第15話 占者の忠告

 

 

「こちらがルトとメイス。リメルとリメルフィリゼアであり、わたくしの友人たちよ」


 マリーは瑠都とメイスに手を向けながら、目の前の老婆に二人を紹介する。緊張した面持ちで老婆を見つめるルトとメイスを、マリーは猫のような大きな目に映した。


「あら、もう手は繋がなくていいのかしら」


「も、もうマリー」


 城に着いたあともしばらく繋がれたままだった手について言及してきたマリーを、瑠都は白い頬をほのかに染めてたしなめる。瑠都の横で、メイスも同じように赤くなっていた。


 おかしそうに目を細めたマリーが、仕切り直すように今度は手を老婆に向けた。


「そして、こちらが占い師のキィユネ。ジーベルグ一有名で、最も優れた占い師なの」


「ルト様、メイス様、お初にお目にかかりまする。占いを生業なりわいとしておりますキィユネ、と申します。この身ある内にお会いできるとは……」


「瑠都です、よろしくお願いします……」


「メイスです、あの……お願いします」


 漆黒のマントを身に付けしっかりとフードを被った老婆、占者のキィユネは、深く皺の入った顔を覗かせる。感慨深そうにしっかりとした眼差しで瑠都とメイスを交互に見比べた。


 いかにも占者といった、普通の人とは違う雰囲気を醸し出すキィユネの眼光に、瑠都とメイスは圧倒されて小さく言葉を発するだけだった。


「忙しいのに悪いわね。こちらから出向いたのに」


「何をおっしゃいます」


 生まれる前からマリーのことを知っているというキィユネがたくさんの指輪をはめた手で、マントの上から付けている首飾りに触れる。これまた不気味に輝く色とりどりの宝石を撫でながらマリーと会話するキィユネから視線を外して、瑠都とメイスは顔を見合わせた。


「なんか……すごく緊張するんだけど」


「僕も……。ものすごいこと言われそうなんだけど大丈夫かな」


 心配そうに身を寄せ合って小声で話す。そんな友人たちの不安も気にすることなく、マリーは豊かな赤い髪を揺らしながら明るい笑顔を見せている。


「最近は簡単な占いなら弟子に任せることも多く、それほど忙しくもないのです」


「そうなの? まああなたの唯一の弟子ですもの、それなりに才はあるのでしょうね。あら、そういえば今日はいないのね」


「今日は用事で隣町まで行ってもらっているのです」


「そう……キィユネの弟子はわたくしたちと同い年なのよ」


 突然マリーに話を振られて、瑠都とメイスは慌てて反応を示す。各々ぎこちなくも頷いたり、へーと声を上げた。


「あまり話はしてくれないのだけれど」


 残念そうに呟いたマリーは、すぐに明るい口調へ切り替えた。


「さあ、始めましょうか。あなたたちは下がっていて」


「しかし……」


 マリーは控えていた二人の侍女へ、外に出るように言った。マリー付きの二人の侍女は躊躇うような仕草を見せる。


「占いの結果がよくないものだったらどうするの。他の者に聞かれたくないでしょう。何かあったらすぐに呼ぶわ」


 それなら三人が部屋に残らずとも、一人ずつ占ってもらえばよいのでは、と侍女の一人は思ったが、マリーの答えは分かりきっていたので口にしなかった。


(だってわたくしは二人の結果も知りたいんだもの、とおっしゃいそうですわ……)


