私は船のイリスヨナ、だけれど

その後すぐに、イリス様はその場で寝込んでしまった。慌てて駆けつけたかかりつけの女性の保険医、というか軍医によって隣のベッドに寝かせられる。

私はその後もずっと、イリス様から離れることができなかった。


「イリス様をずっと見ておられたのですか?」


声をかけてきた少女は、先ほどの発令所での船長だった。

「こんにちわ、えっと、船長?」

「実は私は副長なのです。騙したみたいになって、申し訳ない。そちらのイリス様が、本船イリスヨナの実質的な所有者であり、本当の船長です」

副長は心配そうにイリス様を見やる。

「イリス様、また意識を失ったのですね」

「イリス様、ご病気か何かなのですか?」

「今は大丈夫。その話は、きちんと後でさせて頂きます」副長が私に向き直る。「あなたの方は、大丈夫ですか?」

「その、私、実は、自分が何者なのか、いまいちよくわかっていなくて。

イリス様は、私のことを『ヨナ』って呼びました」

いつの間にか小さな女の子を『様』付けで呼んでいた。

「それと、あなたに訊かれたときは、自分の名前を、『イリスヨナ』って答えた気がしますし」

その前にも、いろいろ変なことを言っていたような。

「『ヨナ』ですか。なるほど。私もあなたのことをそうお呼びしても良いでしょうか?」

私はうなずく。


「では、私から今簡単に説明できる範囲で、簡単に状況を説明させて頂きます。

まず、あなたのことですが、あなたはどうやら、ヒトではない。

多分、古代戦艦イリスヨナという船そのものです。その人形のボディに入っているのは、イリスヨナの制御システムの人格だと、我々は考えています」


言われて、戦闘中と同じ視界と感覚の拡張が起こる。確かに私はイリスヨナと呼ばれるこの船そのものだ、という自己認識がある。身体から伸び出した神経が、艦内中に張り巡らされたかのように、船内各所の状況がわかる。

同時に、私の身体は船内の医務室にもあって、副長と会話している。


「私、人間じゃないんですね」

「自覚はありますか? 混乱してはいませんか」

「はい。言われて意識したら、ロックが外れたみたいに自分が船だって認識できるようになりました。

混乱、とかはないです。それが自然なことだって、むしろ落ち着いたというか、しっくりきたというか。

でも、それだけじゃないのは確かです。さっきからたまに、違和感がひっかかるんですよね。自分が元々は人間だった気がする、ような」


「違和感? それは、頭に生えている2対の耳のことではなくてですか?」

「...はい?」


指摘されて、私の頭の上で何かがぴくりと動いた感覚があった。

副長が、室内の戸棚から鏡を探してきて私に差し出す。受け取った私は、おそるおそるそれを見る。


鏡に映ったのは、黒髪の少女だった。

服は、和服だろうか。

イリス様より年上だけれど、副長よりは幼い。鉱物のように鋭い光沢をもって煌めく瞳。

『人形』と形容するに相応しい整った顔立ちだけれど、ぱっと見では人間にしか見えない。

首の付け根の鎖骨あたりや、鏡を持つ手に視線が彷徨う。継ぎ目が無いようにも見える関節部は、よく見れば外骨格の関節部が透けて見えなくもない。

そして、一旦は目をそらした箇所へ、恐る恐る視線を戻す。鏡の角度を上げていくと、左右一対の普通の人間の耳とは別に生えた、頭頂の大きな一対の動物耳。

口から変な声が漏れる。

なんだこれかわいい! そして誰だこいつ!


「思い出した! いや思い出せてないですけど。

私、確か、ヨナになる前は人間だったんです。そしてこんな耳が生えている人は見たこと無いです。知り合いにも、こんな耳が生えている人は一人もいなかった」


副長は、かがみ込んで私の耳を観察する。

「ヨナ様の頭の上に生えている立ち耳は、実物で見たことがない珍しい形ですね。猫種にしても異常に長い。もう一対は、普通の人間の耳だ。

でも、副耳種族はヒト種より多いメジャーな種族ですから、見たことがないというのはありえないと思いますが」

副長は首をかしげる。


「ヨナ様が元は人間だった、というのは興味深いです。何か他に覚えていることはありませんか? 名前や出身地は」

「名前は思い出せないです。出身地は、えっと、東京の葛飾の下町」

実家は、今は再開発で無くなってしまったけれど。

「それ、どこですか?」

「ちなみにここはどこなんですか」

「辺境国の、ローズガーデン海伯領地です。今はまだ帰路の途中で、アウレリア海の洋上ですが」


どれも聞いたことのない地名だった。

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