第9話 だから一緒に始めよう
リメルはこの世界に渡ってくる、異世界の存在。
リメルが訪れる場所は、その時々によって異なる。いつ、どこにやってくるかは、どんな識者にもどんな占者にも予見できない。
リメルの訪れは、魔法の発見の活発化を示している。そして、リメルが現れた国による発見が一番多いのだ。
魔法は、とある理由によってその姿を隠している。あらゆる物にひっそりと宿り、この広い世界に散らばっている。魔法の宿と呼ばれるそれらを見つけ、解読し、引っ張り出さなければ、その魔法を使うことはできない。
解読と使用に成功すれば、魔法の発見が公表され、世間一般がその魔法を使用できるようになる。
魔法が重要な物として扱われるこの世界において、発見する魔法の数、発見した魔法が強力かどうかは、国の威信に関わることだった。
よって、魔法の発見に大きく関わっているリメルの訪れを、どの国も待ち望んでいる。
ジーベルグのあるシマザラーガ大陸には、五つの大国がある。そのどの国にも、リメルが訪れたことがあり、リメルが過ごした住まいや文献が残されていた。
ジーベルグ城の後ろには、小さな森がある。城から一本道で続くその森の奥には、リメルの舘と呼ばれる屋敷があった。かつてジーベルグに訪れたリメルと、リメルの夫であるリメルフィリゼアたちが過ごした場所だ。三階建ての屋敷の外観は白く、前には噴水がある。
その屋敷の三階、これから先は自室となる一室で、瑠都は一人の老年の男と向き合っていた。
「遅くなって申し訳ありません」
一度瑠都に恭しく礼をしてから、その男は自身の胸に手を当てて名乗った。
「私はこの屋敷に勤めることになりました、執事のサフと申します。今まで田舎の屋敷でお世話になっていたのですが、リメル様、ルト様がいらっしゃったということで、スティリオ様よりお声かけ頂いたのです」
姿勢よく燕尾服を着こなしたサフは実直そうで、一見堅物のような印象を受ける。しかし微笑むと目尻が下がり、途端に柔らかそうな雰囲気を醸し出す。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。生きている間にその訪れを目にし、更にお仕えできるとは。まさに光栄の極みでございます」
優しげな目で見つめられる。低音で紡がれる言葉に、瑠都は照れたように曖昧に笑ってみせた。
「この屋敷はもう見て回られたのですか」
「いえ、まだ……」
「ではご案内しましょう。事前に屋敷の様子を確認しておりますので、お任せください」
この日、瑠都はミローネと共に初めて屋敷を訪れ、この世界に来てから用意してもらった私物を運び込み整頓していた。家具などはすでに設置されており、充分な広さがある部屋だったが、今滞在している城の客間よりも幾分か落ち着いた内装であり、瑠都は胸をなで下ろしたのだった。
リメルフィリゼアたちとの結婚式を終えたあとは、この屋敷、この部屋に住まうことになる。結婚式は、すでに数日後に迫っていた。
「ミローネも、久しぶりですね」
サフは、瑠都の後ろに控えていたミローネに声をかけた。瑠都もサフに続いてミローネの顔を見る。
「ええ、本当に……お久しぶりです」
ミローネはどこか感激の色を滲ませた声色で、まっすぐにサフの姿を捉えていた。
「お知り合い、なんですか」
「私が若い頃、共に城で働いていたのですよ。色々とお世話になった方なのです」
嬉しそうに瑠都に説明するミローネ。その様子をサフも微笑んで眺めている。微笑み合う二人を目にして瑠都は、いつか二人が共に働いていた頃の話を聞いてみたいと思った。
「ルト様やリメルフィリゼア様たちの自室は三階にあります。三階にはバルコニーもございますが、たいへん眺めがいいのです」
サフは瑠都がいた三階から案内を始めていた。眺めがいいと聞いた瑠都が目を輝かせたことに気が付いて、サフはまたそっと目尻を下げた。三人分の足音が響く廊下には、窓から暖かい日差しが降り注いでいる。
春の空気を感じながら進んでいると、階段まで辿り着いた。下っていくサフが途中で立ち止まったので、足下に気を付けてサフのあとに続いていた瑠都も不思議そうに止まる。サフは瑠都の後ろにいたミローネに対して口を開いた。
「ミローネ、ルト様にリメルフィリゼア様たちの婚姻のことは伝えてあるのですか」
「いえ……まだです」
言い淀むようにミローネは視線を落とした。
(婚姻……?)
