第48話 深淵へ手招き

 

 

「何度も言うけど、マリーと呼んでちょうだい」


「私にはそんな資格はありませんので、マリー様」


「マリーよ」


「マリー様」


「もう、アヴィハロったら!」


 頬を膨らませたマリーが、じれったそうに声を上げる。不満の色を隠そうともしない大きな猫目にじっと見つめられても、向けられた当人であるアヴィハロにそれを気にする様子はない。


 静かな動作で口元にカップを運ぶアヴィハロと、見つめ続けるマリー。そんな二人のやりとりを、瑠都は大人しく見守っていた。同じような表情をしたメイスと目が合って、互いに苦笑を浮かべる。




 城の庭園の一角で行われているお茶会に、今日は初めてアヴィハロが参加していた。同い年ということもあり、仲良くなりたいと願ったマリーが、アヴィハロ本人や、アヴィハロの師匠であるキィユネを通して何度も何度も誘った結果、やっとこの場が設けられた。


 だが、お茶会に参加こそしたものの、それ以上の垣根を壊すつもりはアヴィハロにはないようだった。


 占者と、大国ジーベルグの姫。二人の間には決して越えてはならない壁が存在しているのだと、アヴィハロはその態度でありありと示していた。


 壁を壊して、仲良くなれたなら。敬称もないただの名前で、呼んでくれたなら。それは以前マリーが瑠都に対して望んだことでもあり、同じように瑠都がアヴィハロに望んだことでもある。


 瑠都に望まれた時は承諾したアヴィハロだったが、今は頑なに首を縦には振らなかった。


 そういえば、メイスも同じ理由でマリーに詰め寄られていたことがあったなと瑠都は思い出す。その時メイスは、何度お願いされようと今のアヴィハロのように断っていた。もちろん、アヴィハロとは違ってこんなにも堂々とはしていなかったが。


「まったく、しょうがないわね。今日のところは勘弁しておいてあげるわ」


 何度もアヴィハロと似たようなやり取りを繰り返していたマリーは、どこぞの悪役のような台詞を吐いてから椅子に座り直す。遠くから様子を伺っていた使用人が、頃合いを見計らって新しい菓子を運んできた。


 一旦ではあるが、やっとのこと諦めたマリー。ここからはいつも通りの穏やかなお茶会になるだろうと、メイスがほっと息をつく。

  マリーの隣からメイス、エメラルドを抱いたルビー、瑠都、アヴィハロと並んで囲む円卓は、その予想通り、和やかな雰囲気に包まれていった。





「ところで、キィユネは今日どうしているの?」


 しばらくして、マリーが色鮮やかな菓子に手を伸ばしながらアヴィハロに問うた。


「仕事です。今日もたくさんの方がお見えになる予定なので」


「まあ、忙しいのね」


 キィユネは有名な占者だ。各地から様々な身分の者たちが救いや助言を求めて、このレスチナールへやってくる。


 そんなキィユネの弟子はアヴィハロただ一人。あらゆるものを読み解く、類い稀なる目と力を持つ異才に招き入れられた、唯一の後継者。

 ゆえにアヴィハロも、皆の信頼を得る占者であった。


「アヴィハロも、キィユネさんの仕事手伝ってるんだよね」


 ぽつりと、瑠都が言った。


 自分の与える言葉が、相手に大きな影響を与える。その人の行く先も、想いも、左右してしまうかもしれない。どれほどの重圧と責任を感じながら、そんな仕事を生業としているのだろう。


 しみじみと呟いた瑠都に、カップを置いたアヴィハロが答える。


「簡単なものばかりだから、大したことはない」


「充分すごいよ」


 すぐさま訴えた瑠都に、アヴィハロが灰色の瞳を向けた。絡み合った二人の視線、一瞬空気が変わった気がして、瑠都は目を見開いた。


(あれ、今、何か……)


