第2話 あたしは気づく

 いよいよ、魔法学校の最終日。

 夕方からの卒業パーティ、あたしは朝からオトのために目一杯着飾った。ふわふわと目一杯膨らませたスカートが揺れるのが気持ちがいい。キラキラだっていっぱい付けたわ。化粧だって今日はいっぱい塗ったの。私の持っている中で一番高いイヤリングとネックレス、指輪をつければ完成よ。


 そして、いいことを思いついた。

 オトはあたしと結婚するんだもの。みんなの前で宣言したっていいじゃない。

 そうよ、ファティマとの婚約は当然破棄よね。


 フリルがついてなくビジューもほとんどないドレスに身を包んだファティマが特科クラスの友達に囲まれていたのを見つけたので、あたしは近寄って行った。

 ちょうどオトがマックスとヨハンと一緒にこちらにやってきたので、あたしはマックスの腕にしがみついた。

 そしてファティマに向かって言ったの。


「ファティマさん、オトマールさんはあなたとの婚約を破棄するわ」


「いままでずっとあたしをいじめてきたこと、オトは全部知っているわ。

 オトはあたしと結婚するのよ」

 ファティマさんは、口を開けて閉じて、そして視線をオトに向けた。


「リュメリーヌさん、なんでそう思ったんだい?」

 オトの声は、あいかわらず優しい。

 あたしはオトを見上げた。

「だって。卒業したら結婚するって。もう待てないって」

「誰と?」


 そのとき初めてあたしは、オトの声がただ優しいだけなのに気付いた。

「誰と?」

そう問いかけたオトの声には、あたしに対してあるはずの感情がなかった。


 あたしは周りを見回した。あたしを崇拝しているマックスやヨハンにすがろうとした。

 マックスもヨハンも、ただあたしを見ていた。呆れた表情というのだろうか。そこにはやっぱり、あたしを好きだという感情は見られなかった。

 え、あたしを好きだったんでしょう。オトに嫉妬して顔をゆがめるくらいに。

 あれほど特科クラスではいつもあたしの側にいたのに。


 そのときあたしは気付いた。あたしの側にいたんじゃない、オトの側にいたんだ。

 そして、あたしはオトの腕を離した。

 あたしから解放されたオトの腕は、そのまま彼の体の横に沿われた。


 一歩後ずさったあたしに、オトはもう一度優しく声をかけた。

「誰と? ボクは誰と結婚するって君に言った?」


 言ってない。誰と結婚するって言ってない。あたしと結婚するって、オトは一言も言っていない。


 この人は誰? あたしを好きだった人ではないの?


 オトはいつも微笑んでいた。それだけだった。

 あたしが聞いたら短く応えるけれど、それだけ。昼休みの間だって、マックスやヨハンとだけ話していた。あたしはただ、オトの腕にすがったり、腰に後ろから抱きついたり、肩に触れたりしていただけ。


 え? あたしはオトとつきあっていると思っていた。恋人同士だと信じていた。

 だって、あたしが触ったって、オトは嫌がらなかったもの。あたしが聞いたら、なんでも答えてくれたもの。あたしが側にいたって、追い払わなかったもの。


 ただ、それだけだった。追い払わなかった。答えた。それだけ。

「うそ……」


 あたしが手を離したオトは、ファティマの目の前に立ちその手をとった。右手の甲を持ち上げ、そこに唇を落とした。

 そしてファティマの腰を優しく抱いてあたしに向かって立った。


 そんなこと、あたしは一度もされたことがない。


「ボクが結婚するのは、このファティマだよ。ボクが一目惚れして婚約者になってもらったんだ。

 ボクもファティマも魔法高等学校に進学が決まっているのだけれども、もう待てないから学生結婚をすることにした。高等学校の許可ももらったよ」

「もう、全部勝手に進めてしまうんですもの。父にはまだ早いって何度も言われましたのに」

「だから、何回でもティマの家に通っただろう。ティマの父君の許可が出るまで」


 そこは二人だけの世界だった。

 はにかんで下を向きながら上目遣いでオトを見つめるファティマ。それを嬉しそうに見返すオト。

甘く熱をもつオトの瞳なんて、あたしは知らない。

 あたしに対していかにオトが無関心だったか、あたしは思い知らされた。



 * * * 



 オトは、ファティマの腰にまた手を回して、あたしに向かい合った。

「なんでキミがボクの結婚相手だなんて勘違いしたんだい?

