3. 命より大事なもの
「風俗ってなんだと思う?」
「なん……え?」
「風俗ってどう思う?」
「どう……どうですか? え、身体を売るお仕事ですよね?」
「それ、今後風俗に行く機会があっても他の女の子に言ったらダメだよ。私たちは『時間』を売ってんの」
「時間……ですか?」
「そう、私たちと過ごす密な時間を売ってるの。まあ、夜職は不健全って思ってる人からしたら何言ってんだって感じなんだろうけど〜」
歌舞伎町近く、西武新宿駅の入るペペにあるスタバで
なぜ、二度目の再会で一緒に揃ってお茶をしているのか。
あれよあれよと確実に自分の中の知らない、行ってはいけない世界に足を踏み込んでいるとストローを噛みつつ藍はボンヤリと考える。
「で、調べた?」
「え、あ」
「
さあっと藍の顔から血の気が引き、俯いてしまえば「ごめんね」としうが呟く。その声に僅かに顔を上げると、困ったように眉を寄せくるくるとストローでフラペチーノをかき混ぜるしうと目が合う。
「ちょっと酷だったよね」
「……あれは、本物ですよね? それにあの人も」
「そう、おばあちゃんは本物だった。本物が本物を祓ってた、テレビなんかで取り上げられたら偽物っぽいし胡散臭さ120%だけど。わかる人にはわかる……でしょ?」
答える代わりにしうの瞳を真っ直ぐに見つめ、こくんと頷いてみせる。
「……灰花さんはその、おばあさんと同じで」
「しうで良いよ。そそそ、全盛期のおばあちゃん並みに視えるし祓える」
何とも無さげに伝えるしうに「それって……」と何度も口籠もり、訪ねかけた言葉が突いて出る。
「どうして……ふうぞ、そんなお仕事を?」
「そんなって。まあ、強いて言えばお金は裏切らないから」
「は……え?」
「お金は裏切らないから」
「……お金が好きなんですか?」
「当然じゃん、お金は裏切らないしあればあるだけ幸せになる。ああ、キミが言いたいのはきっと視えて祓えるならそういう仕事すればでしょ? それって誰の為になって、何の役に立つの?」
「え」
「胡散臭い、インチキ、詐欺師、そういうふうに善意でやってたとしても大半の人は後ろ指差して好き勝手レッテルを貼るんだよ? そんな奴らの為に何で私が傷つかないといけないの?」
生クリームとコーヒーが混じりドロドロに溶けたフラペチーノを「まっず」とこぼしながら飲むしうの姿を下唇を噛み締めては眺める。
「……視えるのに」
「ん?」
「視えるのに助けないのは……傲慢だと思います」
「は?」
「だって! しうさんは困ってる人が明確にわかるん」
藍の言葉は最後まで続かず、代わりに頬に強烈な打撃が与えられる。何が起こったのか、徐々に理解が追いつけばしうの綺麗な手が藍の右頬をビンタする。
「なっ、え」
「ばっかじゃないの? 声をかけたのが間違えだった。視えるからって神様と違うの、そこらの一般人と変わらない。ていうか、勝手に期待を寄せるのやめてくんない? 大体、本当に視えて祓ってを生業にしてる人なんて極々稀なの。
何でかわかる? 生きにくいから。キミだってそうでしょ? 小さな頃は霊と人の区別なんてつかない、ましてやキミは匂いがわかる。ペラペラと友達の前で言ったことくらいあるでしょ? そしてハブかれたことも。……ね? そういうことなの」
思い当たる節が多々あるのか、静かに右頬を抑えながら再び俯く藍にハアと盛大なため息を吐くとミニショルダーからレースのハンカチを取り出し、立ち上がればレジへと向かう。
「……手が出たのは悪かった、ごめん」
どうやら店員に頼みハンカチを濡らしてもらったらしいしうが、少し赤くなる藍の頬に冷えたハンカチを当てる。
「いえ、……俺も勝手に色々言いましたし」
「そう。じゃ、もう今日はお開きにしようか。ハンカチは持ってて、あとこれ私のLINEのID」
「連絡していいんですか?」
「構わんよ」
「ありがとうございま……しうさんの名前って漢字で書くと死の雨なんですか?」
「そうだよー。名付けはばあちゃん、まあ "死" なんて漢字は役所で通んないから平仮名だけど『本来は漢字なんだ! 忘れんな』って言い聞かされてたから癖でね。平仮名に直しといてよ」
「そう……なんですか、不思議な名前ですね」
「そう?」
くすりと笑うと、椅子に置いたままのミニショルダーを肩にかけ「先に行くね」とわしゃわしゃと藍の頭を乱雑に撫でると、もう一度ごめんと言えば、自由気ままな猫のように一人先に店を後にしてしまう。
残された藍はと言うと、バックポケットからスマホを取り出すと紙に書かれたIDを早速検索する。
「
画面に映し出された真っ黒な花のアイコンを静かにジッと藍は見つめる。
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