 瑠都が答えに辿り着くより先に、変化の意味を掴むより前に、その空気は消えた。


「そうよ、わたくしには明日の天気だって分からないわよ。ねえ、メイスだってそうでしょう?」


 同調したマリーに話を振られたメイスが、こくこくと何度も頷く。


「あの……普段はどんなことを占ってるんですか」


 メイスに問われて、アヴィハロはゆっくり瑠都から視線を逸らした。


「……簡単なものならなんでも。最近は気軽に訪れる者も多い。恋愛について知りたがる若い娘たちや、頻繁にその日のラッキーカラーだけを聞きにくる物好きもいる」


「ラッキーカラー?」


 マリーの目がきらりと輝いた。元来占い好きな大国の姫は、表情を明るくして身を乗り出す。物好きな人間という括りに含まれてしまうことを気にする様子はない。


「そんなことも分かるの? わたくしたちのラッキーカラーも教えてちょうだい!」


 楽しげに微笑むマリーは、自分の分だけではなく、瑠都とメイスのラッキーカラーが何色なのかも尋ねる。


 すぐに分かるものなのかと、なぜか緊張しながら瑠都とメイスも耳を傾ける。

 瑠都とメイスの間にいるルビーは、真剣な面持ちの物好きな人間たちをよそ目に、楽しそうにエメラルドの頭を撫でていた。


「マリー様は青色、ルトは黄色、メイスは赤色」


 それぞれを一瞬だけ見やって、アヴィハロは容易く答えを示した。


「青色? どうしましょう、青色の物なんて持っていないわ!」


 マリーはすぐさま自分の身に付けている物と、辺りとを見渡してた。


「私も」


「僕も……」


 瑠都とメイスも、自分のラッキーカラーと同じ色をした物を何も持っていなかった。相手に貸してあげられそうな物もない。


「青いドレスを着てくればよかったわ。今朝迷っていたのに」


 うまくいかないものね、残念そうに言ったマリーが肩をすぼめる。


「庭園にはあるだろうけれど……」


 考え込みながら庭園に広がる草花に目を向ける。そしてすぐに、また明るい表情に戻った。


「向こうに青い鳥がいるわ」


「え、どこですか」


 見つけられずにきょろきょろとするメイスに、鳥がいる方向を指差して教える。


「ほら、あの高い木の枝よ」


 マリーが指したのは、四人と二体のぬいぐるみが囲む円卓からは、少し離れた場所にある木だった。目を凝らして、瑠都もようやく青い鳥の姿を見つける。他にも数羽いるようだか、よく見つけられたものだ。


 感心する瑠都とは違って、メイスはまだ見付けられていない。どの木を指しているのかは分かったようだが、木のどこに鳥がいるのかまでは分かっていなかった。


「見つけられないの? まったく、そんなんじゃ幸せを逃すわよ。なんていったって幸せの青い鳥だもの」


「う……」


 あ、この世界にも似たような物語があるんだ。なんて思った瑠都がそれを問う間もなく、マリーはすっと立ち上がった。


「ほら、行きましょうメイス。羽を落とすかもしれないわ。黄色い鳥がいたら、その羽も貰ってきてあげるわね、ルト」


 任せてちょうだい、と意気込んだマリーが、慌てるメイスの腕を引いて進み出す。


 あっという間にお茶会の席から離れていった二人を見て、瑠都が笑みをこぼす。


「……行っちゃったね」


「予想通り」


 言い切ったアヴィハロには、マリーの行動はお見通しだったようだ。


 二人きりになったお茶会の席、瑠都は先程感じた変化をふと思い出して、遠くのマリーとメイスから、隣にいるアヴィハロへと視線を映す。


 そうすれば、同時に顔をこちらに向けたアヴィハロと、また目が合う。


「あ……えっと、お菓子食べる?」


 動揺を誤魔化すように声色を変えた瑠都だったが、アヴィハロは静かに首を横に振った。


「ルト」


「はいっ」


 勢い余り、かしこまって返事をしてしまった瑠都に、アヴィハロが僅かに顔を近付けた。


「悩み事があるでしょう」


「え……」


 アヴィハロははっきりと言い切った。先程アヴィハロが瑠都をじっと見つめていたのは、瑠都の中で渦巻く暗い感情に気付いたからだった。


「ううん、悩みなんて……」


 そこまで言って、瑠都は言葉を切った。


(悩んでる、こと……もしかして……)


 アヴィハロが見透かした悩みとは、魔力が足りていないかもしれないという、不安のことだろうか。リメルフィリゼアにまた迷惑を掛けてしまうしれない、そんな恐れのことだろうか。


