代わりに婚約破棄と言ったら、しないと言われた~勘違い女子は突っ走る

銀青猫

第1話 あたしは花嫁になる

 ヒルシュ国立魔法中等学校の卒業パーティ。あちこちで友人同士の話が盛り上がっている頃、あたしはあの女ファティマを見つけた。

 艶々の髪を結い上げ、薄紫色のマーメイドのドレスが体のラインを出している。背筋を伸ばして、友人たちと話をしている格好が、お高くとまっている。

 もうこの国に貴族はいないけれど、上流階級という言葉が頭に浮かんだわ。


 よし、今だわ。

 ちょうどこちらに来た首相の息子のオトマールの腕に、あたしはすがりついた。

 あたしはみんなに聞こえるように大きな声を出して、あの女にこう言ったの。

「ファティマさん、オトマールさんはあなたとの婚約を破棄するわ」


 横でオトが息を飲む音が聞こえた。

 そうよね。あたしがあなたの言いたいことを先に言ちゃったから、びっくりしたわよね。


「リュメリーヌさん」

あたしの名前を甘く呼びながら、あたしを崇拝しているマックスとヨハンも、あたしのすぐ側まで来た。二人とも格好いいのよ。オトはもっと格好いいけれど。

 リュメって呼んでっていつも言っているのに、一年経っても照れて呼んでくれないんだから。

 彼らはあたしの側で、特科クラスの卒業生たちがあたしを取り囲もうとしているのを守ってくれているのね。


「リュメリーヌさん……」

 あの女ファティマは、あたしに向かって口をあんぐりと開けてから、それに気づいたように慌てて口を閉ざした。

 会場のざわめきが大きくなってきたわ。当然よ。あたしが今日の主役ですもの。



 * * * 



 ファティマはあたしの恋人オトマールの婚約者だった。

 小さい頃から家同士で約束していたって言ってたけれど、今時婚約者なんて流行らないわよね。

 それに、私が特科クラスにいつ遊びに行ったって、二人が一緒にいた姿なんかみたこともないわ。きっと、政略結婚のための婚約よ。


 この歳になってから魔法が使えるようになったあたしは、故郷の人たちに「素晴らしい、天才」と言われながらヒルシュ国立魔法中等学校、通称魔法学校に入った。

 一年生に入学するように言われたけれど、あたしと同じ歳の人たちは最高学年だったので、あたしもどうしてもそこがいいって言ったの。そしたら、編入という形にしてくれたわ。だって、チビの中にあたし一人なんて、どんな顔をして授業を受ければいいのよ。

 学力が足りなければ卒業できませんよと言ってたみたいだけど、あたしは天才ですもの。大丈夫よ。


 そうして学校が始まったある日、うっかり校舎で迷子になっちゃったの。だって、この学校、とても広いのよ。


 あたしのクラスとは違う棟なのかな。そういえば途中で窓から庭が見える渡り廊下を通ったような。

 花がいっぱい咲いていて綺麗だな、あたしの故郷も花がいっぱいかな、って、歩きながらちょっとぼんやりしてたのよね。


 そしたら、なんかキラキラしたクラスがあったの。教室はあたしのクラスと一緒なんだけれど、中にいる人たちがキラキラ。

 教室の扉の上にあった札は、特科クラス、しかもあたしと同じ最高学年。


 同じ学年なのになんでこのクラスだけ離れているのか不思議だったけれど、キラキラした人たちを眺めていたら、オトマールが扉から顔を出してあたしに声をかけてくれたの。

 すごいイケメン!

 オトのことを初めて見たときは、心臓が口から飛び出すかと思ったわ。もうあたしの理想どんぴしゃだった。きっと真っ赤になっていたんじゃないかな。


「自分のクラスがわからなくなって。あたし編入生なんです」

 オトは微笑んでうなずいて、教室の中に一声かけると、あたしをクラスまで送ってくれた。


 このときオトは、自分は首相の息子だって教えてくれた。あたしが父親の仕事のことを何回も何回も聞いたからなんだけど。

 偉い父親の子どもは格好いいんだな、きっとこの人も首相になるんだなって思ったわ。


「困ったらまた来てもいいですか」

 あたしのそんなお願いに、オトは微笑んでくれた。

 よし、また来ていいって!やったー!


