イリス伯
そのうち、ひときわ幅の大きな岩山の丘に、一目で貴人の住所とわかる、目を引く邸宅がある。
その足元を下った川辺に、大きな接岸。
そこだけコンクリート打ちっぱなしのように綺麗な直線の接岸部には、昆布のような、潰した風船のような大きな海藻が吊り下げられていた。ゴムクッションの代わりだろう。
接岸する。岸と船で人が動き、ロープで船体を固定していく。
邸宅に続く階段を、使用人を引き連れた男性が降りてくるのが見える。心なしか焦っている足取り。
これまた貴人とわかる服装の彼は、近づいてきて甲板上に私を視認すると、怪訝な表情を浮かべた。
いやどうして相手の表情がわかるのか、まだやっとお互い認識できる距離だろう、と疑問に思ったけれど、今の私は人間ではなく船なのだった。
甲板に副長が上がってくる。
「ヨナ様、その身体は、船を離れて陸に上がれるのでしょうか?」
「どうでしょう。多分。ところで、あの方はどなたですか?」
「あの方はイリス伯。イリス伯領地の領主で、イリス様のお父様です」
言いながら、副長は目を細めることすらしない。彼女も人間らしからぬ視力の持ち主のようだ。
そこから、イリス伯が船に到着するまでしばらくかかった。
「イリスはどうなった? 無事か」
イリス伯は開口一番に訪ねた。
「イリス様はご無事です。今はお休みになっておられます。詳しいご報告はよろしければ船内で。お顔をご覧になられますか」
「生きているなら、それでいい」
生きているなら。その言葉の冷たさに心臓が跳ねる。
私、船なのに心臓があるのか、とか思って次の瞬間に気が抜けたけれど。
イリス伯はそこであらためて私を見る。
「副長、ところで彼女は?」
「それについてもご報告の際に。納得していただくためにも、少しばかり長めにお時間を頂きたいところですが」副長は長い前置きをした。「何しろ、説明が難しい事態ですから」
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