第36話 偶然などありはしない

 

 

 瑠都とフェアニーアが、共に書庫で過ごした雨の日の翌日、天気はすっかり回復していた。

 晴天の下で、瑠都はレスチナールの町中を歩いていた。隣には学校が休みだというメイスが並んでいる。館を出てすぐに触れ合った手は、未だ繋がれたままだ。


 昨日フェアニーアに宣言した通り、町の図書館に向かう二人。実際には影で護衛してくれているガレを含めて三人なのだが、瑠都にもメイスにも姿を見つけることはできなかった。


「あ! ほら見てルト、大道芸してるよ」


「ほんとだ」


 隣にいるメイスが楽しそうに指した方向を見て、瑠都も同じように笑った。


 目線の先では、たくさんの観衆に囲まれた二人組の大道芸人が、ジャグリングを披露していた。瑠都もメイスも、繋がれ手はそのままで、歓声に引き寄せられるように近付いていく。


 だが、ちょうど二人が観衆の後ろに辿り着いた時、芸が終わってしまった。大きく礼をしてから大道芸人は帽子を脱ぎ、被っていた面を上に向けた。観衆が口々に感想を述べながら、帽子の中に小銭や紙幣を入れていく。


「終わっちゃったね……」


「うん……」


 ぽつりと呟いた瑠都に、メイスが頷く。

 徐々に減っていく観衆。瑠都とメイスも、どちらからともなく動き出して、その場を離れた。


「もう少し早く来ればよかった」


 肩を落とすメイスに同意する瑠都。名残惜しそうに二人ともが振り返りつつ歩いていく。


 瑠都は、大道芸を見かけたのは初めてだった。また出会う機会もあるだろうか。そんなことを考えながら歩いていれば、いつの間にか口からぽろりとこぼれていた。


「また見れるかな……」


 意図せずこぼれた小さな声は、賑やかな町中にあってもメイスの耳にまで届いていた。


「見に来ようよ。毎日じゃないし、時間も場所もバラバラだけど……」


 瑠都の言葉を掬ったメイスが、繋いだ手を強く握り直しながら笑顔で言った。


「見に来よう、一緒に。これから何度だって」


 いつもはすぐに赤くなって慌てるメイスが、今は優しい笑みで瑠都を見つめている。なんの身構えもなく発せられた、心からの言葉。特別なことを言ったとも思っていないだろうメイスの気持ちが、瑠都は嬉しかった。


「うん」


 我ながら、なんて嬉しさの滲んだ返事だろうかと瑠都は思った。弾んだ声に、どれだけの喜びが込められていたか、メイスはきっと気付いていない。だから瑠都は、握り直された手にそっと力を込めた。気付いてほしい気もするし、気付いてほしくない気もする。複雑な自分の心境がおかしくて、瑠都は思わず吹き出してしまう。


「どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 笑ったままで答えれば、メイスが不思議そうな顔をした。


 二人で出掛ける時はいつも、手を繋ぐ。魔力を送り終えたあとも、ほどかれることはない。慣れるためにと始めたこの行動も、最近では随分と自然な動作でできるようになってきた。温かさが、魔力と共にじんわりと広がっていく。




 賑やかな中心街を抜け、角を曲がる。いくつかの宿屋と、本屋などの比較的落ち着いた雰囲気の店が並んでいた。


 図書館までの道のりを知らない瑠都は、興味深そうに辺りを見渡しながら、メイスに手を引かれて歩いていく。


「でも、残念だったね」


 穏やかな町の空気を感じながら歩を進めていると、メイスが言った。


「昨日は雨で、子どもたちに会えなかったから」


「……うん」


 瑠都はただ頷いた。

 目を伏せれば、今でも昨日の雨音が聞こえてくる気がした。激しい雨音を聞きながら過ぎていった、書庫での時間。

 今思えば、どうしてあの時、公園に通っていることをフェアニーアには言えなかったのだろう。口を閉ざしてしまったことに意味はないはずなのに、なぜかいつまでも心の隅に引っ掛かる。けれどいくら考えたところで、当たり前のように答えは出ない。


