第88話 最強の護りし者

「魔人を倒した……」


 騎士団の団員たちからは衝撃の声が上がった。


「ヴィムさん! 大丈夫ですか!」


 ヴィムの意識が薄れゆく中でハナの声が聞こえた気がする。


 そこから、何時間意識を失っていたのかは分からないが、ヴィムは意識を取り戻す。


「ヴィムさん、大丈夫ですか?」


 ミサがヴィムの顔を覗き込むようにして言った。

そして、ヴィムの後頭部には慣れない柔らかい感触があった。


 その感触の正体はすぐに分かった。

ミサの太ももである。

ヴィムは数時間、馬車のふかふかした長椅子でミサに膝枕されていたようである。


「ああ、大丈夫だ。代償に血液をだいぶ使っちゃったからな」


 そう言ってヴィムは起きあがろうとする。


「まだ、横になっていた方がいいかと」

「でも、足しんどいでしょ?」

「私のことはいいですから、無理しないでください。あんな大きな魔法を使ったんですから」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ヴィムは再び頭を預けた。


「ヴィムさんも目を覚ましたことだし、先を急ぎましょうか」


 カミルさんの言葉で馬車はゆっくりと動き始める。

他国でこれだけ暴れてしまったんだ。

グリフィントの王にもこのことを説明しなければならないだろう。


「しかし、あなたは凄い方だ。魔人を倒すだけでなく、あの最上級魔法まで使えてしまうなんて」

「逆を言えば、あの魔法を使わなければ倒せなかったですし、使った結果このザマですよ」


 ヴィムは自嘲するように笑った。


「それでもですよ。あの状況なら逃げても誰も文句は言えなかったでしょう」


 ここは他国だ。

確かに、逃げたとしても文句は出てこないだろう。

それでも、ヴィムは逃げるという選択を取らなかった。


「もし、あそこで私が逃げていたら誰があの魔人を止めるんですか?」

「それは、この国の冒険者や騎士が……」


 そこまで言ってカミルさんは言い淀んだ。

一階の冒険者や騎士では魔人には対抗する術はない。

待っているのは死の一択であろう。


「僕の手は二つしかありません」


 ヴィムは自分の両手を上に上げて言った。


「だから、守れるもの、助けられるものにも限度があります。でも、何も背負わないのは寂しいとは思いませんか?」

「陛下が言っていたことが今ならよく分かります」


 カミルさんが言った。

一体、陛下は何を吹き込んだのだろうか。


「その力があるから皆さんあなたに付いて行くのですね」


 今度は騎士の一人が口にする。


「それは違います。力だけでは人の心は繋ぎ止められません。常に相手の立場になって考えることが大切なんです。まあ、こんな状況の人間が言っても説得力は無いかもですが」


 ミサに膝枕されている状態で真剣に語ってしまった自分が少し恥ずかしい。


「そんなことないですよ。ヴィムさんだから、私もハナさんもこの方について行くと決めたんです」

「その通りです!」


 ミサの言葉にハナも同調する。


「ヴィムさんの手は二つしかないかもしれませんが、私とハナさんを合わせたら六つになります。助けられる人も守れる人も増えるんじゃないいですか」

「そうですよ。私たち、仲間なんですよね!」

「なんでも一人で背負おうとしなくていいんですよ」


 そう言ってミサがヴィムの頭をそっと撫でる。


「仲間か。いいもんだな仲間ってのは」


 そして、ヴィムは再び目を閉じた。

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