 それからあたしは、休憩時間に動けるときは、できるだけ特科クラスに行った。お昼休憩の他に、午前の真ん中の休みも。

 オトマールはあたしが側に寄ると微笑んでくれるの。オトマールの近くにいるマックスとヨハンも、いつもあたしに声をかけてくれてたわ。


 お昼に食堂で後ろをついて歩いたときは、あたしが財布を忘れたことに気付いて奢ってくれた。ラッキー。

 あたしってうっかりやさんだから、ときどきお財布を持ってくるのを忘れるんだけれど、その度にオトかマックスかヨハンが奢ってくれるの。

 やっぱり三人とも、あたしのことが好きなのね。


 そうやって、一年間のほとんどの休憩時間や昼休みを、あたしはオトやマックス、ヨハンと過ごした。

 あたしがオトの腕にすがりついても、背中に突然抱きついても、オトはにっこりと笑って、そんなことをしてはダメだと優しく言ってくれた。

 もう、恥ずかしがり屋さんなんだから。

 そうわかっているから、あたしはオトにくっついたままにしていた。だってイケメンとの密着って、恋人の特権でしょ。

 マックスやヨハンは顔をしかめたりやめろって言ったけれど、きっと自分もやって欲しかったのよね。


 オトの婚約者ファティマは、婚約者のいる男性の腕にぶらさがったり抱きついたりは非常識だと何回も言った。

 もう、しつこい。

 オトが振り払わないから、いいじゃない。彼はあたしの恋人なのよ。きっとあたしに嫉妬しているのね。


 それに、ファティマはあたしに、授業に遅刻するなとうるさい。

 しかたないじゃない。休憩時間が終わるまでここにいたら、もう自分のクラスは始まっているんだもの。

 そう言ったら、来なければいいですって。あたしのことバカにしているんだわ。


 赤点をとるのは恥ずかしいとも言われたわ。だって勉強するよりもオトやマックスやヨハンといた方が楽しいじゃない。

 やっぱり一年から学んだ方がって、何様のつもり?

 ファティマにそう言われてあたしがぷんぷんしていると、オトはいつも困った顔をしてくれた。

 自分の婚約者がこんな人で、オトも困っちゃうわよね。いいのよ、気にしないから。

 きっとあたしが特科クラスに来てオトに会っているのが邪魔なのよ。いくら婚約者だからって、オトの自由を奪う権利はないはずよ。


 あたしが試験で赤点をとったときや、魔法の実技が追試になったときは、オトはあたしにもっと勉強するようにと言って、図書館で本を選んでくれた。

 本を読むと眠くなっちゃって、ほとんど進まないんだけど、せっかくオトが選んでくれた本だから借りた。何冊もあったので、枕にはちょうどいい高さだったわ。


 そんな日々もあと少しってとき、あたしはオトにきいたの。

「卒業したら、結婚するの?」

って。

「もちろん。もう待てないからな。学生結婚になってしまうが」

 その言葉に、あたしの胸は高なった。きっと顔が赤くなっていたわ。


 その日の夜は、何度もこのときのオトの顔と声を思い出して、寮のベッドの上で枕を抱えてジタバタした。なかなか眠れなかったわ。気づいたら朝だったけど。


 ああ、もうすぐオトと結婚だわ。卒業式が終わったら、いつどんな結婚式をあげるのかのお話があるのかしら。

 もちろんお互いの両親にも相談してお話をしないとね。私の故郷にもオトは来てくれるのかしら。


 ウェディングドレスはどうしよう。あたしの夢を詰め込んでオーダーしたかったけれど、お金はないし、時間も間に合うかどうかわからないわね。

 オトが作ってくれないかな。

 そうしたら、スカートはふんわりと膨らませて、その上にチュールを何枚もかぶせて、上はフリルやレースをいっぱいにして、ウエストはやっぱり大きなリボンよね。リボンの端を後ろに大きくなびかせるの。

 ついでだから、パールのネックレスもオトが買ってくれないかな。


 聖堂はピンクと水色の花でめいっぱい飾ってもらおう。キャンドルで雰囲気を出して。

 披露宴には、おいしい食べ物がいっぱい欲しいわ。ケーキも何種類もあれば、女性は喜ぶわよね。もちろんあたしも全部食べるわ。

 いくらかかるかわからないけれど、首相の息子の結婚式ですもの、りっぱにしなくちゃ。お金はオトの家が出してくれるよね。


 そういえば、学生結婚ってどういう意味かしら。ああ、オトがまだ学生だからなのね。魔法高校に進学するのかな。

 あたしは卒業後はもちろんオトの花嫁しかないわよ。魔法高校だって他の学校だって、受験していないもの。

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