美少年と野女。やられたらやり返します!
天笠すいとん
美少年と野女 やられたらやり返します!
大陸で一番大きく豊かな大地によって繁栄しているゴルドッバーナ王国には、見た目も美しく心も綺麗な王子がいました。
名前をリンクと言います。
「こんにちはメイドさん達。今日もお仕事ご苦労様です」
「「は、はい〜」」
リンクは自分達のためにお城で働く人達を労い、身分が違おうと優しく気さくに話しかけていたのでみんなから慕われていました。
空色の瞳に見つめられた新人メイドがその美しさに負けて気絶しますが、そこは昨年まで倒れていた先輩がカバーします。
「おいリンク。剣の稽古をサボってこんなところで何をしている」
メイド達に挨拶した後、城の中庭で庭師と季節の花について話していると一人の男がリンクに近づいて来ました。
王子である彼を呼び捨てに出来るのは同じ王族くらいです。
「ガノン兄様。こんにちは」
「はっ。嫌味か?」
ガノンと呼ばれた男はリンクの兄でした。
華奢な体格のリンクとはまるで正反対の筋肉ダルマです。見た目そのままに中身もチンパンジーのようにお粗末なのですが、王族にそんなことを言えば不敬罪になるので誰も指摘出来ません。
「王族の男児がこのような場所で花を愛でるとは。恥を知れ」
「兄様。僕はただ…」
「黙れ! 弟の分際で兄に口答えするな!」
リンクの言葉は遮られ、ガノンは大声で怒鳴ります。
頭が猿みたいですね。怒って顔が真っ赤に染まってますよ。
こんなのだからリンクと比べられて人気が無いんです。なのに自分は優れていると信じて疑わないんですから頭がお粗末ですね。
「父上はお前を次期国王にしようと考えているようだが、そうはさせんぞ。この国は俺の物だ!」
「そうですね。国は兄様にお譲り…」
「勝手に口を開くな! 俺が喋っているのだ!!」
あまりにも理不尽な男です。
しかし王子であるために周囲は口出し出来ませんし、家臣の中にはこのガノンを利用して傀儡政権を作り出そうとする者までいます。
唯一、このガノンが勝てないのが父親であるゴルドッバーナ国王なのですが、残念ながら病で弱ってしまっているのです。
母親は二人の王子が幼い頃に亡くなっているので彼を止められる者が本当にいないのです。
国王が病に侵されている状況なのでガノンからリンクへと横暴な態度はどんどん加速していきました。
ですがリンク王子は素直で優しい人なので兄を蹴落としたりこっそり暗殺しちゃったりという発想がありませんでした。
そんなんだからある日、ガノンに国王の病を治すために栄養のたっぷりある動物を狩ってくるようにと命じられてガノンの部下達と一緒に人が住んでいない森へとノコノコ足を運んでしまいました。
「今日狩った獲物で父上が元気になってくれれば良いのですが……」
「くっくっくっ。残念ですがそれは叶いませんなリンク王子。アナタ様はここで不慮の事故で死んでしまうのですから!」
リンクが狩りをして疲れ果てた帰り道、付いて来ていた従者達がリンクへと弓を向けます。
ここで初めて自分の命が狙われていると気づいたリンクですが、もう遅い。
乗っていた馬は射殺され、走って逃げようとしますが何本かの矢がリンクの体に刺さって血が流れました。
「何故こんなことを……!?」
「ガノン様のご命令で王位継承争いで邪魔なアナタを始末するためですよ! ヒャッハー!」
助けを呼ぼうとしますが、ここは人里から離れた森の中ですので誰もいません。
刺客たちは血を流して動きの鈍くなったリンクの息の根を止めようと近づいてきます。
万事休す!
