14

「はい。そうです」

 真っ直ぐと鬼の顔を見て返事をしたパタに魔物達が身を構えて一斉に剣を向ける。

 鬼は一瞬目を開いて、表情をしかめた。

「はっ、結局テメェはその力無しには何も出来ねえんじゃねえか」

 呆れたような目を鬼はパタに向けている。

 パタは直立し、黒い目で鬼を見ていた。

「例え努力無しで得た力でも、誰かを守れるなら僕は迷わず使います」

 鬼の眉が微かに動く。パタの上着の肘から染みた血が床に垂れて、鬼に向けられた黒い瞳孔の開いた両目に日の光が白く映っている。



「そうですか。でしたら、応戦しましょう」

 鬼がは、と声を漏らして狼男の方を見た。

 魔物達が視線が集まる中、狼男はゴーレムの腕を押しのけてパタを見る。項垂れ、爪のむかれた狼の手を額に当てる。


 魔力が瞬時に狼男の手から頭に流れ込んだ。

 声を噛み殺した狼男を鬼は目を開ききって見つめる。

「……な、何してんだ」

 目を開いて俯いている狼男に歩み寄り、狼の耳の生えた頭を荒々しく掴んで顔を上げさせる。焦点の合わない目が鬼の顔を捉えた。

「何してんだっつってんだろうが! 答え……」

 狼男がパタの方を向く。片手に魔力が溜められた。

「勇者を殺します」

 緩んだ鬼の手を振り払って天井に手を向けた。

「光魔法!」

 唱えると共に天井付近に輝かしい光の球体が形成される。鬼と魔物達が目を瞑り、白く発光する球体の光を浴びて狼男の全身に毛が生えてスーツと、その下のシャツのボタンがはち切れる。

 光の中でパタは立ち尽くして狼男の方を向いていた。

「お、狼先輩……」

 白い光が部屋の家具が見えるほどの明るさにまで弱まり、魔物達が目を開いた時鋭い鉤爪がパタの喉元に振りかざされる。パタは咄嗟に後ろへ飛び退いた。

 金の両目がパタを捉えて狼の手が振り上げられる。

「おい! 一旦落ち着け、危ねえだろうが!」

 鬼の手がその手首を強く掴む。パタの後ろで魔物達が立ちすくんで狼男を見ていた。

 だが鬼の手は振りのけられて爪がかすれて指先から血が飛ぶ。

「もう昔の様に弱くはありませんから」

 鬼は血の滲む手を出したまま、パタに襲い掛かる狼男の後姿を見た。壁に張りついた魔物達の視線が集中する明るく照らされた部屋の中でパタは狼男の攻撃を避け続けていたが、顔に振り下げられた手をすんでのところで掴む。

 俯き、鬼は下ろした手を震えるほど強く握った。

 必死にパタの手を解こうと腕を引く狼男の掴まれた手首の毛が赤く染まりだし、床に血が滴る。パタはあ、と小さく声を漏らして咄嗟に手を離しかけるも狼男の両手を取った。鋭い鉤爪が白い手に食い込んで靴に血がぽたぽたと垂れる。狼の手を掴むパタの手が震えて、肩の傷から流れた血が上着の袖口まで染みる。


 魔物達の声の中でかちゃりと金属同士の当たる音が聞こえる。

「え」

 パタの目が狼男から横にそれた。

 光の球を反射して白く光る刀身が狼男の首目掛けて引かれ、振られる。刀を握る鬼の赤い目に白い一本の線が映った。

 伸ばしたパタの腕に刃が切り込んで返り血が銀色の刀身にかかる。

「殺さないでください!」

 声を上げた瞬間、解放された狼男の片手がパタの首に横から振り下ろされる。爪が刺さるも包帯に血が滲むのみ。

「こいつに人を滅ぼせと言ったのは俺だ」

 鬼の顔を見たパタの首に爪が食い込んで血が包帯から染み出る。

「何を言っているのですか。私は、自らの意思で滅ぼそうと」

「だろうな。自分を洗脳するくらいだ、その意思はよっぽど固えんだろう」

 パタの腕から剣を外して傷口と刃から血が飛ぶ。

「覚悟はしてたんだよ。いずれ、ケジメをつけなきゃなんねえって」

 刀を引いた鬼に、パタは掴んでいた手を引いて狼男を背後に回した。よろめいた狼男の手の爪が首から抜ける。鬼は眉をひそめてパタを見た。

「どけ。そいつはもう」

「殺したら駄目です! 洗脳は解けます!」

 パタの言葉に鬼の表情が一瞬緩むもすぐに刺すような鋭い目つきで睨む。

「適当なことぬかしてんじゃねえ!」

「本当です! 僕だって、狼先輩が生きててもちゃんと洗脳は解けてます!」

 肩から流れて背中に染みた血がぼたぼたと上着から床にこぼれる。狼男の目がはっと開いて緩んでいたパタの手を振りほどいて後ずさったが、足を止めて牙をむき、振り向いたパタを睨みつける。


 刀を持っていた鬼は狼男に目を向け、血の付いた刃を腰に差した鞘に収めた。

「何をすりゃいい」

「このまま、攻撃を防ぎ続けます」

 肩の傷を血の滲む右手で押さえながら言ったパタに鬼はは、と声を上げる。

「テメェふざけてんのか!? んなことで解ける訳」

「今は言えません。解けてから話します」

 血の気の無いパタの顔を見ていた鬼は、ちっと舌打ちをして狼男の方を向いた。

「もしデマこいてやがったら停戦なんて絶対しねえからな」

 え、と声をこぼしてパタは鬼の方を見た。

「なら、解けたら人と戦うのはやめてください」

 眉間にしわを寄せ、鬼はため息をついた。声を出しかけて顔を上げた鬼の目が、向けられていた鋭い狼男の金色の両目とあった。

「……な」

 狼男の鋭い爪が鬼に振り上げられる。

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