 誰かに吐露してしまえば、楽になるのかもしれない。誰かが代わりに答えを探し出してくれるかもしれない。

 そう思ってはみても、口にすれば恐れていることが現実になってしまう気がして、瑠都はただ渦巻く不安を自らの中に封じ込めるしかできなった。


 そんな悩みを見透かしたアヴィハロは、瑠都の揺れた瞳を見て、そっと目を伏せた。


「勝手にごめんなさい。ふと感じてしまった」


「ううん……いいの」


「全部を覗いたわけじゃないから、安心して」


 アヴィハロが嘘を吐くことはない。そう信じていたから、瑠都は静かに頷いた。


 何も、アヴィハロも覗きたくて覗いたわけではないのだろう。瑠都が秘めた感情があまりに大きくなりすぎて、移ろいを感じやすいアヴィハロにまで伝わってしまったのだ。


 人の陰りなど、知っていていいことはない。己の感情まで支配して、深いところまで落ちてしまうことだってあるだろう。


 アヴィハロに対して申し訳ないことをしてしまったと、瑠都は思った。楽しく、穏やかであるべきのお茶会に、不穏な物を持ち込んだのは紛れもなく自分なのだから。


「少し……困ったことがあって。勘違いであってほしいとか、きっと気にしすぎなんだとか、色々考えすぎちゃったかな」


 ごめんね、と瑠都は続けた。小さく口角を上げた笑い方は、到底アヴィハロを納得させるものではなかったけれど。

 追及するほど、できるほど、アヴィハロは勝手な人間ではなかった。


 少し離れた場所から、マリーとメイスの賑やかな声が聞こえてくる。正反対に、二人の間には静かな空気が流れていた。


「リメルフィリゼアのこと?」


「そう、かも……」


 関係があると断言しても間違いではなかったのだろうが、瑠都はなぜか言葉を濁してしまった。 認めたくないと動いた心が、そうさせたのかもしれない。


「……ルトや、私と同じ年頃の娘たちは、いつも恋について聞きにくる。一喜一憂して、笑顔で帰っていったと思ったら次は泣いて戻ってくる。暗い顔で帰っていったはずなのに、幸せそうにお礼を言いに来たりする」


 突然切り出したアヴィハロの横顔を、瑠都はただ見つめる。翡翠色の細長い耳飾りが、アヴィハロの右耳で小さく揺れている。


「そんな時、時々ルトを思い出す。一対一でこれほど揺れ動くのなら、ルトの心はどうなんだろう」


「私の、心?」


 瑠都は僅かな動作で 、自身の胸元に触れた。リメルフィリゼアに欠片を与えた、一輪の約束の花が咲く場所。


「ルトには六人の夫がいる。でも、一人と一人が向き合うことには変わりはない。誰かが一度悲しむ時にルトは六度悲しみ、誰かが一度幸せを感じる度、ルトは六度の幸せを感じる」


 恋に触れた時、人は色々な感情を抱く。その感情が幾度となく交差して、目まぐるしく心を揺れ動かしていくのだ。


「だからきっと、悩むことも多いだろうと思った。……今みたいに」


 アヴィハロがそんなふうに考えてくれているとは思わなくて、瑠都は驚いた。


「人より悲しみを感じる回数も多いかもしれない。でも覚えておいて。いつか必ず、誰よりも豊かな幸せが訪れること」


 悩みを語ろうとしない瑠都の気が、少しでも晴れるように。

 大丈夫だと笑顔で励ますわけでも、強く背中を押すわけでもない、アヴィハロの不器用な優しさが、何より心強かった。


「……ありがとう、アヴィハロ」


 囁くように瑠都がこぼすと、アヴィハロがようやく顔をこちらに向けた。淡い色をした唇が緩く開いた時、明るい声が上から降ってきた。


「ルト、アヴィハロ! 見てちょうだい!」


 二人の間に立ったマリーが、誇らしげに右手を前に出す。そこには青い羽と黄色い羽が握られている。


「鳥たちが落としてくれたのよ。はい、ルト」


「わ、ありがとう」


 顔くらいの長さはあるだろう大きな羽を受け取る。鮮やかな黄色い羽が目に留まったのか、ルビーが身を乗り出したので、そっと鼻先を撫でてやる。ルビーは宝石のような目をきらきらと輝かせながら、嬉しそうに耳を動かした。


