今日もあの薄汚い雌が、私の兄さんに話しかける

くろねこどらごん

第1話

 ああ、兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん





 ―――愛しています、心から









「けんちゃん、おはよー!」


 今日もあの薄汚い雌が、私の兄さんに話しかける。


 毎日毎日毎朝毎朝。何年も何年も懲りもせず、白痴のように泥水を呑み込んだ餓鬼のような声で、出会い頭に同じ言葉を口にする。




 穢らわしい。汚ならしい。


 厚顔無恥という言葉を知らないのでしょうか?




 いつも発情した雌の匂いを撒き散らし、死体に集る蛆虫のように私の兄さんに近づくあの女には吐き気がする。






 クズ。ゴミ。カス。蛆虫。汚物。塵芥。


 どれだけ罵詈雑言を並べ立ててもキリがない。




 あの害虫を一刻も早く駆除したくてたまらない。


 この世から消し去り、心の底から安堵したい。


 そう思ってしまうのは、それほどおかしなことでしょうか?



「お、レナか。おはよう。相変わらず朝から元気だなぁ」



 だって話しかけられたら、優しい兄さんは言葉を返してしまいますから。


 誰だって、好きな人には自分だけを見ていて欲しいものでしょう?


 乞食に恵みを与えるのは結構ですが、それでもいい気分はしないのが本音です。




 その優しさを食い物にしようという下衆な輩は、世の中にいくらでもいるのです。


 それこそ目の前の雌がその筆頭ですね、気色悪い目をしやがって。


 そんな発情した目で兄さんを見るな、売女が。心中で思わず吐き捨てる。




 こんな下等な虫けらにすら湧いてしまうのだから、独占欲というやつは厄介です。


 それが私は他の人より、ほんの少しだけ強いという自覚はありますし。


 時たま、こうして思考に歯止めが利かなくなるときがあるのですから。




「えへへ、そうかなぁ。それはきっと、今日も朝からけんちゃんの顔を見れたからだよ」




 それもこうして心の火に、わざわざご丁寧に薪をくべるお馬鹿さんがいるのが悪いんですけど。




「お、嬉しいこと言ってくれるな!」




「あ、ちょっと!髪をわしゃわしゃしないでよぉ!せっかく可愛くセットできてたのにぃ!」




 いえ、薪というよりはもはやガソリンですね。


 私の目の前で兄さんに触れてもらうだなんて、死にたいとしか思えません。


 わざわざ自分から燃料をぶっかけて引火するだなんて、脳が退化してるのでは?


 幼馴染だから距離感が近いとか、なんの言い訳にもなりません。




 妹であるこの私さえ滅多に触れてもらえないというのに、あの女はその態度から兄さんにとって心理的な壁が薄いようにすら思えます。


 せっかく兄さんの好みに合わせて髪を伸ばしているというのに…クラスの男子からは評判いいんですよ?清楚な美人だって、最近はよく話題になっているそうです。


 まぁ兄さん以外の男子はそもそも男として見ていないから、どうでもいい話ではあるんですけどね。




「大丈夫大丈夫、お前はそのままで十分可愛いって」




「え、ほ、ほんと…?えへへ、嬉しいなぁ…」




 ああ、すみません。少し話が逸れてしまいました。


 えーと、なにを考えていたんでしたっけ。目の前の汚物を男子の慰みものにする方法?それとも四肢を刻んで下水に流す手段を模索してた?


 うーん、悩ましいところですね。どっちもありだと思いますし。むむむ。






 ……分かってますよ、ちょっとした冗談です。


 漫画じゃあるまいし、それらは現実的なプランじゃない。


 出来たら最高ではありますが、足がつく可能性を考えたらそれを実行するのは躊躇してしまうというのが本音です。




「ホントホント。ほら、ほっぺも饅頭みたいだしな。ぷにぷにだ」




「ちょ、ちょっと!乙女の柔肌に触るなぁー!」




 だいたいコイツ、ちんちくりんですし。


 中学で成長止まったんじゃないかってくらい背が低い。


 オツムの容量や性格とか胸とか、私の真逆ってくらい色々小さいメスガキだから、男だってきっと情欲をそそられることはないでしょう。


 興味を示すとしたら精々クソロリコン野郎でしょうけど、そんな異常性癖持ちとは関わり合いになりたくもありません。目が汚れます。




 私は兄さんのために、清い身体でいなければなりませんから。


 身も心も清らかな、理想の妹でなくてはいけないのです。




「ふたりとも、じゃれあうのは結構ですが、そろそろ時間ですよ」




 だから会話に割り込むタイミングも適切に。


 カバンを握る手が痛いほど食い込んできたとしても、笑顔を絶やさず優雅に佇むのです。


 それが私、進藤絵麻のスタイルなのですから。




「あ、マジ?もうそんな時間経ってたか」




「はい。まぁいつものことですけどね」




 ああ、ようやく私を向いてくれた。


 8分前、家を出た時に私を待ってくれていた以来です。


 本当に、兄さんはかっこい―――






「じゃ、じゃれてなんかないよ絵麻ちゃん!けんちゃんが勝手に触ってきたのが悪いの!」






 テメェには話しかけてねぇよ、ゴミが。






「あら、そうでしたか?私の目には、随分楽しそうに見えましたけどね」




 空気読めよ、クズ。ふたりって言ったのは建前だって普通わかんだろ?


