06
草原に着地したパタはルノを抱えたままその場に崩れ込んだ。007が辺りを見回すと、ほのかにオレンジ色になった空の下、地平線の向こうで点々と家の灯りが見えた。
「ここ……お二人が住まわれている場所の傍ですね」
振り向くと崩れそうな掘っ立て小屋が建っている。007は左目だけの青いライトを足元で草の上にへたり込んでいるパタに向けた。
「立てますか」
差し伸べられた手袋をはめた手を取って、パタは片手にルノを抱えておぼつかない様子で立ち上がる。小屋の裏から出てきた中年男が三人の姿にバケツを落とした。
「お……お前ら、どうしたんだ!」
水を被ってびしょ濡れになったズボンで中年男はパタに駆け寄る。中年男の声を聞きとめてか、小屋の裏からボスが顔を出した。
「な」
ボスが足を踏み出した時ルノを抱えたままパタが中年男にもたれかかった。
二人に続いて小屋の裏から他の団員がぞろぞろと出てくる。
団員たちの囲む中心で毛布を掛けられているルノはうなされ、しきりに寝言を呟いていた。顔が蒼白く震えているルノにボスがずれた毛布を掛け直す。
「……それで、こいつはそれが魔物特有だと知ってるのか」
ボスに聞かれて、毛布にくるまって三角座りをしているパタは僅かに顔を上げた。
「分かりません。けど……多分、知ってると思います」
そうか、と言ってボスはルノの寝顔を眺めていた。パタの横に立っていた中年男が混乱し切った様子でボスを見る。
「ま、待ってくださいよ。じゃあ、何だってこいつがそんなもん……」
団員全員の視線がボスに向く。赤い夕焼けの光が天井付近の窓から細く差し込んで、ボスの頭頂でまとめた赤い髪を照らす。
ボスは小さくため息をついた。
「……お前らに言わなきゃなんねえことがある」
地下室にはルノの寝言と外を飛ぶ夕方の鳥の声だけが聞こえていた。ルノを眺めていた顔を上げ、ボスの赤い目が団員達に向けられる。
「こいつは私の実子だ」
地下室に差し込まれていた赤い光が少しづつ弱まっていく。
団員たちは無言でボスを見ていたが、団員の青年が切り出した。
「で、でもっ、ボスの家族は……その、皆魔物に殺されたって」
ボスの方を向いていたパタは、え、と声をこぼしてルノの方を見た。ボスへ目を戻す。微かに眉をひそめ、ボスは視線を僅かに下げる。
「ああ、そうだ。こいつは、そん時の魔物の子だ」
落ち着いた口調でボスは言った。静まり返った部屋の中は光が消えて暗くなり、薄暗い中で007の片目の青いライトが光っている。
ボスは再びルノに視線を落とした。
「産んだら即座に殺してやろうと……思ってたんだがな」
足の上にのせていた、傷の入った手を軽く握る。
「出来なかった。それで、ここまで連れてきた」
パタはうなされているルノにゆっくりと目線を落とす。
暗い部屋の中で俯いていたボスが引きつったように口角を上げた。
「で、結局そいつは人造魔物だったって訳だ。馬鹿みてえな話だよな」
軽く握られていた手を、強く握りしめる。
「それで勇者を恨んでたなんて、逆恨みもはなはだしいじゃねえか」
だんだんと頭が落ちて握った手の上に乗せられる。暗闇となった地下室で窓から洩れる薄い明かりに照らされているルノとボスを団員たちはじっと見ていた。
「隠しててすまねえ。それから、勇者、本当にすまなかった」
肩を震わせているボスの手に水滴が垂れて、手からこぼれてズボンに染みる。落ち着いてきたルノから目を離し、パタはボスの方を向いた。
「僕は、ここの団員で盗賊です。だから謝る必要なんてありません」
パタの発言にボスは顔を上げて毛布にくるまっているパタの顔を見た。
「な、何言ってんだ。お前をさらってきて、あんなことになるまで」
「ボス、やめないよね」
金髪の女の声にボスは言葉を詰まらせて上を向いた。不安そうにこちらを見ている団員の表情に、握った手から力が抜ける。
「えっ、泣いてたんですか? やめてくださいよ、ボスが泣くなんて」
言いつつ中年男は明らかに動揺していた。
「な、泣いてなんか……」
ボスは咄嗟に手の甲で目元を拭うも涙はぼろぼろとこぼれ落ち続ける。団員たちの視線が中年男に集まった。
「あーあ、ボス泣かせた」
「お、俺のせいなのか!?」
一層動揺する中年男をよそにボスは俯いて手で何度も顔を拭っていた。団員たちの方を振り向いて、パタは血の気の無い顔に笑みを浮かべている。かち、とスイッチを切り替える音がして真っ暗だった地下室の電灯がついた。
「ところで、もしご夕食がお済みでなければ今夜は私が作りましょうか」
007の提案に、ぱっと団員たち、主に男性団員の表情が明るくなった。
盛り上がっている団員たちから目を離しかけたパタは団員の手に引っ張られる。手放した毛布が眠っているルノの顔に被さる。
「……パタ」
毛布の下でルノが寝言を呟く。
暗がりの中でパタは目を開け、もぞもぞと音を立てぬように毛布から抜け出した。手を前に突き出し、足音を忍ばせて慎重に部屋の隅まで進む。
手が壁に当たり出しかけた声を抑えて、パタは壁際で丸まっているルノを見下ろした。少しの間無言でいたが、そっと手を伸ばして、眠っているルノの顔にかざす。
「禁術、記憶消去」
魔力が微かに赤く光って見えた。手を引き戻し、壁から手を離す。
「ごめん、ルノ」
顔を上げて寝ていた場所へと歩き出す。
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