「……今度は、晴れたらいいな」


 ぽつりと呟いた瑠都に言葉を返そうと、メイスが口を開いた時、瑠都が急に足を止めた。一歩進んでからそれに気付いたメイスも立ち止まって、振り返る。


「ルト?」


「……今、何か聞こえなかった?」


 瑠都は真剣な面持ちで辺りの様子を窺いながら、声を落として言った。


「悲鳴みたいな……」


「えっ」


 悲鳴という言葉に、メイスの顔色がさっと青ざめる。慌てて辺りを見渡してから、首を横に振った。


「僕には何も聞こえなかったよ……」


 メイスがそう言っても、瑠都はまだ不安そうな顔をしている。


「……ほんとに?」


 確かに今、誰かの短い声が耳に入ったのだ。その微かな音がどうしても悲鳴に似ていたように思えて、瑠都は嫌な胸騒ぎを覚えた。


 けれどいくら辺りを見渡して耳を澄ましてみたところで、目に映るのは穏やかに過ごすレスチナールの住人ばかりだ。


 隣に並んでいたメイスも、何も聞こえなかったと言っている。未だ青い顔のままで瑠都を見つめるメイスに視線を合わせて、瑠都は少しだけ表情を緩めた。


「……気のせい、だったのかも。ごめんね」


 疑問を残したままではあったが、瑠都は行こっかとメイスを促した。


 見つからない声の正体を探して、いつまでも道の真ん中で立ち止まっているわけにもいかない。


 また二人並んで歩き出す。しばらく歩いていくと、前方に一人の女の子が立ち尽くしているのが分かった。


 一人きりで心細そうに立っている幼い女の子は、何度も何度も震える声でママ、と繰り返している。


「どうしたんだろう……迷子かな。あ、ルトが聞いたのって、あの子の声じゃない?」


「そう、なのかな……」


 瑠都とメイスは話をしながらも、早足で女の子へ近寄っていく。近くまで辿り着いた時、とうとう女の子が大声を上げて泣き出してしまった。


「ママぁっ、どこっ、ママ……」


 うわぁんと声を上げながら大粒の涙を拭うこともせずに母親を呼び続ける。


 瑠都とメイスは繋いでいた手を離して、女の子へと駆け寄る。目線を合わせるため、二人揃って女の子の前でしゃがんだ。


「どうしたの?」


 女の子は自分の顔を覗き込み、優しい声色で問いかけた瑠都と、隣で心配そうに眉を下げるメイスの姿を認めて、しゃくりあげながらも懸命に言葉を紡ぐ。


「ママっ……ママがいないのっ」


 潤んだ瞳から、次から次へと流れる大粒の涙。


「あのね、ママがお話ししてて、つまらなくて、お外に出たの。そしたら、ママがどこか分からなくなっちゃった……」


「そっか……どこから来たのか、分からなくなっちゃったのかな」


 女の子の言葉から想像するに、外で母親とはぐれたというよりかは、母親のいた店かどこかから一人で出てきて、戻れなくなってしまったようだ。

 帰り道を忘れたらしい女の子がどこから来たのか探るため、少しでも手掛かりを得ようと瑠都は続けた。


「ママと一緒にいたのは、何かのお店?」


「うん……」


「どんなお店だったか、覚えてる?」


「おじいちゃんが、いっぱいいる所」


「おじいちゃん……?」


 首を傾げた瑠都とメイスの声が重なった。顔を見合わせた二人は、小声で話し始める。


「お、おじいちゃんがいっぱいって……どこだろう」


「メイス、心当たりとかある?」


「ううん……全然思い付かない」


 段々と冷や汗が滲んでくる。目の前で泣く女の子を母親の元に連れていってあげたいのに、どこから来たのかまったく分からない。その上、女の子からはこれ以上の手掛かりを引き出せそうもなかった。