瑠都はその言葉に首を傾げた。
「そうですか」
サフは短くそう言って再び歩き出した。瑠都は答えを求めてミローネを見たが、ミローネは眉を下げたまま曖昧に笑っただけで口を開かなかった。
長い階段を下り終える。二階も三階と同じようにいくつか部屋が並んでいる。随分部屋数の多い屋敷だと瑠都は思ったが、洋館など訪れたことはなかったのでこれが普通なのかどうかも分からなかった。
「リメル様が何人のリメルフィリゼア様とご結婚されるかは分からないので、もし三階の部屋数が足りない場合は二階の部屋をご用意することになります」
「三階の部屋でも足りないことって、あるんですか」
「ええ、あとから増えることもあるのですよ。確か前回のリメル様には十三人のリメルフィリゼア様がいらっしゃいました」
「十三人?」
思わず声を大きくした瑠都に、説明していたサフは頷いてみせる。
先代のリメルが存在していたのは二百年前。そのリメルも、このジーベルグに訪れた。
リメルが二代に渡って同じ国に訪れたのは初めてらしく、世間は今その話題で持ち切りだとフーニャが言っていたことを瑠都は思い出した。
そのリメルは十三人もリメルフィリゼア、夫を持っていた。六人でも多いと感じているのに、更に増えたらどうしようと瑠都は頭を抱えたい気分だった。増えませんように、と心の中で三度唱え終わった頃、サフが一度ミローネに目配せしてから切り出した。
「実は、二階に住む可能性のある方がリメルフィリゼア様以外にもいらっしゃるのです」
「リメルフィリゼア、以外……?」
「はい。リメル様のみ一妻多夫が認められていることはご存じでしょうか。一般的には夫一人に対し妻一人だと」
頷く瑠都に、サフは続ける。
「しかしもう一つ、例外があるのです。リメルフィリゼア様は特別に、リメル様以外に一人だけ、別の伴侶を得ることができるのです」
「え……」
「リメル様以外の女性と結婚し、別の家庭を持つことが許されているのです。実際過去にも、リメルフィリゼアに選ばれる前から恋人や妻を持っていた方、リメルと婚姻を結んだあとに別の女性とも恋に落ち妻とされた方もいらっしゃいました」
二階の部屋はその女性たちや子どもが住むことになる部屋だと、サフは言った。
「そう、ですか……」
思っていたよりもあっさりと、納得を示すような言葉が瑠都の口からこぼれた。
だから先程ミローネは言い淀んだのだ。瑠都に、夫となる人が他の妻を持つことになるかもしれないと伝えることを、優しさゆえにためらった。
瑠都はなぜか、少しだけ安堵していた。
これで、リメルフィリゼアに想い人がいたとしても、その恋が犠牲になることはない。リメルフィリゼアに選ばれれば、必ずリメルと結婚しなくてはならない。リメルのことが好きでなくても、必ず。
しかし他にもう一人と結婚できると保証されているなら、きっとその人と幸せな家庭を築いてくれるだろう。
(よかった……)
本心からそう思うのに、心の奥底で首をもたげる、この暗い感情はなんだろうか。
強制的な結婚。想われることを、期待してはいけない。本当に愛する人と、幸せな家庭を築いてくれるなら、それでいい。瑠都はただこの屋敷にいて、リメルという存在であり続ければいい。
そこで瑠都は、様子を窺うサフとミローネの存在を思い出した。はっとしたように笑顔を取り繕って、なんともないと装った。
(やめよう)
考え事は、いつだってできる。読書するふりをしながら、湯浴みをしながら、夜、一人になってから。目の前にサフとミローネがいる現状では、いらぬ心配をかけるだけだ。
「うわあああっ!」
その時、静かな屋敷に絶叫と共に大きな音が響いた。すぐ側で突然起こった変化に、三人は同時に音がしたほうを見た。
「いった……」
おかしな体勢で階段の下にうずくまっているのはメイスだった。ぎこちなく右手を後ろに回して腰をさする。どうやら階段から落ちたようだ。
「大丈夫ですか」
ミローネが慌てて駆け寄り、サフがゆっくり近付いていく。
「す、すみません」
ミローネに手を借りたメイスは恥ずかしそうに立ち上がった。サフが声をかける。
「お怪我はありませんか」
「大丈夫です、すみません。えっと……」
「私は執事のサフと申します。メイス様ですね、何か足を取られるような物がございましたでしょうか。清掃はきちんとしておくように指示を出していたのですが」
「いえっ、僕が勝手に踏み外しただけなんで……あの、ちょっと、リメル様がいると思ってなくて、驚いて」