その時でした。
リンクが後退りした先には崖があり、その下には川が流れていたのです。
崖っぷちに追い込まれたリンクは一か八か崖の下へと飛び込みました。
とはいえ、それは軽率な行動でした。
何十メートルもある高さから水面に叩きつけられ、その上川の流れは早かったのです。
とても手負の軟弱王子が生き残る事は出来ないでしょう。
刺客たちはリンクは死んだものとして、彼が持っていた王家の紋章がの刻まれた血が付いたアクセサリーを証拠として持ち帰りました。
刺客たちからの報告を受けてガノンは高笑いをし、大切な息子が死んだと聞かされた国王はますます弱ってしまうのでした。
「ここは……」
リンクが目を覚ますとそこは知らない場所だった。
どこかの洞窟のような所だ。
「ちっ、目を覚ましたかよ。運が良い男だぜ」
体が痛くて起き上がる事ができないので首だけ動かすと、リンクの近くに一人の女性が焚き火をしながら座っていました。
ボサボサの長い髪の毛に見窄らしい服装の女です。
腕には槍のようなものを握っていました。
「君が僕を助けてくれたのかい?」
「そうさ。血塗れで川を流れてきたテメェを拾ってやったのよ。感謝して金と食糧を寄越しな」
乱暴な口調の女です。
ガノンが相手なら今頃生意気だと首を跳ねられていたでしょう。
ですが心優しいリンクはそんなことをせずにただ「ありがとう」と言いました。
「お礼をしたいのは山々なのだけど、生憎とお金になりそうな物を持ち合わせていないんだ」
「心配すんな。テメェの身包みは全部剥いだ」
そういえば狩り用に着ていた服がありませんね。股間がスースーしないのでパンツだけは免れましたが、それ以外は取り上げられてしまったようです。
「でもそれは汚れたり穴が空いているよ?」
「汚れは洗えばいいし、穴は縫えばいい。生地がいいから色々と活用できそうさ」
女が着ている服はボロボロですが、所々に縫い合わせた跡があります。
ずっとそうやって縫い繋いできたのでしょう。年季が入っています。
「君はここに住んでいるのかい?」
「そんなわけあるか。ここは倉庫だ。アタシの寝床は木の上さ」
「質問が悪かった。君はこの森に住んでいるのかい? 家族や友人は?」
「なんで死に損ないのテメェに教えなきゃならねぇんだ」
「それは……そうだね」
彼女の言うことはもっともです。
リンクと彼女は初対面。それに命の恩人に不躾な質問をしてしまうなんて機嫌を悪くしても仕方がありません。
返す言葉もなく黙ってしまいます。
しばらくの間焚き火によって枝が爆ぜる音だけが洞窟に響きます。
沈黙に我慢出来なくなったのは女の方でした。
「アタシ以外には誰も住んじゃいねぇよ。こんな森の奥なんて誰も近づかないから……身を隠すのにちょうど良かっただけだ」
何か訳ありのようです。
リンクも気になって「何があったんだい?」と女に聞きました。
訳ありの過去なんて人様に簡単に話すものではありませんし、初対面で経歴を聞くなんて失礼過ぎますが、透き通った瞳で人の優しそうな怪我人に言われればつい口を洩らしてしまいます。
イケメンなのもちょっと関係しているんでしょうか?