「ママぁっ」


 再び母親を求めて声を上げる。それと同時に、女の子が何者かに抱き上げられた。驚いて泣き止んだ女の子と同じように目を丸くした瑠都とメイスも、その影を見上げた。


「ガレさんっ」


 颯爽と現れた人物の名を呼んだ瑠都に続いて、メイスも立ち上がる。


「その店、心当たりがあるので送ってきます」


 素早く言い残して、ガレは足早に瑠都たちが来た道を戻っていった。ぽかんとした表情の女の子を逞しい腕で抱え上げたまま、大きな後ろ姿は遠のいていく。あっという間に角を曲がって見えなくなったガレを、瑠都はいつまでも見送っていた。メイスが感心したように呟いた。


「おじいちゃんがいっぱいいる所、で分かったんだね」


「うん。すごいね、ガレさん。……それにしても、どこで聞いてくれたんだろう」


 いつも思うことだけど本当に不思議、と瑠都は言った。


 ガレはいつも、あの大きな体をどういうふうに潜めて護衛してくれているのだろう。しかも女の子の声が聞こえていたということは、それなりに近い所にいたはずなのだ。護衛対象である瑠都でさえ、ガレの居場所を突き止められたことはない。


「あ、」


 ガレが消えたほうを見ながら考え込む瑠都の横で、メイスが何かに気が付いて声を出した。


「ハンカチが落ちてる」


 女の子が立っていた場所に、タオル地の淡い桃色のハンカチが落ちていた。


「あの子のかな」


 メイスは桃色のハンカチを持ち上げて、汚れを払い落とした。


「確かめてくるよ。ガレさん早足で行っちゃったから、追い付けるか分からないけど……。ルトはここで待ってて」


「うん。ありが、とう……」


 踵を返そうとするメイスに礼を述べていた瑠都の声が、消え入るように段々と小さくなっていく。言い終えた口をぎゅっと結んで、身を固くする。


(……今、また何か聞こえた)


 瑠都の耳に、また微かな声が届いた。悲鳴のような短い声。


「メイス!」


 すでに背中を見せていたメイスを、瑠都は思わず呼び止めた。メイスは驚いた顔をしながらも振り返る。


 だが、瑠都はそのまま黙ってしまった。先程、悲鳴のような声がすると聞いて、メイスが怖がっていたことを思い出したのだ。


 もし今度も気のせいだったなら、余計な心配をさせてしまうことになる。瑠都は呼び止めてしまったメイスの顔をじっと見つめて、取り繕うように言葉を探した。


「ええっと……あの路地、って……」


「路地?」


「路地裏に、何かあったりする?」


 瑠都は少し離れた位置にある細い路地を指差しながら、メイスに尋ねた。


「確か、宝石店とかがあったと思う。中々手に入らない珍しいものとか、すごく高価なものがたくさん売られてるんだってさ。なんでも、変わり者の店主が営んでるらしいって、母さんが言ってたような……。それがどうかしたの?」


「ううん、ちょっと気になっただけなの。ごめんね、引き止めちゃって」


 なんでもないと笑った瑠都を不思議に思いながらも、メイスは再び踵を返し、ガレの後を追って駆けていった。一人なった瑠都の横を、何人かの人が通り過ぎていく。



 瑠都は細い路地に、ゆっくりと目を向けた。


 なんの意味もなく指を差し、メイスに尋ねたわけではない。声は、あの細い路地の先から聞こえてきた気がしたのだ。確証はない、自信もない。けれど、どうしても目を逸らせない。


(すぐに戻ってくれば、大丈夫だよね)


 自分に言い聞かせてから、瑠都は路地に近付いた。明るい大通りとは違って、どこか閑散としている。夏だというのに、ひんやりとした冷たさが漂ってきた。


 世間から隔離された場所に飛び込むように、瑠都は一歩踏み出した。





 細い路地を抜けると、幾分か拓けた道に出た。狭い道は静寂に支配されていて、瑠都の耳に届くのは、自らの足音だけだった。


 あの悲鳴のような声は、もう聞こえない。


 レスチナールの裏側を知ったように思えて、子どもように好奇心が疼く。だが声のことを思い出すと、嫌な緊張感と不安のほうがまさってしまう。


 段々と足取りが重くなってきた時、明かりの漏れる一軒の店が目に留まって、瑠都は立ち止まった。周りには他にいくつか店らしきものはあるのだが、どれも営業はしていないようだ。


