18

 石造りの門の前で女は丁寧に頭を下げた。

「二年間、大変お世話になりました」

 頭を下げられた兵服の中年の男は片手を横に振る。

「いやいや、君の実力ははっきり言って一番だった。全く、失うには惜しい人材だ」

 男の数歩後ろの扉から数人の兵士達が二人を覗いている。

「しかし、君はこんな所にいるべきでは無かったという事だろう」

「いえ、今こうして清々しい気持ちでいられるのもこの仕事のおかげです」

 兵服の男は苦笑いして、顔を上げた女の肩に手を置いた。

「頑張りたまえ。きっと君なら多くの人の支えになれる」

 頷いて男は手を離した。

「ありがとうございます。それでは」

 振り向いて女は門を後にして、森の入り口に立っていた青いローブの女と合流する。




「っと。この辺りでよろしいでしょうか」

 着地した青ローブの女にええ、と返事をして、女は墓石の並ぶ墓地を見回した。青々と葉の茂る木が生えている方へ進む。

 立ち並ぶ真新しい墓石の中、風化して角の丸くなった名前の刻まれていない墓石の前で女は立ち止る。しゃがみ込み、三つ、それから端に一つ小さな石が置かれている計四つの石を見つめた。そのうちの一つは他の石同様に新しいものだった。

「世界は、段々平和になってきているわ」

 呟いて、女は立ち上がった。来た道を引き返して青ローブの女に軽く頭を下げ、雑草を踏んで墓場の門へと丸い石の道を歩いて行く。




 門の前に立っていた兵服に金バッチの青年が敬礼した。

「ご就任、おめでとうございます」

 女は立ち止り、青年を見た。

「まだ就任式はしていないわ。でも、ありがとう」

 少し照れている青年に微笑みかけて女は門を通り抜けた。街を見回しながらレンガの道を進む女に、通行人に紙を配っていた背の高いのっぽの男が一枚差し出す。

「お嬢さん、大ニュースの速報だよ」

 受け取って歩きながら女は紙を眺めた。紙を手にした町人たちが道の端で騒めいている。泣いている者もいれば、不安そうに女を見る者もいた。

 紙に書かれていたのは勇者自殺の報道で、小見出しには争いの象徴、人、魔物両者から賛否両論の声と書かれている。

「……帰国早々嫌なものを……」

 微かに眉をひそめ、ため息をついて紙を丸める。ローブのポケットに押し込んで女は角を曲がり、人気のない家々の間の道を通った。灰色に黒い縞模様の猫が横を通り過ぎる。真上に昇る日の光が屋根と屋根の間から差し込む。


 道を抜けた城壁の端で、木製の椅子に座った少年が弦楽器を抱えて膝に置いた紙にペンで何かを書き込んでいる。女が少年の前で立ち止まると、少年は顔を上げた。

「あの、すみません。今日から数日は活動休止なんです」

 ぺこりと頭を下げた少年の膝からペンが転げ落ちる。女は身をかがめてペンを拾い、少年に手渡した。頭を下げた少年の膝の上の紙に目を向ける。

「新曲を作っているのかしら」

「は、はい。お父さんから出された課題で、あの盗賊の歌を書くようにと……」

 ペンを手に少年は紙に向かい、首を傾げる。

「でも、二歳で平和交渉するなんて一体どんな方だったんでしょう……」

 考え込んでいる少年を見下ろす。

「完成したら聞かせてちょうだい」

「はい。お待ちしてます」

 少年はにっこりと笑いかけて紙に再び書き込んだ。女はその場を離れ、騒めいている大通りの方へと戻る。



 屋敷の中に入り、手紙の溢れているポストを開けた。

 白い封筒がばさばさと芝生の上に落ちる。全て拾い上げ、その中から一つを引き抜いて封を切った。取り出した手紙を眺めて、封筒に戻す。

「あ、丁度良かった」

 門の外からかけられた声に手紙を花壇の縁に置いて顔を上げた。礼服を着た夫婦が女の方を向いている。

「ちょっと早めに来るように言われて……もう行かなきゃなんないんだ」

 申し訳なさそうに妻は女を見た。

「帰ってきたばかりで本当にごめんね。出来るだけ早く戻ってくるから」

「大丈夫です。何かあったらご連絡します」

 夫婦は女に頭を下げて、早足で去って行った。女は門の外に出て、金属製の門を閉めた。家々の手前には花壇が並んで屋根の縁を小鳥が歩いている。



 周囲の声が変わったのに、女は立ち止って空を見上げた。

 雲の少ない青い空を白い飛行船が横切っている。


 飛行船から目を離し、少し歩いて民家の扉の前で止まる。

 三回ノックして鍵のかけられていない扉を開けて、女は中に立ち入った。

「お邪魔します」

 入り、扉を閉めて鍵をかける。

「あのね、テラから手紙が来ていたのよ。なんでも来年には卒業して、お菓子作りの道に進むんだとか」

 鍵を棚の、黄色い花の差された花瓶の横に置く。

「それからプルが本屋でバイトを始めたらしいわ。学校に行かなきゃならないから、あまり時間は無いって言ってるけど、また遊びに来るって」

「ねえ」

 話を止めて女は振り向く。


 窓際の日差しの中で椅子に座った男が笑っている。

「僕、皆を守るんだ」

 女は男の顔を見ていた。

「そうね」

 口角を上げ、微笑みかける。




 伝説の勇者が盗賊に世界救えとか言ってきた


          完



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