「これでわたくしとルトの今日の幸運は約束されたわね」


 腰に手を当てて胸を張るマリーとは違って、メイスは未だ木の側に立っていた。どうやら、まだ自身のラッキーカラーである赤色の羽は手に入れられていないらしい。それにしても、随分色とりどりな鳥が留まっている木である。


「アヴィハロのラッキーカラーは何色なの? その色の羽も貰ってきてあげるわ」


 相手は鳥。お願いして貰えるものではないだろうが、マリーなら叶えられる気がするから不思議だ。


「そんなもの存在しません」


「なんですって?」


 片眉を上げたマリーが、どういうことなの、と首を傾げる。アヴィハロは相変わらず調子の変わらない声色で、淡々と繰り返す。


「私を幸運に導くための色なんて、存在しません」


 灰色の瞳が、陰りを宿して鈍く光る。なんの感情も乗っていないような、冷えた眼差し。



「――なら、これをあげるわ」


 切り裂いたのは、明るい声だった。


 マリーがアヴィハロの目の前に、自身のために手に入れた青色の羽を差し出した。


「あなたが自分の幸運の色を見付けられないというのなら、わたくしの青を分けてあげる」


 ほら、と差し出した羽を、アヴィハロは受け取らない。瑠都には、呆気に取られているように見えた。


「もう、早く受け取りなさいな」


 動かないアヴィハロの冷えた手を取って、マリーは有無を言わさずに羽を握らせた。


「今日はそれを離さないでいて。そうすれば必ず幸せが訪れるわ」


 いたずらな表情を浮かべて、自信満々に言い切った。


「さ、わたくしはもう一枚羽を手に入れてこなくっちゃ。ついでに、メイスの分もね」


 マリーはドレスの裾を翻すと、また円卓から離れていく。どこまでも楽しそうな姫の背中を見送って、瑠都は笑む。


「よかったね」


 アヴィハロは何も答えず、羽に視線を落としていた。たった今ラッキーカラーになったばかりの鮮やかな青色を、ただ確かめるように。


 その様子を眺めていた瑠都が突然、思い出したかのように手を叩いた。

 椅子の横に引っ掛けていたお出掛け用の小さな鞄を取って膝の上に置くと、中を探る。取り出した袋の中を確かめると、お目当ての物が入っていた。


「やっぱり……」


 瑠都が袋から出したのは、レスチナールの人気菓子店、タルーミミで買った飴だった。いくつかある飴の中には、エルスツナのお気に入りのレモン味や、苺味、グリタアスという青い果実の味をしたものもある。

 黄色、赤色、青色。それぞれのラッキーカラーに該当する物を持っていたことを、瑠都は思い出したのだ。


「飴を持ち歩いてるの、忘れてた」


 瑠都は申し訳なさそうに眉を下げた。離れた所にある木の側では、羽を手に入れようとするマリーとメイスが何やら会話している。


「渡してこようかな」


 すっと立ち上がった瑠都は、アヴィハロの前に透明の包みにくるまれた青色の飴を置く。


「グリタアス味なの、美味しいよ。あ、でも食べたらなくなっちゃうね」


 明日になったら、食べてね。すっかりアヴィハロの今日のラッキーカラーと認識した青色を指しながら、瑠都が言った。


 マリーとメイスの分の青い飴と赤い飴を手の上に乗せて二人の元に向かおうとするが、エメラルドを抱いたルビーを置いていっていいものか、思案して動きを止めた。


「見てる」


「わ、ごめんね、ありがとう。すぐ戻るね」


 アヴィハロに任せたルビーの頭を一撫でして、瑠都は小走りで二人の元へ向かう。急がなくたっていい、アヴィハロがそう言う間もなく。


「おぎしましょうか」


「いえ」


 にこやかな表情を浮かべて近付いてきた使用人に、アヴィハロが断りを入れる。


 羽と、飴。マリーと瑠都から贈られたそれぞれの青を確かめて、アヴィハロは口を結んだ。持ったままだった羽を目の前にかざすと、そのまま上を向く。


 視界を埋め尽くす、羽の鮮やかな青と晴れた空の爽やかな青。隙間から惜しみなく降り注ぐ、太陽の光。


「……眩しい」


 思わずそう、呟いていた。




 

「楽しかったね」


「うん」


 数時間後、お茶会を終えた瑠都とメイスは帰路に就いていた。二人が暮らすリメルの館は、城の後ろにある小さな森の奥に存在している。時折言葉を交わしながら、急ぐこともなくゆっくりとした歩調で進む。