 自分探しの旅に出るので三年、長くても五年休業します、十年目まで待っていてください、と書かれた紙を扉に貼っている店。惚れ薬、魔力増幅薬、夢見がよくなる薬、ご依頼があればなんでもお作りします、深夜のみ営業、と書かれた看板を前に置いてある店。


 なんともいえない怪しさを感じながら、唯一営業していそうな店に行くため、瑠都はまた歩き出した。


 明かりの前に辿り着いた瑠都は、じっくりと店構えを観察した。そこはメイスが教えてくれた、宝石店のようだった。店の名前の横に、一粒の宝石の絵が描かれている。


 店内の明かりは、透明なガラスの窓から漏れ出ていた。ただ店の端から端まである細長い窓は扉よりも高い位置に存在していて、余程身長が高い人でないと頭さえ届かないだろう。他に窓もなく、中の様子を窺うことはできない。


 メイスの母親は、変わり者の店主が営んでると言っていたらしい。もしかしたらこの通りには、そんな店主が集まっているのかもしれない。


 瑠都は店の前に立ったまま、思案する。

 扉の横にあるかぎに掛けられた札は開店中だということを示しているのだが、客を引き寄せるような店構えではない。むしろ、拒絶しているかのような雰囲気すら醸し出している。


 辺りに人影はなく、開いている店もない。ならば声の正体を知る鍵は、この宝石店にあるのではないだろうか。


 そう考えた瑠都は大きく深呼吸してから、決心してドアノブを握った。



 そっと扉を開く。古びた木の扉は微かに鈍い音を立てた。瑠都は顔だけを覗かせて、中の様子を確かめた。店の奥に細長いカウンターがあるが、誰もいない。


 瑠都はおそるおそる踏み入れた店の中を見渡しながら、カウンターに近付いた。カウンターはショーケースにもなっており、そこに商品が並べられているはずだ。


 だが、ガラスのショーケースの中には、一つの宝石の姿もなかった。


 明かりは付いているのに、店主のいない店。唯一のショーケースにすら宝石を並べていない、おかしな店。


 首を傾げた瑠都が、ふと横を見やる。床に、大きな二つの麻袋が転がっていた。嫌な予感が、瑠都の中を駆け巡る。


「う、うぅっ……」


 静まり返っていた店内、他には誰もいないはずの空間で唐突に聞こえた低いうめき声。


 びくりと身を固くした瑠都は、ぎこちなく視線をカウンターに戻した。本当に進んでるのか疑うくらいの頼りない足取りで近付くと、意を決してカウンターの中を覗き込んだ。


 そこには、一人の人間が転がっていた。息を飲んだ瑠都は手で口元を覆い、反射的に一歩後ずさった。

 転がっている年老いた男は手足をロープで縛られ、口には布が巻かれていた。


「うぅっ」


 目を閉じたまま僅かに身動みじろぎする男に、瑠都は震える体を叱咤し、慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですかっ、しっかりしてください!」


 店主だろう男の肩に手を当てて呼び掛けた。そうすれば店主はもう一度低くうめき声を上げてから、ゆっくりと目を開けた。焦点の定まっていない瞳が、ようやく瑠都の姿を捉えた。


「いったい何が……」


 瑠都は力を込めて店主の上半身を起こし、壁に凭れさせる。声を封じている口に巻かれた布をほどくと、未だ意識がしっかりしていないはずの店主が、白髭に覆われた口を開き、懸命に言葉を紡ごうとする。掠れた声が、必死に瑠都に何かを伝えようとしていた。