「アタシは国から追われてるんだ。元はそこそこの家の生まれだけど婚約者のアソコを使い物にならなくしたからな」
アソコ。
男性の体で最も重要で脆い場所の事です。あまりしつこいとセクハラになるのでこれ以上は明記しませんが、決して蹴ったりしてはいけません。
「それはその……」
「年が倍以上あるハゲ親父でさ。婚約者になったその夜に押し倒されたんだ。必死になって抵抗して気がついたら殴り倒してた」
そのまま死んでくれた方が全人類のためですが、そこまでやると過剰防衛になってしまうのでお気をつけて。
「ハゲの家はアタシの家より権力があって、婚約破棄されたアタシは社会で生きていけなくなった。あのハゲはそれだけじゃあ満足いかなくてアタシの家族にある事ない事の罪を全部擦りつけて処刑させたのさ。なんとかアタシだけ逃げ出したけど、どこに行っても指名手配されてた。……それで辿り着いたのがこの国のこの森だよ。満足したかい?」
自嘲気味に彼女は言いましたが、リンクは絶句しました。
聞いているだけで腹が立ちますが、この世界では貴族は圧倒的な権力を持ちます。
上が黒といえば黒なんです。そのせいでガノンが大きな顔をしているのですから。
まぁ、あの筋肉ダルマは弟に両親の優れた顔パーツを全部奪われたせいで不細工ですが、中身に相応しいでしょう。
「それは大変辛かっただろうに……。話してくれてありがとう」
「いいよ。もう何年も前の事だし。それよりアンタ、身なりといい話し方といい只者じゃないね。貴族の人間か?」
貴族といえばそうですが、その中でも一番上の王族ですからね。
「僕はリンク・ゴルドッバーナ。この国の第二王子だ」
「へ、へぇ……」
助けた相手がまさか王子だとは思っていなかった女は少しろ狼狽えます。
お金持ちならちょっと恩を売ってお金をせびり取ろうと考えていましたが、お金持ち過ぎでした。
「とはいえ、もう王子でもなんでも無いのだろうけどね」
「怪我と何か関係あんのか?」
リンクはどうして自分が川に流れていたのかを女に説明しました。
母が早くになくなり、父が病に倒れ、兄から命を狙われたことを包み隠さず全て話したのです。
そうやって全てを語り終わった時、焚き火の方から嗚咽が聞こえて来ました。
「ア゛ン゛タ゛も゛苦゛労゛し゛た゛ん゛だ゛ね゛!!」
ズビーっと鼻をかむ音が盛大にしました。
兄に裏切れてセンチメンタルな気分になっていたリンクが目を丸くするような泣きっぷりでした。
「そのクソ兄貴絶対許しちゃおけねぇよ。なんでアンタみたいないい奴がこんな目に遭わなくちゃならないのさ!」
そして泣き止んだかと思えば顔を強張らせてこの場にいないガノンへの怨嗟の言葉を吐きます。
どうやら長い森での生活が彼女を貴族のお嬢様からパワフルウーマンへと変化させてしまったようです。
「よし決めた! アタシがアンタを城まで送り届けてやるよ!」
何を思ったのか女はリンクを抱き抱えて城に突撃しようと言い出します。
直情的に本能のまま行動しようとする姿は野獣のよう。まぁ、女性なので
当然、そんな簡単なことではなく、リンクは怪我をしているのでその場から動けません。
無理矢理運ぼうとしたので傷が開いて呻き声を出してしまいました。
「仕方ねぇな。とりあえずアンタの怪我が治るまで面倒みてやるから兄貴をぶん殴るのはその後だ」
ガノンを殴り飛ばすのは野女の中で確定事項のようですね。
まぁ、あんな奴はボッコボッコにするのが世のためですから止めはしません。
リンクも仕方なく彼女の好意に甘える事にしました。
こうして人の寄り付かない森の中で二人っきりの生活が始まったのです。
まず野女がしたのはリンクの体に刺さった矢を抜く事でした。
麻酔なんてものは無いのでリンクは声にならない悲鳴を出しながら懸命に耐えました。
口の中に布を詰めていなければ舌を噛みちぎっていたかもしれません。
矢尻が残っていない事を確認したら次は傷口の縫合です。
こちらも麻酔無しですが、矢を抜いた痛みのせいで何が何だかわかないまま一気に処置したのでなんとか終わりました。
まぁ、終わった後は気絶しましたけどね。
次にリンクが目覚めると、薬草を擦り潰して作った薬が身体に塗られて、包帯の代わりに布切れが巻き付けられていました。
「おっ、目が覚めたな。三日間も寝てたから死んだと思ったぜ」
野女はそう言って濡らした布をリンクの額に乗せました。
彼女はあくびを何度もしたり血色も良く無さそうでした。どうやら寝ずに看病してくれていたようです。
「水は飲ませてたけど腹が減ってるだろ? 美味いもの用意するから待ってろよ」
なんと健気な人だろうとリンクが感心していると、野女は土から作った手作りの器にスープのようなものを注いで持って来ました。
それはリンクが初めて目にする食べ物で、独特な匂いがしました。
「これは?」
「木の根っこ汁だ」
何の拷問でしょうか?
