古代戦艦と護衛艦の思い出
陸が見えてきたところで、イリスヨナの甲板に出た私は、ここが少なくとも日本国ではないことを受け入れた。
まず、川が海のように大きい。アウレリア海に流れ込むアドレオ川の幅は、地平線にかかるほどの大きさで、まるで中国大陸の地形だ。
それと海が、青い。グアムの観光地の写真でもここまで海が青くはない。宝石を溶かしたような青緑。
深海までどこまでも見通せてしまうのではないかと一瞬錯覚するほど透明な海。
海中にちらほらと交じる赤くきらめく結晶は、どうやら生き物ではなかった。
空だけは見慣れた夏空だった。小さめの入道雲。気温は夏の直前。心地よい。
海風が吹く。嗅ぎ慣れた潮の香り。
服の袖がゆったりと揺れる。髪飾りが髪を引っ張る。先程は気づかなかったのだけれど、身体の半分もある大きなリボンのようなものが、後頭部に付いているのだ。
重くはないが、動くたびに頭がぐらつく。
海辺の浜には、黄色い砂漠と岩の荒野が広がっており、生活の気配がない。大陸は平地。荒野が切れた遠く先に、緑の森と、黒い岩山。そこに、人の住む町の模様がちらほらと混じっている。
イリスヨナがアドレオ川を遡上する。甲板に出て、初めてイリスヨナの船体の巨大さを主観的に認識して驚いた。スペックデータによると、全長約300m超。私の知っている航空母艦よりも、船体が長い。
そしてそんな巨大な船を、危うげなく受け入れる懐の広さと深さを誇るアドレオ川。
河口の入り口、川岸近くの水面に、大きな灰色の鳥居が立っていた。
鳥居は真っ直ぐな細い柱だけで出来ていて、4つ並んで立っている。何かの建物の、骨組みだけがそこに残ったかのような光景だった。
避けて通ることは簡単なはずだが、イリスヨナは進路を変更してその鳥居のゲートをくぐる。
ゲート下を通り抜ける直前、脇の排水が止まった。ゲートから淡水のシャワーが吹き出す。
船体表面の乾いた海水が洗い流される。べたつく海水の感触は不快に感じていなかったが、淡水のシャワーを浴びるのは心地よい。
この巨大なシャワーは、少し川上から用水路で水を引き、高低差を使った古い遺産の水利機構だ。甲板上の私の視界からは見えない位置に、用水路と溜池、水管理施設がある。
どうしてなのかはわからないが、私はそれを、まるで見たことがあるかのように理解していた。
ゲートを抜け、河を遡上していく。
改めてイリスヨナの船体を見る。船体色は、私の知っている護衛艦の灰色よりも、白色寄りの灰だった。
前甲板の方には、手すり以外は砲塔も何もない。ただ、よく見てみると垂直発射管らしき溝や、艦内収納へのアクセス扉と思われる溝が、甲板表面を無数に走っている。
艦橋は、船体との比率を思えば、私の知っている戦艦よりも少し低く見える。アンテナらしきものは多種が無数に生えているが、レーダー装置の類はあまりない。特に、フェーズドアレイやパラボラらしい形状のもの、平面やお椀状の艤装が見当たらない事が、私の注意を引いた。
後甲板には後ろに長く伸びた艦橋が一部かかっている。
煙突が一本もないことに気づいた。
この船、イリスヨナを美しいと評価することは、もしかして自画自賛になるのだろうか。
不意に、横須賀の自衛隊基地に実物の護衛艦を見に行った記憶が蘇る。
最近は見学日がイベントになっていて、女性でも気軽に見に行くことができるようになっている。
大きくて細身の、青みがかった塗装の艦艇を見るのが好きだった。
特に好きだった船のことを思い出そうとしてみる。
今はもうない、昔の戦争で戦った艦艇が好きだという人たちがいる。
そして、自衛隊が護衛艦に過去艦と同じ名前を使うことがある。その艦が見学の対象になっていれば、まあこれは色々と違うのだろうけれど、言ってみれば『実物に会いに行ける』。
私が好きになった空母は、私が生まれるずっと前に戦争で沈んでしまった船なのだが、ある時、自衛隊の護衛艦がその空母と同じ名前を冠することになった。
その大きな護衛艦がお披露目された日は、仕事を休んで港に駆けつけたという思い出がある。
その空母と護衛艦とイリスヨナは、それぞれ見た目が全然違う。けれど、私はどの船も綺麗だと思う。それが何かはわからないが、海上を航行する船という道具に共通の美しさを感じている。
思い出したついでに、本船イリスヨナについて、他にも気になることを見つけた。艦艇の表面にサビ汚れがないのだ。
海面に浸かっていた部分にも、フジツボなどが付いている様子はほとんどなかった。
不思議な船だ。竣工直後なのだろうか。
それに、副長が呼んでいたイリスヨナの艦種も気になる。
確か『古代戦艦』と。
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