16.5 真っ赤な世界

 身体の芯まで凍らせるような冷たい雨が降る。


 ハエが嘲笑う。

 ハエが甲高い声を上げる。

 ハエがハエがハエがハエがハエがハエが。


 

 ハエが。



きよ!」


 私の声にあの子が微笑む。


「やめて!」


 私の声にあの子が首を振る。


「お願い!」


 私の声に困ったようにあの子が眉を寄せる。


「私が守るから!」


 私の卑怯な懇願にあの子の澄んだ清らかな瞳が私を映す。


 冷たい雨が激しさを増す。

 灯油のにおいに鼻を覆いたく衝動にかられるも、その一瞬の動作の合間に「もしも」が起こってしまうかもと思えば、ぐっと堪える。


 

 雨が雪に変わる。

 ひらひらとゆらゆらと真っ白な雪が地獄のようなこの場に舞い落ちる。


 あ──……。


 しまった──……。


 あれほど注意していたのに、一瞬の美しさにあの子から目を離してしまった。


 真っ暗中、真っ白な雪が落ちる世界に真っ赤な炎が幻想的に浮かび上がる。


「あ」


 ハエの声がする。

 ハエがスマホを構える。


 

 やめろ、やめろ、やめろッ!

 なんで助けないんだッ──!



「あ、あ、あッ、あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 声にもならない誰かの叫び声が聞こえる。


 爛れてゆくあの子にがむしゃらに手を伸ばす。

 燃え盛るあの子の名前を必死に呼ぶ。


 爛れ燃えて溶けた、清く美しく純白なあの子の清良きよらの優しい瞳が私を映す。

 声にならない声が「かがり」と私の名前を呼ぶ。


「ありがとう」


「きよっ……きよ、清良きよらあああああああああああああ! いやああああああああ!!」


 炎の消えた世界で私のけたたましい咆哮だけが残る。


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