もう少し説明があってもいいのですが、命の恩人が差し出してくれた食べ物。それを断るような失礼さをリンクは持ち合わせていません。
覚悟を決めて口に運ばれた汁を食べます。
「うっ……美味しい!?」
「そんな驚かなくていいだろ〜」
二口目も口に入れますが、ネバネバが癖になりそうです。
「これ、結構珍しいものなんだぞ。滋養強壮にもいいし。ただ手につくと痒くなるけどな」
そのままリンクは出された汁を全て食べてしまいました。
後から調べると、この時食べたのは木の根っこのような見た目の芋類を擦りおろしたものだったようです。
「ごちそうさまでした」
「おぅ、お粗末でした」
お腹も満たされると、リンクはまた目を瞑りました。
まだ体力は回復していないのでしばらくはこのまま彼女の世話になりそうです。
野女の方はというと、リンクが空にした器を見て少しニンマリしています。
久しぶりに誰かのために作った料理を褒められて満更でも無いようです。
そのまま数日、数週間が過ぎれば傷も多少は癒えてリンクが起き上がれるようになりました。
まだ元のように走れる体ではありませんが、寝たきりのままというのも逆に体に悪いのです。
リハビリがてら彼女の手伝いをしようと申し出ました。
「無理しなくて休んでていいぞ」
「そうはいかない。いつまでも君の負担になりたくないんだ。君の方こそ少し休んだらどうだ?」
リンクは知っています。
この女性がリンクの側で殆ど寝ずに看病してくれた事、夜に火の番をしながら居眠りして前髪が少し焦げてしまった事、自分の分を少なくしてリンクに食糧を分け与えたせいで腹の虫が盛大に鳴いた事。
彼女の優しさに報わなければと強く決意しました。
「アンタ狩りの経験は?」
「生憎と家臣と一緒にしかした事が無い。それにあまり得意では無かったんだ……」
どんどんとリンクの声が小さくなります。
彼は王子だから仕方がありませんね。狩りは貴族の嗜みなんて言われているくらいですが、王族はやる事が多いですから。
一般人だって今では専門職以外は田舎の村人くらいしか経験しないでしょう。
「だったら釣りにするか。針と糸を垂らすくらいなら出来るだろ」
自分の不甲斐なさにがっかりしながらリンクは釣り竿を持って洞窟を出て近くの川に行きます。
矢女はというと、手に槍を持って魚をひと突き。大きな石を川に叩きつけると衝撃で気絶して浮かぶ魚を素手でキャッチ。
日が暮れる頃には二人分の食材が取れました。
自分の分が食い扶持だとリンクは小魚一匹だけでしたが、彼女は半分こしてくれました。
慣れた手つきで夕食の用意をする野女の姿を見ながら、リンクは気になっていた事を口にします。
「君は随分と森の暮らしに慣れているね」
何年も暮らしているとは言っていましたが、それにしても多芸です。
狩りから裁縫に料理まで。何も揃わない森で彼女は生活に必要最低限なものを揃えていました。
「……貴族の娘って言っても田舎の小さな領主の家だった。人も少ないし、娯楽も無いから村の子供達と森で遊んで暮らしてたのさ。家族も貴族なのに人手が足りないからって畑仕事手伝ったりして、それで植物に詳しくなった。夏には川でキャンプして、よく星を見てたんだ」
それはなんと楽しいことだろうとリンクは思った。
自分はずっと城の中で守られて育った。外出には必ず護衛が付いて、出かけても王都の中が精一杯。
別にそれが不自由だとは思わなかったし、王族ならば仕方ないと割り切っていた。
だけどもし、そんな穏やかな生活があれば今のような無様な姿を見せずに済んだのだろうか。
「まぁ、家がもっと偉かったらこんな生活しなくて良かったのになぁ」
「そうは思わないな」
「なんでさ?」
