海獣 / 甲鉄艦のない世界
イリス伯はあっさりと私に知っていることを話してくれた。
その上で、イリス家の図書室の閲覧許可もくれた。
そこにある本を読み、副長とイリス伯の話の裏をとる。
(やっぱり、イリスヨナの呪いは私の気持ち次第ではどうにもならないか。)
辺境国の成立の要因であり要だけあって、他の船が実際どうなのかはわからない部分が多いが、どの国でも古代戦艦を戴く家系から巫女が出て、彼女たちは短命だ。
国の要だというのならその家が王家になりそうなものだが、そこは大国の睨みと、女系が短命という国家運営との相性の悪さ、そして巫女の家系の女の男の好みが権力者という立場とは相性が悪いようで、早くから分権してそのままになっている国が多い。
(イリス伯はイリス様の母親のお眼鏡に叶ったということなのかな。)
巫女の女も、家の都合で男とくっつかないこともないようだから、そこはまあわからないが。
ともかく。
イリス様を自由にするには、やはり古代戦艦イリスヨナを不要のモノとするしかないらしい。
「でも、この国というか、この世界で戦艦を用意するの、簡単じゃなさそうなのよね」
困ったことになった。
この世界、人類は古代戦艦を除いて大型船を持っていないのだ。
「というか海獣ってなに?」
この世界の海には、大型害獣として海獣が跋扈している、そうだ。
ようは、魔力で大きくなった動物。
この世界の魔獣ということか。
この世界の人類史において、海洋交易は常に海獣による獣害との戦いだった。
古代戦艦の多くが現役かつ、その製造補修の技術が曲がりになりにも維持されていた超文明時代はまだ良かったものの、人類間の戦争により古代戦艦が減った。
また海獣の大型化・凶暴化による海洋航路の崩壊がそれに重なった。これは人類文明による魔法の乱用と環境破壊が原因ではないかとされている。
結果、人類は海での版図を失った。
皮肉なこととしては、そのおかげで現代の海は平和そのものであり、この100年近く大きな海戦は起こっていないそうだ。
海と縁を切った暮らしに人類はすっかり慣れた。
古代戦艦の重要性は大いに低下しており、巫女の一族の縛りと権能も弱くなっている。
あるいは、あと3代くらい後には、巫女の家系そのものが無くなっているかもしれない。
だが、それを待っていては、イリス様を救えない。
本によると、船については、海洋を往く大型船は無いものの、小型の漁船くらいはあるそうだ。
この世界には大陸内に多くの大河が流れている。河には比較的小さな海獣がたまに現れる程度で、漁や交易が成立している。
比較的小さいと言っても5mはあるセイウチ型の海獣などであり、河もそれなりに危険だ。人間が作った木造船は襲われたらひとたまりもない。
それ故のリスク分散もあって、あまり大きな船は作られていない。
鋼鉄製の船は、そもそも存在しない。
軍船の一部に木造ベースの装甲艦があるが、これは人員輸送の小型船に、火矢対策の鉄板が貼り付けられているものらしい。
製鉄技術は間違いなく存在する。鉱山付近にはたたら場よりも遥かに生産性の高い魔法による重工業の製鉄所が稼働している。
また、百科事典には地上で使われている大砲の記述があった。
この世界には、大陸横断鉄道と、大型の列車砲が存在するそうだ。これは要チェックだろう。
そういえばイリスヨナの船体材質は何だろうか。木材ってことはないと思うが。
いま参照できる範囲でイリスヨナの中のデータを探したものの、イリスヨナ自身には「複合素材」としか表現がない。
各部で使っている部材が微妙に違い、その区別はされているのだが。
材質の組成や製造方法は、船の運用には必要ないから、船自体のレコードに情報がないのも当然か。
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