つきと腰回りの骨格は完全に人間のものね。こんな混血は聞いたことがないわ」
まあ、私は混血とか以前に、人間ではないですからね。
そう言おうとしたのだけれど、エーリカ様の指先が私の舌の働きをおかしくして、何も言えなくなる。
逆らってはいけない逆らってはいけない逆らってはいけない。
頭の中で呪文を唱える。
童女に触られているだけなのだから、生まれたての赤ん坊をだっこした時に胸を触られた、くらいのつもりで軽く流せば良いはずだ。
なのに、エーリカ様の歳不相応な態度のせいで、それが許されない気持ちにされる。
手の指を伸ばされ、足の指を触られ。
腰を撫でられたり、肩を撫でられたり。
「あの、エーリカ様?」
「腰羽、肩羽は無し。
被覆された球体関節なんて、魔法人形でも見たことないわね。でも水に濡れやすい環境で活動することを考えると優れた設計かもしれない。
あなた、イリス家の医者には身体を見せたのよね?」
そんな恥ずかしいこと、と思いかけて気づく。
確かにこの身体の特徴を知ることは、私の出自のヒントになるかもしれない。
エーリカ様は気まぐれに脱ぎっこを提案したわけではなくて、古代戦艦イリスヨナの人間ボディの特徴情報を得ようとしている。
エーリカ様は、最後に私の人耳と獣耳をそれぞれ、これも触診で確認して、私を開放した。
「今日この後、私の従医師にあなたを見せるから。そのつもりでいなさい」
ああ、エーリカ様ご自身による確認はこれで満足、ということなのですね。
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