07

 窓から朝日が差し込む部屋の中でパンをくわえていたパタの肩に中年男が勢いよく手を突く。わっと大声を上げてパンを手に落とし、パタは中年男の方を振り向いた。

「お、お前何やったんだ、大変なことになってんぞ!」

 中年男は手に持っていた新聞紙をパタに見せつける。

「え、えっと、何のこと?」

「ここにでかでかと……って、ああ。そういやそうだったな……」

 指さしていた新聞紙を裏返して大きく書かれた記事を読み上げる。

「国際指名手配犯、盗賊パタ」

「えっ!?」

 立ち上がってパタは中年男の顔を見た。横で縫い物をしていた007が針を置いて、中年男の横から新聞紙を覗き込む。

「罪状は勇者誘拐ですか。反逆罪の方が面白かったのに」

「お、面白いって……」

 かじりかけのパンを手に困惑しきった様子でパタは007の方を向く。

「まあ、いつかはこうなると思ってましたから問題は特に無いかと」

 元の位置に戻って針を拾い、縫物の続きをしだす。まだ理解が追い付いていないという表情でパタは手に持っていたパンをくわえた。

「……ま、まあ、いろいろあったんだな……」

 新聞に目を戻して中年男は頭をかく。カールした髪をブラシでとかしながら座って話を聞いていた金髪の女が、立ったままパンを食べているパタをふと見た。

「そういえば、パタ……何で、昨日あんなところで寝てたの?」

 残りのパンを口に放りこんで飲み込み、パタは金髪の女の方を向いた。

「あ、えっと……それは」

「おい、パタ! ボスが呼んでるぞ」

 青年団員の知らせにパタは頷いて、早足で声のした方へ向かって行った。

 金髪の女と新聞から目を離した中年男はパタの後姿を見送る。



 扉の前で立ち止まり、ドアノブにかけようとした手を止める。

「あれ、ここって……」

 躊躇してパタは回しかけたドアノブから手を離し、扉をノックしようとした。

「何してんだ、さっさと入ってこい」

 扉の向こうから聞こえたボスの声に慌ててはい、と返事をする。ためらいがちにドアノブに手をかけて、横に回して扉を前に押す。

「し、失礼します……」

 踏み込んでパタは部屋の中を見回した。木箱や高価そうな置物などが積み上げられた部屋の奥で、傷んだ本を眺めていたボスは顔を上げて、その様子を眺めていた。

「……ここは倉庫部屋だ。足元に階段があるからき」

 言い切る前に踏み出したパタは三段ほどの階段から滑り落ちて前に転倒する。床からほこりが舞い上がって横の木箱から落下した本がパタの頭に当たった。持っていた本を背後の棚に置き、ボスは身を起こして咳をしているパタを立って見下ろした。

「す、すみません……それで、どうしてここに……」

 立ち上がって服のほこりを手で払い、パタはボスの顔を見る。

「あ、ああ……お前に、渡して……いや、返しておきたいものがある」

 僕に? とパタが首を傾げた。ボスは壁際に積み上げられた木箱や金の装飾のなされた武器の方へと歩み寄り、上段に置かれた赤い印のついた木箱を抱え上げて床に下ろした。並べられた木箱の裏に手を伸ばして、鞘のついた大きめの剣を引っぱり出す。