「例えばメイスは出世できないだとか」


「え、僕……?」


「例えばメイスはルトに愛想を尽かされることになるとか」


「だからなんで僕……?」


 さも当たり前かのようにマリーに自身の占い結果を予想されて、メイスは驚いたように声を上げた。しかしはっと横に立っている瑠都を見て、今度は不安そうな顔を見せる。


 愛想を尽かされる。まさかそんなこと、いや、もしかしたらあるかもしれない。表情に不安な気持ちが滲み出ているメイスに、瑠都はおかしくなって思わず笑ってしまう。


「大丈夫だよ」


 安心させるため落とされた瑠都の言葉に、メイスはほっとしたように胸を撫で下ろしたあと、照れを隠して笑った。


「では、失礼いたします」


 一度深く礼をしてから、二人の侍女は部屋から出ていった。


「さ、ルト」


 マリーは楽しそうに瑠都の手を引いて、着席させる。


「メイスも、早く!」


 所在なさげに立っているメイスも促して着席させると、四人の距離がぐっと近くなる。


 四人はそれほど大きくはない正方形のテーブルを囲っている。キィユネの隣にマリー、その隣に瑠都、そして瑠都の隣にはメイス。大きな室内にあってこじんまりとテーブルを囲むことでよりおかしさと楽しさが増し、笑みをこぼす瑠都。同じように笑っているマリーと目があった。


「なんでも聞いてくだされ。このキィユネ、力は衰え今はただ朽ちていくのを待つばかりではありますが、それでも何かお力になれることがあるやもしれませぬ」


「何を言うのキィユネ。お祖父様やお父様もあなたの力に助けられてきたのよ。昔も、今だって」


「いいえマリー様。衰えゆく力ではありますが、それでもはっきり視えることがあるのです」


 フードの奥の目は何かを見透かすように黒々と強い眼光を放っている。


「それは己の、占者としての死でございます」


 静かな部屋にキィユネの低い声が響く。


「占者には様々な終わり方がある。若くして力が弱まる者、急に視えなくなる者、死ぬまで衰えぬ者。老いていくこの身、最後まで失わぬものと思っておりましたが……近頃は以前に比べ視える世界も狭まりました。やはり私も、老いには勝てませなんだ」


 キィユネは悲しそうにか細く笑む。


「例え本当にそうだとしても、わたくしもお父様もきっと最後まであなたを頼るわ」


 そんなキィユネの肩に手を置いたマリーが当たり前だというようにそう述べた。


「だからあなたは誇るべきよ。王家が認めた尊い者、さあ、ルトだってメイスだってあなたに会うのを楽しみにしていたの。衰えを感じている暇なんてないんだから」


「……ありがとうございますマリー様」


 キィユネはマリーの姿にかつての王族の影を見た。

 若かりし頃からジーベルグで繁栄するこの血筋を見守ってきたが、皆等しく誇り高くも優しくて、慈悲深く、そして鮮麗で強い心を持っていた。


「ほら、始めましょう」


 マリーは軽く両手を叩き合わせた。


「何を見てほしいの? レスチナールで入った占い小屋では、ちゃんと占ってもらえなかったのでしょう」


 首を傾げながらマリーが瑠都に尋ねる。


「うん」


 それに頷いてから瑠都は思案した。

 リメルの館からここに来るまでの道のり、あれが聞きたいこれが聞きたいとメイスと語らっていたのに、いざこの時がくるといったい何から聞けばいいのか分からなくなる。


(あんなにいっぱい考えてたのに)


 困った顔で斜め横にいるメイスを見れば、メイスも同じように困った顔をしていた。


「もう、二人とも。ちゃんと考えておくのよって言っておいたのに」


「考えてはいたんだけど……いざこの場にくると」


 誤魔化すように視線を泳がせた瑠都に、乾いた声で笑うメイス。


「しょうがないわねえ、じゃあわたくしから。キィユネ、わたくしとトトガジスト様のことを占って」


「しかしマリー様、お二人のことはつい二ヵ月前にも占いましたが……」


「いいの、もしかしたら変わっているかもしれないじゃない」


 つんと澄ましてはいるが、早く、とキィユネを促すマリーは占い結果が気になるようだ。許嫁でもあるトトガジストに、マリーは恋心を抱いている。


 じっと見つめてくる瑠都に、マリーは言い訳を述べるように声を高くした。


「だって、 トトガジスト様は五つも年上で大人だし、すごく素敵な方なんだから。この少しの間にも、他の女性が言い寄ってるかもしれない」


 キィユネはテーブルの上に置いてある水晶玉に両手をかざした。瑠都の顔より幾分か小さな丸い水晶玉は綺麗に澄み切っていて、室内の明かりを反射させて輝いていた。


 目を閉じたキィユネを、三人が食い入るように見つめる。その状態のまま口を開いたキィユネは、柔らかな口調で話し始める。


「マリー様とトトガジスト様のご縁はやはり強く結び付き、決して揺らぐことのないものでございますよ。温かな家庭を築かれます。どこを探してもお二人の笑顔しか見つかりません」