「君が優しい人でいられたのはそういう場所で育ったからなんだろうと思うから。そうじゃなければ僕は今頃身包みを剥がされて見殺しにされていただろうね」
「言っておくが、ただの気紛れだからな」
「その気紛れも君の人生の積み重ねのおかげであったんだ。ありがとう」
リンクは野女に頭を下げた。
今の彼にはこれくらいしか出来ませんからね。
「王子がそんな簡単に頭下げんな。ほいほい礼も言うな。もっと堂々としてろよな!」
「恩人に真摯な態度で接するのは人として当たり前だと思うんだけれど」
真顔で野女の顔を見るリンク。
人に騙されて追われる身になった女としては、久しぶりに会った人間があまりにも真面目で良い奴過ぎて居心地が悪くなってしまう。
こんな調子だから兄に騙されて殺されかけたのだろうし、こういう態度だからこそ自分は助けてやろうと思ったのだと女は思った。
「ところで明日からは僕にも槍で魚を獲らせてくれ」
「嫌だ。槍は貴重だから貸さねぇ」
「なら川に石を投げよう」
「魚が隠れてる場所わかるか? 浮かんだやつを素早く素手で掴め……そもそも生魚触った事あるか?」
「善処しよう」
「やっぱ釣りしてな」
満天の星空の下、美少年と野女は他愛のない話をしながら食事をするのだった。
それはきっと、誰からも一歩引いた態度で接されていた美少年にとって初めての事で、野女にとっては久方ぶりの心安らぐ時間だった。
リンクが野女と共に森で暮らし始めてどの程度経っただろうか。
「リンク! そっちに逃げたぞ!」
「任せてくれ」
野女によって追い詰められたイノシシがリンクの方へと走ってくる。
最初は弱い人間なんて体当たりで倒してやろうとしたイノシシだったが、野女があまりにも強かった。
アマゾネス相手に勝てるか! と尻尾を巻いて逃げ出すと、今度はヒョロそうな人間の男が目の前にいるではないか。
アレなら背後のアマゾネスより楽だ! とリンクに体当たりしようとするイノシシだが、自分より知恵のある相手が何もせずにただ立っているわけなど無かった。
「ブビィイイイイ───ッ!?」
リンクに触れる直前、地面が消えた。
否、そこには落とし穴があったのだ。
真っ逆さまに落ちたイノシシは穴底にあった木の杭に勢いよく突き刺さって絶命した。
あとは野女とリンクが縄で引きづり上げれば狩りは終了だ。
「ようやくイノシシが狩れたな。野鳥やウサギなら一人でもいけたけど、これだけ大きいのは初めてだ」
「……イノシシを一人で追い詰めた事について言及した方がいいのかな?」
理由、アマゾネスだから。以上証明完了!
引き上げられたイノシシはその場で解体される。
毛皮は服になるし、骨はスープの材料になる。内臓も余すこと無く使うのでイノシシは是非狩りたい獲物だった。
「肉の一部は干し肉にしよう。貯蔵庫が心許なかったからね」
「じゃあ、それは頼んだ。アタシは皮をなめすから」
少しおぼつかない手捌きでイノシシを解体するのはリンクの仕事だ。
狩猟の経験はあれど、矢で射抜く所までで後は部下に任せていた彼の姿は何処にもない。
今はやる気に満ち溢れた顔で手を血で汚している。
肉といえば調理済みの焼かれたステーキが出ていた城とは違い、ここでは自分で解体して調理しなくてはいけない。
ウサギやカエルやヌルヌルしたウナギとかいう生き物を食べた彼からすれば豚に近いイノシシは久しぶりのまともな食材だった。
「ふぅ……疲れたな」
「減らず口を言えるのはまだ動ける証拠だ。早くしないと血の匂いで別のが来るかもしれねぇ。サボんなよ」
「わかりましたよタンポポさん」
「名前で呼ぶな!」
タンポポ・ロックベル。
それが野女の本名です。
