11

 セルは俯いたまま肩を震わせている。ケシィとテラは止めに入ろうとしたが、足がすくみ前に進むことは出来なかった。

 国王は震えるセルをよそに陰に並んでいた兵士に声をかけた。

「この不届き物をひっ捕らえろ。ああ、攻撃は構わないが生け捕りにしろ」

「は……はっ」

 数十人の兵士は一斉に敬礼をして国王の前に立つセルを囲む。四方から槍を向けられている中、セルは前へと一歩踏み出す。

「動くなっ!」

 後ろを囲んでいた兵士が槍を突き出す。槍はセルの背中に当たって止まった。

 セルが踏み出したところを中心に床に亀裂が入る。

「ひっ……ば、化け物……」

 槍を突き出した兵士はへたり込むように後ろへ転んだ。

「お、臆するなっ、陛下を守れ!」

 兵士たちは後ずさり誰一人として動こうとはしない。

 声を上げた高齢の兵士は槍を突き出そうとするも、直前で手を止めた。

「……な、何をしている。早くこの者を」

「魔物にだって意思はあります。人間と同じ、それ以上に頑張って生きているんです」

 セルは国王の目の前で立ち止まる。両手は強く握られている。

 国王は横へ逃げようして椅子の肘掛けにぶつかった。立ち上がれずにいる国王を見下げるセル。

「ま、待て。一度落ちつ」

「それを道具だなんて、兵器だなんて」

 腰を抜かした国王にセルが手を上げた。

「魔物だからというだけで、あんな酷いことをっ!」

 国王を睨みつけ、その頬目掛けて振り下ろす。


 勢いよくベッドから上半身を起こした。

 目を開ききったパタは荒くなった息を落ち着け、足にかかっている毛布を両手で掴んだ。窓から洩れる月明りが両壁際に設置されたベッドの間の床を照らしている。007は反対のベッドの脚元で三角座りをして項垂れていた。

 ヒビの入った窓から吹き込む夜風が、下ろした長い黒髪をそよがせた。一束だけ赤い髪に軽く右手で触れ、下ろしたその手の平にじっと目を落とす。月明りにほんのり照らされた白い手の平には棘が刺さった傷があり、そこから血が滲んでいる。

 左手で枕元を漁ってケースからナイフを引き抜いた。荒く肩で息をしながら、白く反射する刃先を右手の平を狙って振り上げる。

 左手首が空中で掴まれた。

「そんなことをされてはシーツを汚しますよ」

 ナイフを握る手が緩んだ。白い手袋をはめた手にナイフが下から引き抜かれ、振り上げた手をゆっくりと膝にかかった毛布に下ろす。荒まった息を落ち着けながら、パタは両手に視線を落としていた。

「明日はいよいよ魔王城なのですから、まだ大人しく寝ててください」

 枕元のケースを取ってナイフをしまい、007はパタの両肩をベッドに押し倒した。ずれた毛布を喉までかけ直して、ナイフを手に元の位置まで戻る。

 両目のライトが消えて俯き、三角座りをして動かなくなる。



 暗い窓の外から夜の鳥の鳴く声が聞こえた。

 毛布にくるまって壁を向いていたパタは目を開け、毛布からそっと足を引き抜いた。ベッドに座って、素足を木の板がはられた床につける。枕元に左手を伸ばして紐を拾って両手でまとめた長い黒髪の根元をくくった。

 手を離し、ベッドについて立ち上がる。シーツがすれる音が微かに聞こえた。

 たたんでおいた上着を羽織り、足音を忍ばせて扉の方へと歩いて音を立てぬよう少しづつドアノブを回して扉を引く。扉の前に置いた靴に足を入れてかかとを踏んだまま廊下へ踏み出す。


 すりガラスの窓のついた扉を閉め、宿屋の向かいに顔を向ける。月明りに照らされて半壊した石の家々が立ち並び、青レンガの屋根が艶やかに輝いている。街道を吹き抜けた夜風が一本に束ねた長い黒髪をなびかせた。ふとズボンのポケットに手を入れて折りたたんであったバンダナを取り出し、頭に巻いて髪を通す。

 パタは花弁の散らばる足元に視線を落とし、灰色の石の道を歩き出す。








 机の上に置かれたランプの火が揺らめいた。狼男は窓際の机の横に立つ、鎧姿のデュラハンの顔を見る。

「……そうですか。ならば、早急に対策を考えましょう」

 膝の上に置いた狼の手でスーツのズボンを掴む。ズボンに引っかいた跡が残った。

「お言葉ですが、勇者が来ることを防ぐ手立ては無いかと」

「そんなことは分かっています」

 やや語調を強めた狼男にデュラハンの体に緊張が走る。部屋に入ろうとしていた鬼はぴたりと足を止め、手に持っていた封筒の束から目線を上げた。

「いえ、ただ……それを恐れてか、早速数十名から一斉に辞職届が出されたようです」

 デュラハンを見ていた狼男の目が僅かに細められる。

「……あの勇者は過剰なまでにお人好しですから、人質を取るなどすれば」

「脅す間もなく奪還されることかと」

 デュラハンは直立して、片手に抱えた頭部で狼男の目を真っ直ぐと見ている。

「なら……いや、少し考えさせてください」

「はい。では、失礼いたします」

 丁寧に頭部の無い首を下げ、鎧姿のデュラハンは振り向いて鬼に目を留めた。去り際に鬼に首を下げてデュラハンは部屋を後にした。

 ランプと壁のろうそくに照らされた薄暗い部屋の中、窓際の机に視線を落としている狼男へと鬼は歩み寄る。


 目の前に荒々しく封筒の束を置いた。

「例の辞表だ。あらかた目は通してある」

 それらの封は全て開けられており、幾つかには形の崩れた文字で退職届と書かれている。真剣な目つきで封筒を見つめている狼男の顔を見て鬼は眉をひそめる。

「テメェ、一体いつまで起きてるつもりだ」

 強引に胸ぐらを掴まれて狼男は鬼の方を向いた。少し驚いたような目で鬼を見ていたが、横に視線をそらす。鬼が眉間にしわを寄せた。

「ふらついてて目障りなんだよ。いい加減殴り落とすぞ」

 手を離すと狼男は椅子の背もたれにぶつかった。茫然と、糸のもつれたズボンの膝へ視線を向ける。

「そうですね」

 は、と鬼が息を吐いた前で狼男は姿勢を直して机に向かい、黙々と封筒の中身を確認しだした。窓ガラスにランプの灯がぼんやりと映る。

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