「これだ」

 元の場所まで戻って、物音から怪訝そうにしているパタの手を取ってその手に剣を置いた。受け取ったパタは反対の手で鞘に触れ、え、と声を漏らして鞘を引く。

「これ……」

「恐らくはあの紛失したっつう伝説の剣だ。二年前、何故か向こうの部屋にあった」

 剣を眺めていたパタの目が僅かに開く。手を握り、覗いている銀色の刃を鞘に戻した。血の気の引いた顔で、目線を床に落とす。

「あの時は、本当にご迷惑をおかけしました」

 剣を握っているパタを見てボスの緊張が解ける。

「や、お前が謝る必要は無い。あれは、追い詰めちまったこっちの責任だ」

 言いながら視線を落とす。天井付近の穴から吹いた隙間風が、床に落ちたままになっている本の破れたページをめくる。床のほこりが本にかかった。

 風の吹く音の中、ボスは顔を上げかける。


 パタが先に顔を上げた。

「でも、僕にはもう必要ありません。これはボスにあげます」

 少し間を置いて、ボスはパタの顔を見ては、と声を上げた。

「な、何言ってやがんだ、そいつはテメェの」

「僕は戦いに行くわけじゃないんです。剣なんて使いません」

 首を横に振って、呆然としているボスに剣を差し出した。

 穏やかな笑みの浮かぶパタの顔をじっと見て、ボスは差し出された剣に目を落とす。剣の柄と鞘には同じ簡素ながら神秘的な模様が刻み込まれている。

「……そうか。なら、ここに置いておく」

 手から剣を受け取って、パタの顔を見た。

「だが預かるだけだ。貴重なもんだ、用が済んだら取りに来い」

「はい!」

 頷いてパタは微笑んだ。それじゃあ、と扉の方へ向かおうとして本につまづき前のめりに転びかける。咄嗟に伸ばした手を下ろしつつ、ボスは足元を見ているパタを見た。

「……お前は、十七にしては色々背負い過ぎている」

 え、とパタは振り向いて自身の背中に手を回した。空中で手を空振りして首を傾げ、恐る恐る扉へと歩み寄って階段を無事上って扉を開ける。

 扉を閉め、後ろ手にドアノブを握ったままその場でパタは立っていた。

 独り頷いて廊下を来た道を戻る。





 小屋の裏で階段を上がったパタは、しゃがんで階段の下を覗いた。

「そういや、体調の方はもう平気なのか?」

 下から見上げていた中年男がパタに聞く。

「うん、寝たら何だか元気になったよ。ありがとう」

 礼を受けて中年男は照れ臭そうに顔を背けて首をかいた。慌てた様子で横から顔を出した金髪の女がパタに小包みを差し出す。

「どうにか間に合った……パタ、これ」

 階段の下に手を伸ばして受け取った、麻ひもで結ばれた小包みをパタは不思議そうに見つめて匂いを嗅いだ。あ、と声を漏らす。

「ベリーケーキ。パタ、ちゃんと食べてなかったから……甘いのなら」

 金髪の女は微かに口角を上げて笑った。満面の笑みでパタは階段の下を覗く。

「ありがとう! すっごく嬉しい、魔王城前で食べるよ」

「五日以内には食べて」

 金髪の女の忠告に、そうだった、とパタは笑って小包みを上着のポケットにしまった。笑っているパタに中年男は横に目をそらし、パタを見上げる。

「けど……本当に良かったのか?」

 パタの後ろに立っていた007は青い左目のライトをパタに向けた。階段の下から団員たちが見上げる中、俯いていたパタは笑みを浮かべた。

「うん。もう、これ以上危ないことには巻き込みたくないから」

 言って、パタは立ち上がった。

「じゃあ、また。本当にありがとう」

「終わったら必ず戻って来い」

 ボスの声にパタの表情がぱっと明るくなる。

「はい。次こそちゃんと成功させて、絶対に帰ります」

 宣言して、パタは笑顔で手を振った。手を止めて後ろを振り向く。

「それじゃあ、行こう」

 涙のにじんだ目で笑うパタを007は眺めていた。が、ふとエプロンのポケットに手を入れる。

「パタ様、その前にこれを」

 ポケットから取り出したのは中央の穴が縫い閉じられたバンダナ。あっ、と声を漏らし、パタはバンダナを受け取って早速それを頭に巻く。


 結んだバンダナの穴から束ねた長い黒髪を通し、パタは007の方を向いた。

 007は掲示物を引き剥がしてきたらしき紙を手を読んでいる。

「これで指名手配犯の特徴はオールクリアですね」

「えっ」

 自身の顔を見ているパタをよそに007は紙をたたんでポケットにしまった。

「さ、行きましょう」

 スタスタと小屋の手前へと歩いていく。慌ててパタは007の後を追い、草原を歩き出した。晴れた空に昇った朝日が、地平線沿いの家々の屋根を照らす。



 小屋から少し離れた所で007が立ち止った。

「ところで、どちらへ向かわれるのですか?」

 あ、と呟いてパタは立ち止る。

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