少し離れた場所で様子を眺めていた時に急に名前を呼ばれて、瑠都は身を固くした。
「すみません……」
メイスが階段から落ちたのはどうやら瑠都に原因があるらしい。思わず謝った瑠都に、メイスが慌てて首を横に振った。
「あの、そういうつもりじゃなくて、僕がどんくさいだけで、えっと」
メイスはしどろもどろになりながら瑠都が謝る必要はないと訴える。次第に沈黙が訪れ、気まずい雰囲気が漂う。
目を合わせない瑠都とメイスを見比べて、サフは何か考えているような仕草を見せたが、すぐに助け船を出すように切り出した。
「メイス様、片付けはもう終わったのですか」
「ああ、はい、もう大体は。手伝ってもらったので」
今日は瑠都と、何人かのリメルフィリゼアが荷物を運ぶことになっている。城の使用人も手伝いのためにこの屋敷に訪れていた。
また一つ、足音が近付いてくる。
今度は下からやってくるその足音に、四人が注目する。
一階から階段を上って二階に辿り着いたのは、エルスツナだった。銀色の眼鏡をかけたエルスツナは相変わらずの無表情で、自分を見ている四人に驚くこともなく、向かってくる。
エルスツナの後ろには、いくつかの本の束が宙に浮かんで着いてきていた。涼しい顔で魔法を駆使しているエルスツナに、瑠都もメイスも瞳を輝かせたのだが、相手が相手なだけに何も口にしなかった。
「エルスツナ様、ご案内いたしましょうか」
使用人を連れていないエルスツナに、ミローネが声をかける。そのミローネを一瞥しながらも、エルスツナは横を通り過ぎる。
「いい。場所は聞いている」
「そうですか……」
一つに結んだ細い尻尾のような水色の髪を靡かせて、三階へ続く階段へ足をかけたエルスツナ。しかし不意に立ち止まると、振り返って瑠都を見た。後ろに浮いている本も静止してぷかぷかと浮いている。
「リメル」
「は、はい」
まさか話しかけられると思っておらず、少し上擦った声で瑠都は答えた。
「姫が早く来いと言っていた」
「マリー?」
エルスツナは城でマリーに会ったのだろう。瑠都はマリーとの約束を思い出しながらも首を傾げた。
「ああ、マリー様にお茶会に誘われていましたね。もう少し時間はあったと思うのですが、待ちきれなかったのでしょうか」
ミローネは仕方がないというように笑う。
「そうかもしれません」
瑠都も嬉しそうに笑う。こうなれば瑠都も早くマリーに会いたいという気持ちが高まってしまう。
その短い会話の間に、エルスツナはすでに足を動かし始めていた。興味がないというように去っていくエルスツナを、瑠都も見て見ぬふりをしながら視界の片隅で見送るしかなかった。
「参りましょうか」
「はい、あ、鞄取ってきますね」
「私が取って参ります」
「大丈夫です、すぐ戻ってきますね」
「あ、ルト様……」
ミローネの制止を振り切った瑠都が、階段を上がっていく。先に行ったエルスツナに追い付かないように比較的ゆっくりと進む。
その後ろ姿を見送っていると、サフがミローネの名を呼んだ。
「ミローネ、まだこの屋敷での支度が残っているのではありませんか」
「はい、けれどルト様をお一人にするのは、まだ……」
「では、メイス様がご一緒に行かれるのはいかがでしょう」
「えっ」
突然話を振られたメイスが驚いたように目を丸くする。
「もう片付けは終わっているとおっしゃっていたので」
「そ、そうですけど。マリー様のお茶会に、僕も……?」
「ええ」
「いやでも、僕にはお茶会なんて不釣り合いというかっ」
「大丈夫です。実はここに来る前にスティリオ様とマリー様にお会いしていたのですが、マリー様はルト様はもちろんのこと、リメルフィリゼア様にも随分興味がおありのようでしたから。きっとお喜びになられますよ」
目を細めるサフに返す言葉がなく、なんだか言いくるめられた気がすると思いながらも、メイスは渋々頷いた。ミローネも微笑みながら口を開く。
「では、お願いしますね」
「は、はい……」
思わぬ展開に、メイスはうなだれる。これからのことを考えると、気が気でない。そのメイスの様子を、また何か考えるような面持ちでサフがじっと眺めていた。それに気付いたメイスが、首を傾げる。
「あの……?」
「ああ、失礼いたしました」
サフは一度礼をすると、メイスに向き直った。
「メイス様は、ルト様とお会いするのは何度目なのですか」
「えっと、二回目です」
「そうですか……どうりで……」