最初は名乗るような名前は無いと言っていましたが、彼女だけが一方的にリンクの名前を呼んでいると、同じ家に暮らす者同士ならお互いに名前で呼び合うべきだと反発があり、渋々教える形になりました。
貴族令嬢時代からこの名前にコンプレックスを持っていたタンポポちゃんですが、リンクに呼ばれるのはとっても嫌そうです。
ですが、無視するとリンクが名前を呼んでも反応しなくなり生活に支障をきたすので仕方なく許可しています。
「良い名前じゃないかタンポポというのは。綺麗でかわいいし」
「何処にでも生えてて風で吹き飛ぶけどな。食えるところは評価してやってもいいが」
二人の拠点あるツリーハウスに戻ってもまだ名前について意見が分かれています。
こんな会話をしながらも手が止まっていないのは成長の証でしょうか。
「晩飯はイノシシ鍋でいいな?」
「それがいいね。肉を鍋用に切り分けるからナイフを貸してくれないかい?」
タンポポから渡されたナイフで肉を薄切りにし、下ごしらえをするリンク。
かつては鋭い鉱石を荒削りしてナイフ代わりにしていたが、今では短剣がナイフの代わりだ。
室内には他にも弓矢や鎧もある。服だってボロ切れではなく、キチンと服の形になっている。
「……本当に生活変わったよな」
「ん? お気に召さなかったかな?」
「そうじゃないけどよ、こんなにいい暮らしして良かったのかなぁ〜って」
部屋にある金属製のものや服は全て森の中で拾った物達だ。追い剥ぎは罪に当たるのだが、こちらにはこの国で一番偉い王族がいらっしゃるのでなんとか勘弁してもらおうとなった。
だが、それだけでは物が増えるだけで暮らしは楽にならにい。
「明日は違う場所の罠を確認しようか。投石紐の練習もしないといけないし、矢に塗る毒の調合も必要だね」
拠点の壁にはこの近辺の詳しい書き込みがされている。
タンポポが一人で暮らしていた頃は大雑把な把握はしていたが、今では精巧な地図が完成している。
「そろそろペンが欲しいな。んー、でも冬を越すためには暖炉が優先かな?」
リンクは自覚していなかった。
城での暮らしが長かったため城に国中から集められた書物を読み漁り、気さくに人に話しかけては興味がある事を理解するまで聞き、町中では職人達とも交流して製品のルーツを調べたおかげで莫大な知識量を溜め込んでいた事を。
普段の生活ならばあまり生かされる事の無かった才能だが、事原始的な生活においては非常に重要だった。
一気に加速した文明的な生活はタンポポだけでも余裕でこの森で暮らせそうな所まで来た。
「なぁ、リンク。大事な話があるんだけどよ」
「うん。どうしたんだい?」
タンポポは一瞬間を開けてその言葉を口に出した。
「そろそろ森を出てもいいんじゃないか?」
傷の療養と身を隠すためにリンクはこの森に留まっていましたが、今ではすっかり元気になりました。
狩りや採取のために毎日動き回っているので元よりも随分逞しく成長したのです。
爽やか笑顔の細マッチョ。頭も良くて気が利くとなれば完璧です。
あと、ちょっとワイルドな雰囲気と茶目っ気も出てきましたね。
「君の言う通りだね。体調は万全だし、武器だってある。鍛えたおかげで戦闘だって少しは出来る」
森での生活の中、リンクに不安が無かったかといえばそうではありません。
家族である父の事は心配ですし、暴れん坊のガノンが大人しくしている筈ありません。
城には自分に尽くしてくれた配下がいますし、なにより国民の暮らしが心配です。
これまでのリンクは余計な争いを避け、自分は兄の影に回ってサポートをすればいい。誰が王になろうとも国民が幸せならばそれでいいと考えていました。
(でも、それでは駄目なんだ。ガノン兄様以外にこの国を継げるのは僕しかいない。これは僕がやらなきゃならない事なんだ!)