 ぐっすりと眠ってしまったルビーは、メイスが抱いてくれている。瑠都は動かないエメラルドを左手で抱きながら、右手に持った黄色い羽を見つめていた。くるくると回したり、空を染め始めた茜色に重ねてみたり。


 するりと、二人の体を撫でる柔らかい風が前方から流れてくる。目を細めた瑠都の指から、黄色い羽が舞い上がった。


「あ、」


 そのまま、風に流されるように後方に飛んでいった黄色い羽の行方を、瑠都もメイスも目線で追う。


 掴まえなくっちゃ、そう思って振り返った瑠都は、次の瞬間動きを止めた。


 黄色い羽は後ろから歩いてきていた人物の手の中に収まった。近付いてきていたことを瑠都やメイスに感じさせず、声を掛けようともしないだろうその人物は、魔法員であるエルスツナだった。


 この場にいる三人ともが、歩みを止めて風に吹かれている。はっと気付いた瑠都が、慌ててエルスツナに駆け寄った。


「ごめんなさい、ありがとうございます」


 礼を述べた瑠都に対し、エルスツナは相変わらずの無表情のままで羽を返す。なんのために鮮やかな羽を持っているのか、問うこともない。その視線は、瑠都に抱かれた白いクマのぬいぐるみへと向けられた。


「まだ動かないのか」


 端的に発せれた言葉が何を意味しているのか、瑠都だけでなくメイスだって気が付いているだろう。


「……はい」


 小さな声で答えた瑠都の前で、エルスツナは自身の顎に手をやった。


「過ごした時間と効果がうさぎと同じなら、そろそろ動き出してもいいはずだ」


 眉をひそめて、考え始める。


「動き出す前のルビーと、同じように扱ってるつもりなんですが……」


 返した瑠都も、どうしてルビーが動けるようになったのに、エメラルドは動けないんだろうと考えることがある。ただのぬいぐるみだった頃のルビーは外に連れ出すこともなかったから、今こうして共に出掛けているエメラルドは、むしろルビーの時よりも一緒に過ごしている時間は長いはずなのだ。


 エルスツナが、ちらりと瑠都に視線をやる。その視線からは、瑠都の言葉を疑っているということがひしひしと伝わってくる。


「ならなぜ動かない」


 そう返されて、瑠都は言葉に詰まった。分からない、それ以外の答えはないからだ。そしてそんな答えではエルスツナが納得するはずもないと、簡単に予想できた。


「本当に動かす気があるのか。俺はリメルテーゼの謎を解き明かして、有効性を証明する。協力する気がないのなら、はっきり言えばいい」


 語気を強めたエルスツナに反応を見せたのは瑠都ではなく、いつの間にか瑠都のすぐ側に立っていたメイスだった。


「エルスツナさん、そんな言い方は、」


 だが、メイスの言葉は途中で止まる。瑠都が腕を引いて、止めさせたのだ。目を見開いて見下ろすメイスに、瑠都は何も言わない。


 そんな二人のやりとりを前にしても、エルスツナはやはり普段と変わらない調子で一人呟く。


「この先も動かないようなら、別の証明方法を考えなければ」


 考え込んだままで、瑠都とメイスの横を通り過ぎる。振り返ってエルスツナの背中を追うこともない瑠都に、メイスが声を掛ける。


「気にすることないよ」


 いつもより少しだけ強い口調で言ったメイスは、伏し目がちな瑠都の顔を覗き込む。


「……うん」


 ゆっくりと顔を上げると、至近距離で茶色の目と視線がかち合う。様子を窺う優しい眼差しに、瑠都は思わず、考えていたことを音にしてこぼしてしまった。


「……エルスツナさんは、私のよく知ってる人に似てる」


「え? 誰だろう?」


 驚いたメイスが、記憶の中から該当する人物を探し出そうとする。瑠都は僅かに口角を上げて、そっと教えた。


「元いた世界の、人だよ」


 再び伏せた目で、手の中に戻った黄色い羽を映す。染まる空の茜色を受けながら、風に揺れる今日のラッキーカラー。幸せへと導いてくれるはずの、鮮やかな。


「帰ろっか」


 明るい声で言いながら、肩から斜めに掛けている小さな鞄に羽を仕舞った。

 

 

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