17. 偽善と善

「それで決めた?」


 くるくる、くるくる。


 アイスティーの中をストローが永遠と回る。


 ぐるぐる、ぐるぐる。


 しうの癖なのか、人差し指の腹でストローを抑えながらくるくると回す。

 そんなしうの動作を獲物を狩る猫のごとく目で追いかけ、上の空で聞いているあいに冷ややかな視線が突き刺さる。


「……ねえ」


「…………」


「ちょっと!」


「え、あ! はい!」


「何よそ見してんの?」


「すみません……」


「で、決めたの?」


 くるくると回るストローが速さを増し、小さな渦をコップの中で作り上げる。


「決めたと言うか、何と言うか」


「はっきりしろ」


「……怒りません?」


「話のバカ度による」


「どう足掻いても怒るじゃないですか」


「バカなこと言わなきゃいい」


 ストローがピタリと動きを止め、しうの瞳が真っ直ぐに藍を映す。


「…………俺、は」


「うん」


「俺は、それでも霊を……彼女を、助けたいです」


「どうやって?」


「彼女の未練を」


「未練を?」


「……無くす?」


「なんで疑問系だよ、しかも未練って。加害者呪い殺すとかそんなところでしょ」


「いや、だけど……。もしかしたら、それだけじゃないかもしれないじゃないですか」


「なんで?」


「勘……です」


「やっぱりキミは馬鹿だね」


「ですよね……」


「まあ、馬鹿は馬鹿でもギリギリ許せる馬鹿だよ」


「それは褒めて……」


「ないよ」


「あ、はい」


 氷が溶け、薄くなったアイスティーをビールでも飲むかのようにストローには口をつけず、そのままグラスに口をつけ、ぐっぐっぐと一気に飲み干す。


「さて、じゃあなにから手をつける?」


「え?」


「私はあくまでキミを手助けするだけ。なにをしどうするかは生咲藍きさきあい、キミが決めるんだよ」


「俺がですか……」


「当たり前でしょ。私は別にどうなろうと気にならなし」


「あ、……え、五神ごかみさんの」


「うん」


「五神さんのことをもう少し調べたいです」


「ほう……そうきたか」


「ダメですかね?」


「いいんじゃない?」


「え」


「え?」


 同意されると思っていなかったのか、思わず聞き聞き返してしまうと呆れたような笑顔を浮かべたしうと目が合い、気まずそうに視線を逸らす。


「で、どうやって調べるの?」


「あー……そこまでは」


「はあー、仕方ない。そこは私に任せて」


「良いんですか?」


「最初で最後の手助けだしね」


「そっか、そうですよね。しうさん、ありがとうございます」


「なに改って」


「ちゃんと言葉にしないとなって」


「別にいいのに。……っと、そろそろ戻るね」


 手元のスマホの画面で時間を確認すると、すっくと立ち上がり、「私の分ね」と430円の小銭を机に置く。

 惚けた顔でしうを見つめる藍の目とそんな彼を大丈夫か? と心配する色が帯びるしうの目がぶつかる。

 一瞬、時が止まったような気がした。


「あ、しうさ……」


 藍の声で周りの音が再び聞こえだす。

 そんな藍の声をまるで振り払うかのように足早に店内を後にすると、一人ポツンと騒がしい人の声の中に残される。


「行っちゃった」



『なにが視えたのかなあ?』



 聞き慣れた懐かしい少女の声に、ガタッと立ち上がれば辺りを見渡す。

 どんな人混みの中でもわかる、自分の唯一の味方だった人の声。


「姉さん……?」


 きっと自分の聞き間違えだと言い聞かせるように、外の音を聞こえなくするようにBluetoothイヤフォンをつけるとしうの置いた小銭を握り、後を追うようにさっさと会計を済まし店内を出る。

 外の音を遮断しているのに、それを遥かに上回る喧騒にくらっと目眩がする。

 人の声、クラックションの音、電車の音、客引きを注意するアナウンス。

 そして、鼻につく悪臭。

 全て見えない知らないふりをし、駆け足で藍は新宿駅へと向かうのだった。



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