サフは納得を示すように細かく何度も頷いた。これにはミローネも戸惑ったようで、メイスと同じように首を傾げている。
「どうか、しましたか」
おそるおそる尋ねるメイス。
「いえ、ルト様とメイス様は同じ歳だと伺っていたものですから。もう少し親しくされていると思っていたのです。どうやら、そうではないようなので」
「あ……」
メイスははっとしたように口を開いてから、すぐにサフから視線を逸らした。気まずそうにするメイスの頭の中が真っ白になる直前で、鞄を持つ瑠都が三階から戻ってきた。
ミローネがメイスが共に行くことになった旨を伝えると、瑠都も驚いていた。サフに促されて、瑠都とメイスは二人でお茶会へと向かっていった。
「……少しお節介が過ぎるのではありませんか、サフさん。メイス様にあんなこと……考え込んでいらっしゃったではありませんか」
遠くなっていく瑠都とメイスの後ろ姿を見送りながら、ミローネがサフを
「近頃の若者は奥手ですからね。老いぼれめがお節介でも焼きませんと」
目尻を下げていたずらっぽく笑うサフに溜息をつきながら、この人は相変わらずで昔とちっとも変わってないな、と思うミローネであった。
瑠都とメイスは、城まで続く一本道を並んで歩いていた。森の中の一本道なので、緩やかな風に揺られる木々のざわめきが二人を包む。城まで馬車でいくこともできたのだが、歩ける距離なので断った。
二人の間では時折言葉が交わされるものの、盛り上がるわけでもなく、お互いにお互いが距離を置いていると分かってしまっていた。
「じゃあ、メイスさんは魔法員になりたいんですね」
「そうなんです、ルーガさんとかすごい憧れの人で……」
「そうなんですね……」
沈黙が漂う。必死に話題を探すメイスが辿り着いた結論は、魔力の受け渡しについて話すことだった。
「そうだ、あの、魔力足りてますか」
もっと他の言い方もあっただろうかと、メイスは内心で慌てる。しかし瑠都はメイスの言いたいことが分かったのか、小さく微笑んだ。
「じゃあ、お願いしてもいいですか」
瑠都が手を差し出す。ゆっくりと伸ばされたメイスの手が、そっと触れた。
瑠都には、この世界に存在するために必要な魔力がない。そのため、リメルフィリゼアから魔力を受け取る必要があった。その代わり、瑠都にはリメルテーゼと呼ばれる特殊な魔力がある。送られてきた普通の魔力と同じ量のリメルテーゼが、リメルフィリゼアへと返される。
魔力を送るために、手を繋ぐような格好で歩く。一見時間がゆったりと過ぎているように思えるが、二人ともなるべく手から意識を逸らそうと、頭の中では様々なことを考えていた。
共通しているのは、繋がれた手から流れてくるお互いの魔力の温かさを感じていることだけだった。
メイスは、もしこの場面を家族や友人に見られたなら、きっと大騒ぎになるのだろうと思った。相手がリメルだということもあるが、単にメイスが異性と手を繋いでいることが珍しいからである。そのメイスがもうすぐ結婚までしてしまうのだから、人生などどこでどうなるか分からないものだ。
今横を歩いているリメル、瑠都もそうなのだろう。この世界に来るまでは結婚するなど考えていなかっただろうし、その結婚相手が六人もいるだなんで、驚いたに違いないのだ。
メイスの体の中に、瑠都から送られた特別な魔力、リメルテーゼが巡っていく。温かい魔力が全身に広がって、内から満たしていく。
リメルテーゼを分け与えられた者は、元からある自身の魔力の質が上がり、幸福や成功、安泰が約束される。更に自然や魔法からなど、様々なものからの祝福がもたらされる。
つまり、こうしてリメルテーゼを受け取っているメイスは、幸福になることが天から約束されたということだ。
(……あれ、じゃあ、この人はどうやって幸せになるんだろう)
メイスは弾かれたように顔を上げて、横を歩く瑠都を見た。瑠都はまっすぐに前を見据えている。穏やかそうに見えるその横顔がほんの少し憂いを帯びている気がして、メイスの心臓が早鐘を打つように激しく鼓動する。
メイスも、他のリメルフィリゼアもきっと、幸せだったと言えるような人生を送るのだろう。だったら、その幸せになるためのリメルテーゼを分け与えた瑠都はどうなのだろう。天に決められた人と結婚して、幸せになっていく夫たちを見ながら、どんな気持ちで生きていくのだろう。リメルフィリゼアとは違って、瑠都は幸せが約束されているわけではないのだ。
(なんだよ、それ。そんなこと、あんまりだ)