自然と向き合う暮らしがリンクの中に眠っていた闘争心と正義感に熱を灯しました。
息を荒くするリンクを見て、タンポポも満足そうです。
「タンポポさん。僕だけじゃ城まで辿り着けないかもしれない。君も着いてきてくれるかい?」
「今更そんな質問すんなよ。答えは決まってんだろ」
すっかり息のあった二人はお互いに手を取り合って握手します。
美少年と野女によるガノン討伐ドリームチームの誕生です。
それからの二人の行動は見事なものでした。
森の出口については事前に調べていたので、そこから近隣の村へ移動。
案の定、国はガノンの支配下に置かれて民衆は苦しい思いをしていました。
そこに現れたのは死んだと思われていた第二王子。偶然にもリンクの顔を知る老兵が王都から田舎の村に追い出されていたので話はあっという間にまとまり、レジスタンスが誕生しました。
各地へとその情報が流れると、邪智暴虐のガノンを討ち倒すためにあちこちから人が集まってレジスタンスはさらに大きくなりました。
ガノンの方も黙ってはいませんでしたが、普段の態度のせいと弟を暗殺しよう企んだ事が広まると離反者が続出。
レジスタンスを排除する事が出来ずに籠城をするはめになったのです。
リンクのカリスマ性に惹かれて集まった集団は短期間で王都まで進出し、城を取り囲みました。
ここまで怪我人こそ出ましたが、死人はいません。
標的はガノンと彼を利用して甘い汁を吸おうとした連中。命令されて襲って来た騎士には野女の鋭い一撃でベッドに運んで貰いました。
リンクとタンポポのタッグマッチだけで大作アクション映画が撮れそうでしたが、そこは割愛。
どうやって城に侵入しようかという問題も、いつぞやのメイドさんとその先輩が内側から秘密の通路を使って手引きしてくれました。
「スムーズ過ぎだろコレ」
「僕も驚いているよ。相手の方から勝手に総崩れするんだから。兵糧攻めや火攻め、大規模な爆破で城壁を壊そうかと考えていたけど全部無駄になりそうだ」
リンクの口から出てくるエゲツない作戦にタンポポはドン引きします。
相手がアホで人望無くて良かったと心の底から思いました。
ワイルドというより過激派になってそうですからねこの王子。
城内に突如レジスタンスが現れたせいでガノン軍は対処が遅れて簡単に拘束されます。
そしてとうとう、玉座の間にてガノンがリンクとタンポポに追い詰められました。
「くそっ! 大人しくあの森で死んでおけば良かったものを!!」
「ガノン兄様……いいや、暴君ガノン! お前を今日この場で討ち取る!」
「舐めるなよ。勉強だけの軟弱者の分際で!」
リンクは今まで兄弟喧嘩というものでガノンに勝った事はありませんし、全て譲って来ました。
ですが、この戦いだけは負けるわけにはいきません。
ガノンはリンクの事をいつまでも弱い奴だと勘違いしていますが、伊達に野女と一緒にサバイバル生活を送っていないのです。
投石紐で石を投げ、怯んだ所で香辛料をたっぷり詰め込んだ卵の殻を顔に命中させます。
「うげぇ!?」
大量の香辛料を浴びたガノンはたまらずのたうち回りました。
鼻や口や目に唐辛子が入ると凄まじい激痛に襲われるのです。
その隙にこっそりタンポポが近づいて槍で手足を怪我させて最後にリンクが拳で殴り飛ばすと、ガノンは気絶してしまいました。
国を賭けた兄弟喧嘩はリンク達が勝利し、ガノンとその仲間達は大陸で一番恐ろしいとされる牢獄に投獄されました。
死ぬまで抜け出す事は出来ないでしょう。
こうして、リンクは国を救った英雄として皆んなから更に慕われるようになったのでした。
「……おぉ、リンクや。よくぞ生きて戻った」
「お労しや父上。僕が戻るのが遅かったせいで」
城の奥に押し込められていたゴルドッバーナ国王は以前の姿が見る影もないほど痩せ細っていて、今にも死にそうでした。
流行り病のせいで動く事が出来ずにガノンの暴走を止められなかったのです。
「儂はもう助からない。この国をお前に託す」
「まだ僕には荷が重いですよ。父上から教わりたい事が山程あるというのに……」
国王の手を握り、涙を流すリンク。
美しい親子愛にその場にいた誰もが涙を流します。
その中でただ一人、タンポポだけは森から持って来た荷物を漁っていました。