 なに私と兄さんの間に割り込んできてるんだ。身の程を知れよ、豚。




「う、そ、それは…」




 ハァ?なに顔赤らめてんの?


 いっちょまえに朝っぱらから発情してたんですか。


 クズですね。畜生の極みです。生きてる価値もなさすぎる。




「ふふっ、相変わらず仲良しみたいでなによりです。私も嬉しくなりますよ」




 勘違いすんな。人間ヅラしてんじゃねぇよメス豚ごときが。


 下等生物が私と兄さんの隣に立とうだなんておこがましいにも程がある。


 兄さんの手前、建前で言ってるだけ。テメェなんか最初からいらないんだよ…!




「おーい!ふたりともなに話し込んでんだ?遅刻するからさっさと行こうぜー」




 強引に口角を釣り上げ、笑顔を作っていると、この世でもっとも愛しい人の声が聞こえてきて思わず振り向く。




「ええ、今行きますよ。兄さん」




 私の視線の先にいるのは兄さんだけ。


 他には誰もいやしない。後ろのゴミの存在も、今この瞬間だけは忘却の彼方だ。






 ああ、兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん






 私の兄さん。私だけの兄さん。








 ―――愛しています、心から








 だからどうか、糞の匂いを撒き散らす雌になど、微笑まないでください。




 でないと私、貴方を縛りつけたくなってしまいます。




 どこまでもどこまでも、私だけのものにしたくなります。




 今だって我慢してるんですよ?私、いい子ですから。


兄さん好みのいい子です。あんな薄汚い雌にもちゃんと話しかけるくらいに、ね。




「あ、ふたりとも待ってよー!」




ああ、でもウゼェ。媚びた声出してんじゃねぇよ、クソが。


そういうのわかるんだっつーの。所詮カスはどこまでいってもカスということでしょう。ビッチの素質十分です。




「ふふ…ちょっと早足で歩いちゃいましょうか?」




まぁ今は無視して兄さんの隣に並びます。


すぐ近くに美しい宝石が輝きを放ってるのに、好き好んで吐瀉物を見る人はいないでしょう?そういうことですよ。




「お前、結構意地悪なとこあるよな…」




「そんなことないですよ。まぁ少しだけ兄妹ふたりで登校しましょう、兄さん」




「…せいぜい持って一分くらいだろ、それ」




でしょうね。それがとても残念です。


ああ、この一瞬が永遠に続けばいいのに。




「それでもいいんですよ。実はこうしてふたりだけで歩くの、ずっと我慢してたりするんですよ」




「え、マジで…?」




「ふふっ、さてどっちでしょうね」




弱気になったせいか、少しだけ本音を漏らしてしまいます。


そう、私はずっと我慢してる。兄さんとふたりだけの世界が欲しいのに、それが手に入ることはないと現実的に考える理性が働いてるからだ。




あの雌を排除したところで、本当に幸せになれるはずがないこともわかってはいた。


だから今日までなにもせず、表面上は取り繕って生きてきたのだ。




だけど結局、我慢は我慢。


本能に蓋をしてるだけで、根本的な解決にはなってない。


洪水をせき止めることができないように、いつかこの気持ちは溢れ出る。


止めることなどできはしないし、なくなることも決してあり得ないのだから。




 そう、間違いなく近い将来、この想いは歯止めが利かなくなることでしょう。


だけど、悪い気はしません。それだけ兄さんを愛してるということの証佐なのですから。むしろ誇らしいとすら思います。




 まぁせめてそれまでは理想の妹で居続けるつもりですが…ねぇ兄さん。壊れた私は、なにをするかわかりませんよ?




 だからどうか、その時まで他の女の子と付き合うとか、変な行動を取らないでくださいね?






 そんなことをしたらきっと私は―――貴方とともに、どこまでも沈んでいくことになるでしょうから






 それはとても甘美な誘惑。甘い罠。


 だけど、ご馳走とはとっておくものです。熟した果実こそが、最高に美味なのですから。




 だから、今は―――




「兄さん」




「ん?なんだよ絵麻?」




 妹を演じよう。理想の、素敵な妹を。




「たまには私にも、いい子いい子してくださいね?」




「え」




「待ってますよ♪」




 兄に甘える、からかい上手な可愛い可愛い妹を。






 そのほうがいい。それでいい。


 だってそうしたほうが背徳的で、とても私好みだもの。








 ―――ああ、この関係が壊れた時に私に見せてくれるだろう、「兄」ではない、「男」としての貴方と出会える日が、今から待ち遠しくてたまらない





「私だって、兄さんのことが大好きですから」




 その時はひとりの女の子として、貴方の前に立ちますから




 誰にも渡しませんよ、兄さん




 貴方は私だけの人ですから、ね?

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今日もあの薄汚い雌が、私の兄さんに話しかける くろねこどらごん @dragon1250

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