 第一ボクは、卒業したらと言ったはずだ。キミは卒業できなかっただろう」


 オトが言ったことに、あたしは驚いた。

 あたしは卒業したはずだ。だってこの卒業パーティに出られるのだから。

「この卒業パーティへの案内をもらって……」

「その手紙に、卒業式の案内は入っていたかい?」


 卒業式の案内? 入っていたのはあたしの名前が書かれた卒業パーティの知らせだけだった。

 びっくり顔のあたしに、オトの指摘が合っていたのがわかったのだろう。ヨハンが一歩近づいた。


「今日は午前中に卒業式があったんだよ。これは、卒業できる者と来年度の最高学年が案内される。さすがに卒業できない者にとっては酷だからね。

 僕たちは制服で卒業式をして、その後着替えてこのパーティに出たんだ。

 卒業パーティは最終学年のお別れパーティでもあるから、卒業できない魔法学校通学者と呼ばれる者にも、案内が渡されるのさ。その後のつきあいのこともあるしね。

 数日前に卒業者一覧が張り出されていただろう。見なかったかい?」


 卒業者一覧? 伝言板なんてここ何日も見なかったもの。毎日見ろって先生は言っていたけれども、忙しくてたまに見に行っただけ。

 だって、最終学年が終わったんだもの。当然卒業できると思うじゃない。


「学力が足りなければ卒業できないと、最初に言い渡されていたはずです」

 そこには、あたしの担任のイーゲル先生がいた。

「赤点、追試のオンパレード。魔法学どころか、一般教養も危うい。座学もダメ、実技もダメ。

 これでは卒業できないと、最終学年は無理だと、私は何回も言ったでしょう。

 一年に入り直すべきだと、ファティマさんにお願いして言ってもらってもいました。うちのクラスにはお友達がいないようでしたので」


 はぁとイーゲル先生からため息がもれた。

「理解されていなかったようですね。あれだけ口を酸っぱくして言ったのに。

 あなたは、ヒルシュ国立魔法中等学校の通学者となります。卒業者の資格はとれず、高等学校にも入学できません。

 当然、国の機関に就職もできません。というか、何回聞いても最終学年終了後の進路を言いませんでしたよね。

 ああ、そう言えば先日の面談では、お嫁さんって言ってましたね。それでどなたと結婚するのですか」


 イーゲル先生は、あたしに向かって一気に捲し立てた。

 あたしの周りから、クスクスと小さく笑い声がした。特科の人たちかしら。

 違った。特科だけじゃなく、その周りにいる普通科の人たちも笑ってる。休憩時間はいつも特科に行っていたから、お話する時間だってなかった人たち。

 まさかあたしが笑い者にされるとは思ってもいなかった。


 一気に顔に熱がのぼった。きっと真っ赤になってしまったに違いない。


 オトはいつもの微笑んだ顔であたしを見ている。

「おまえがそんな風に優しく接するから、勘違いされるんだよ」

「だから、あなたは誤解されやすいから嫌なことははっきりと伝えるように申しましたのに」

マックスとファティマがオトに言う声が聞こえる。


 もう耐えられない。

 あたしはオトに好かれてなかった。マックスにもヨハンにも。

 卒業さえできなかった。天才なのに。天才……?


『魔法学校は天才の集まりです。綺羅星にならずとも、何等級でもいいからあなたなりに輝く星になるのですよ』

 これはあたしが故郷を離れるときに、故郷の先生が言ってくれたこと。

 天才ばかりの中では、あたしは天才じゃない?


 あたしはスカートをひるがえして、出口に向かった。


 人垣が割れた。


「まさか、卒業できると思っていたなんてな。自称天才、実は……」

「あの格好も化粧も。田舎者丸出しよね」

「ゴテゴテして。飾ればいいってものじゃないわ」

「同じクラスだと思うと恥ずかしい」

「媚を売って、一人芝居で」


 聞こえてくるささやきは、すべてあたしをバカにしたものだった。

 がんばって着飾ったのに。

 あたしはみんなに好かれてなかったの?


 そのままあたしは、寮の部屋にもどって、ドレスを脱いでベッドに潜り込んだ。

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