「本当?」


「ええ」


 幸せそうに頬を染めたマリーに、瑠都はよかったねと声をかけた。頷くマリーは、本当に嬉しそうだった。


 恋をして、その人との幸せな未来が約束されている。瑠都はそれが、少しだけ羨ましかった。


「その水晶玉って、やっぱりとても重要なものなんですか」


 元いた世界でも、占い師と水晶玉はよく見る組合せだった。こちらでもそうなのかと疑問に思った瑠都に、キィユネは目を開けて答えた。


「ええ、私にとっては。もちろんなくても占えはしますが、これを使ったほうが精度も上がり、よく見えるのです。力を使うための媒介といいましょうか」


「なるほど……」


 輝く水晶玉を珍しそうに眺める瑠都の顔を、マリーが覗き込んだ。


「水晶玉に興味を持つのもいいけれど、占ってほしいことは思いついたのでしょうね」


 大きな猫目でたしなめられて、瑠都は背を伸ばす。


「うーん」


(恋愛運? でもメイスもいるし)


 普段一緒にいる時はあまり深く考えたりしないが、メイスは瑠都の夫である。その夫の前で恋愛のことを聞くのも、なぜか気が引けた。


(元の世界のこと、とか……でも、)


 そんなこと聞いて、どうするの。


 心の中で自分に問う。答えは見つからない。


「じゃあ僕、聞いてみたいことがあるんだけど、いい?」


 おずおずと申し出たメイスに、瑠都は縦に頷いてみせた。メイスは一つ咳払いをしてから、神妙な面持ちで尋ねる。


「自分で魔法を見つけ出したいんです。できますか」


 学生であるメイスは将来魔法員になることを夢見ている。同じリメルフィリゼアである魔法員のエルスツナに尊敬の念を抱いていることを知っている瑠都も、興味津々にキィユネの言葉を待った。


 キィユネはマリーの時と同じように水晶玉に両手をかざして目を閉じた。


「……冷たい牢獄のような場所に立つ、あなたの姿が見える。恐れの多い場所、心など見つからない深き夜。その時あなたに覚悟と勇気があるならば、ルト様を想う気持ちがきっと願いを叶えさせるでしょう」


 魔法を見付けることができる。そう解釈できるキィユネの言葉に、メイスの表情が明るくなった。

 意味深に語られた未来が多少恐ろしくはあったが、見つけられないと答えられることを考えればなんてことはない。


 覚悟と勇気。それは心の持ちようだ。そして、瑠都を想う気持ちとは。疑問を持ったメイスより早く、瑠都が目の前のキィユネに問う。


「私……?」


「そう、メイス様と魔法を結び付けるのは間違いなくあなたです。ああ、はっきりと分かる。そしてその時、ルト様あなたは――」


 キィユネは水晶玉から手を離し、左手で自身のこめかみに触れた。苦しげに眉を寄せたまま口を閉ざしたキィユネに、瑠都、メイス、マリーの三人が息を飲んで身を寄せた。


「――あなたは、常闇に気を付けるべきだ。飲み込まんとする闇がいくら忍び寄ろうと、決して心を許してはならぬ。印に刻まれた呪縛に惑うならその瞳を閉じ、記憶の声を呼び覚ませ」


 先程までとは違う雰囲気を纏ったキィユネに射抜かれて、瑠都は視線を逸らすことも許されない。


「恐れないでくだされ。何もすべての闇が牙を剥くわけではない。あなたには輝く光も見えるのです。今はまだ幼き心に隠れた眩い想い。扉を開けて覗いてみるといい。与えられた無二の灯火ともしびを確かに宿して……あなたは恋に身を焦がすのですから」

 

 

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