「うっ、……な、さい」


 瑠都は店主の言葉に耳を傾けながら、体の後ろで拘束されている手を解放するため、ロープをほどこうとした。


「逃げ、なさい……っ」


「え……」


 はっきりと店主が口にした言葉に、瑠都は顔を上げた。


 とん、と瑠都の背後で足音が鳴った。目の前の店主は瑠都の背後を睨み付けている。


「いやあまったく、今日は収穫の多い一日だ」


 笑みの混じった声がして、瑠都は勢いよく振り返った。いつの間にか店内に入ってきていた体格のいい大男が、下卑た笑みを浮かべながら瑠都を見下ろしていた。躊躇いもなく瑠都の片腕を掴み、無理に立ち上がらせる。


「いやっ、離して!」


 震える声を発した瑠都が掴まれた腕を振りほどこうとしても、びくりとも動かない。男はもう片方の手で腰に巻いている鞄から白い布を取り出した。

 瑠都を引きずってカウンターに押し付けると、白い布をカウンターの上に置き、今度は小瓶を取り出す。


 小瓶から白い布へ透明な液体を数滴垂らすと、布を瑠都の口元へ押し付けた。鼻と口を覆われた瑠都の体が、次第に力をなくしていく。男が掴んでいた手を離すと、完全に意識を失っている瑠都は床に崩れ落ちた。


「高価な宝石に若い女。やっと俺にも金の縁が巡ってきたか。なあ、じいさん」


 男は相変わらず薄気味悪い笑みのままで、睨み付ける店主を一瞥する。


「その子を、どうするつもりだっ」


「どうってそりゃあ……高く売るのさ。若い女なら喜んで大金を払う、困った金持ちもいるんだなこれが。よっと、」


 男は軽い掛け声と共に、片手で軽々と意識のない瑠都の体を持ち上げた。荷物のように小脇に抱えると、わざとらしい仕草でもう片方の手を顎に当てる。


「待てよ、困った。女で片手で塞がってるから袋が一つしか持てない」


 どうしたもんか、と男が言った時、店の扉が開いた。


「兄貴! 運ぶの手伝います、ってあれ、その女」


 小柄で痩せた男は、兄貴と呼んだ人物が抱えているものを見つける。


「……おい、お前は馬車から離れるなと言っただろ」


 先程までの笑みを消した大男は、低い声で凄んだ。


「す、すみません。手伝ったほうが早く終わるかと思って……」


 汗を掻きながらおどおどと言い訳をする小柄な男。痩せた体を更に縮こまらせて怯える姿に、大男は溜め息を吐いた。


「まあいい。あの女はどうしたんだ」


「目を覚ましちまったんで、もう一度薬を嗅がせました。もう当分は起きないかと。兄貴、その女も連れていくんで?」


「おうよ。人浚いなんて趣味じゃねえが、見られちまったんだから仕方ねえだろ」


 言葉とは裏腹に、大男はまた下卑た笑みを浮かべた。


「やめるんだ、離しなさいっ」


 拘束されたままの年老いた店主が、掠れた声を懸命に張り上げる。大男は瑠都を持ったまま振り返ると、分厚い靴底の足で店主の顔を蹴った。勢いで倒れた店主は、朦朧とする意識をかろうじて保ちながらうめく。


「おい、俺は先に行くから、このじいさんの口をまた塞いどけ。宝石が入った袋持ってくるのも忘れんなよ」


「はい!」


「いくら箱に入れたとはいえ傷付いたら話になんねえから、注意して運べよ」


 返事を聞きながら、大男は空いている片手で麻袋を一つだけ持ち上げた。小柄な男が扉を開け、大男は注意深く辺りを見ながら店を出ていった。


「さてと……」


 残された小柄な男は麻袋の横を通り過ぎ、カウンターの内側で倒れる店主に近付いた。


「いやあまったく、今日の俺らは、ついてるぜ」


 口を覆っていた布を拾い上げると、兄貴と呼ぶ大男を真似て笑ってみせた。

 

 

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