「宮廷医師殿、父上を助ける方法は無いんですか?」
「ここまで病状が進めば無理でしょう。それこそ秘境に生えているといわれる幻の薬草でも無ければ……御伽噺のようなものですが」
国王の治療を担当していた医師は悔しそうに呟きます。
「なぁ、それってこれだったりするか?」
「そ、それは、幻の薬草!? 何故それを!?」
「森で暮らしてる時にコレを煎じて飲んだら風邪に効いたもんだから念のために持って来たんだ。もしやと思ったんだけどアタリっぽいな」
奇跡が起こりました。
タンポポが手にしていた薬草は最初にリンクを助けて塗り薬にもした物です。
衛生環境も悪く、キチンとした薬も無い森で死にかけだったリンクが助かったのもこの薬草のおかげでした。
「これなら国王様をお助け出来ます!」
医師は幻の薬草を受け取ると、すぐさま調合して薬を作り出しました。
これを何度か与えて安静に療養すれば起き上がれるようになると言いました。
「王子を救って国王様まで救うとは……まさに女神のようなお方です」
「「女神タンポポ様〜!!」」
「その名前でアタシを呼ぶな! ぶっ飛ばされたいのか!!」
しかし多勢に無勢。タンポポは臣下達に取り囲まれると胴上げされてしまいました。
その様子を見てリンクは笑みを浮かべていました。
「……リンクよ。良き娘に出会えたな」
「はい。僕らの命の恩人ですよ父上」
「ならばその恩、しっかりと報いよ」
「勿論です。彼女は嫌がるかもしれませんが、これからは誰よりも幸せになってもらいますよ」
そう言ったリンクの空色の瞳には、顔を真っ赤にしながらも満更じゃなさそうな野女の姿がくっきりと映っていました。
「──こうしてゴルドッバーナ王国は幸せになりましたとさ。おしまい」
「読み聞かせありがとうございます母様」
天蓋付きのベッドの上で幼い少年が母親に礼を言います。
空色の瞳が愛らしい天使のような幼い少年です。
「この本は父様と母様がモデルなんですよね?」
「そうだね。まさかアタシが王妃になるなんて思いもしなかったよ」
少年の頭を優しく撫でるのはかつて野女と呼ばれた女性でした。
リンクからのしつこい求婚と彼を慕う臣下達の熱意に捕まって諦め半分でプロポーズを受けたのです。
もっとも、大陸で一番の大国に嫁入りしたおかげで故郷の国から出されていた指名手配は取り消され、彼女の家族を罠に嵌めた貴族も投獄されました。
ロックベル家の跡地には立派なお墓も建てられています。
「森の暮らしに戻るって言ってもアイツは頑なに譲らなかったし」
「みんなは父様を真面目と言っていますが、ただ頑固なだけだと思います」
「ゼルはあんな風になっちゃダメだぞ?」
愛おしい我が子を抱きしめながら親子で会話していると、寝室の扉が開かれて一人の男性がやって来ました。
すっかり立派な男性へと成長したリンク・ゴルドッバーナ国王です。
「ふぅ。引退した父上に呼ばれてチェスの相手をしたけど勘弁して欲しかったよ。老後の暇潰しに付き合っていられるほど暇じゃないというのに」
「父様はお仕事を終わらせるのが早いからお爺様と遊べるのではないのですか?」
父の言葉に首を捻る少年。
息子からの質問に苦笑しながらリンクは妻と子供を抱きしめた。
「だって、僕が仕事を早く終わらせたのはこうして君やゼルと一緒に過ごしたいからなんだよ。僕は二人が大好きだからね」
「アタシはゼルと二人きりでも幸せだぞ」
「そんな寂しい事言わないでくれよタンポポさん」
愛妻からのそっけない一言に対して甘えるような声を出して耳元で囁くリンク。
歳を重ねて美しさに色気が重なって一瞥しただけで新人メイドが気絶する魔性の国王様。
その愛を捧げられた王妃は耳を真っ赤にして枕を夫に投げつけます。
「だからアタシを名前で呼ぶな──!!」
「母様、大声はお腹の赤ちゃんに良くないです」
こうして、ゴルドッバーナ王国の見目麗しい家族はいつものように愉快で幸せな生活を送るのでした。
おしまい
美少年と野女。やられたらやり返します! 天笠すいとん @re_kapi-bara
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