いつの間にか、メイスから瑠都に送られていた魔力が止まった。しかしメイスはそれに気が付くことなく、繋がれた手はそのままに歩き続ける。
『ルト様とメイス様は同じ歳だと伺っていたものですから。もう少し親しくされていると思っていたのです。どうやら、そうではないようなので』
メイスは先程サフに言われたことことを思い出した。リメルフィリゼアの中で、瑠都と一番近い立場にいるのは自分だという自覚が、メイスにもあった。
同い年であり、この国において重要な役割を果たしている他のリメルフィリゼアたちとは違って、メイスは未だ学生。あの顔合わせの時も、目に見えて緊張していたのは、六人の中でメイスだけだった。
瑠都も、元の世界では普通に生きていたのだという。特別な立場でもなく、家族や友人があって、普通に学校に通っていた。
その一番近い立場にあるはずのメイスが、瑠都を「リメル」という存在であるということだけで遠ざけてしまっている。
(何をしてるんだろう、僕)
一度考えてしまえば、自責の念が蜷局を巻くようにメイスの中に積み重なっていく。
例えば隣を歩いているのがリメルではなく、ただ同い年の少女であったなら、もっと様々な話題で会話できていたはずだし、なんの躊躇いもなく顔を見ていたはずなのだ。
『――でも、きっと、不安でしょうね』
その時、以前母から言われた言葉がメイスの中に蘇った。瑠都を案じた、母の言葉。
『突然違う世界に来てしまって、もう、戻れないんでしょう。寂しくないはずがないもの。ねえ……守ってあげなさいよ、メイス』
あの時メイスは、分かっている、と答えたのだ。そう答えた、はずなのだ。
メイスが柔らかな瑠都の手を強く握り締めた。突然加えられた力に驚きながらメイスに向けられる黒い瞳。その瞳から決して逃げないように、赤くなる顔を隠さないままメイスは握っている瑠都の手を引き寄せた。
少しだけ近くなった距離。立ち止まって向かい合う格好になった二人の髪を風がなでていく。
「ごめん!」
「え?」
突然謝ったメイスに、瑠都が目を丸くする。
「リメル様は、じゃなくて……ル、ルトの気持ちも何も、考えてなかったから」
その言葉に、瑠都は首を横に振った。メイスは構わずに続ける。
「始まりは唐突で、それに戸惑うのも、それでも受け止めるのも、僕とルトは一緒なんだと思う。それなのに、壁を作ったり、距離を置いたりするのは、やっぱり違うと思うんだ。……リメルフィリゼアには幸せが約束されてるのに、どうしてルトはそうじゃないんだろうって考えてた。でもそんなことどうでもよくって……天から与えられなくてもいい、ルトの幸せは、僕が約束する」
「メイス……」
瑠都の口から、メイスの名がこぼれた。敬称をつけるだとか、そういうことも何も考えず、ただ素直にこぼれた、目の前の人の名前。
「頼りないし、他の人に比べて魔力だって充分じゃないだろうし。だけど、同じ目線で、隣を歩くことならできる。この先も、ずっとそうだ。躊躇いもなく、無理することもなく、ふと隣を見たらそこにいて、なんでも言えるような、そういう存在になりたいんだ。だから、」
メイスは、瑠都の手を握っている手に、更に強い力を込めた。この先も決して離さない、離れないでほしいと、誓いを込めるように。
「だから、ずっと、側にいてもいい?」
相変わらず顔を赤くしたままだったが、メイスは瑠都の目を見たまま問うた。
「うん」
瑠都は一度小さく頷いた。そしてすぐにまた、今度は大きく頷くと、笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう……嬉しい」
そう言われて、やっとメイスの表情も綻んだ。再び城に向かって歩き出す。変わらず手は繋がれたままだ。
「やっぱり、慣れだと思うんだ。こうして魔力を渡す以外でも繋いでれば、緊張することもなくなるかと思って」
「そうかも」
繋いだ手を少し振りながら言ったメイスに、瑠都が同意する。
「私、誰かと手を繋いで歩くのもすごく久しぶりなの。子どもの時以来かもしれない」
「僕もだよ。昔は幼なじみたちとはたくさん繋いだんだけど」
たわいもない話をしながら城まで歩いていく二人の表情は、屋敷を出た頃と比べると随分明るかった。城に到着し、意味深な笑みを浮かべたマリーに繋いだままの手を指摘されるまで、お互いの温もりが失われることはなかった。
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