05
名乗ったパタに一同は茫然と視線を向けていた。
「……もう後戻りはできませんね」
あ、とパタは007の方を振り向く。007は微かに口角を上げて、玉座の間を見渡した。
剣を引き抜きかけたまま固まっていた黒い兵服の女は背後の兵士達の方を向いた。
「と、捕らえろ」
青い羽をつけた兵士達は返事をするも、その場から動こうとしない。中には槍を向けようとした者もいたがパタが足を踏み出すとその槍を赤いじゅうたんの敷かれた床に落とした。
視線が集中する中、パタは押さえつけられているルノの方へと歩いて行った。
ルノの前で立ち止まり、手を伸ばす。
「ルノ、遅れてごめん。助けに来たよ」
伸ばした手は掴まれている手から外れてルノのわき腹に当たった。え、と声を漏らしてルノはパタの顔を見る。
腕を掴んでいた兵士がルノをパタから引き離した。
「ゆ、勇者様お気を付けください。この子供は洗脳が……」
「知ってます。だけど、ルノは人を操ろうとしたりしません」
パタの言葉にルノは目を開いて何か言いかけるも言葉を詰まらせた。黒い平服の女は抜きかけた剣を握る手に力を入れ、警戒姿勢を解く。
「中央国王のさしむけですか」
咄嗟に首を横に振ってパタは女の方を向いた。
「い、いえ。あの、ルノは僕の友達で……」
兵士達が騒めく。ああ、と黒い兵服の女は横目にルノを見た。ルノはやや目線を落としている。
「ご安心ください。手荒なことは致しません」
女に目を向けられてルノを押さえていた兵士たちは掴んでいた手を緩める。
「ただ、少し世界の平和にご協力頂こうかと」
「騙されんな! こいつら西の王を」
声を荒げたルノは兵士に手で口を塞がれる。ルノ、と名前を呼んでパタはルノを押さえつけている兵士達の方を向いた。女が兵士達をいさめる。
「よせ。……申し訳ありません、不行き届きな者共で」
訝しげなパタに女は眉間にしわを寄せたまま話す。
「我々はただ、西の国の女王陛下のご協力を得たいのみでございます」
息を吸ってパタは女の方を向いた。
「だ、駄目です。洗脳して、人を操ろうとするなんて」
パタの訴えに、女は僅かに表情をしかめる。
「……勇者様、最も軍事力の高い国はどこかご存じでしょうか」
「え、えっと……最果ての国……?」
突然の質問にパタは戸惑いを見せる。
「確かに最果ての国は高い科学技術を保有しております。しかし、軍事の面で言えば最も力のあるのはここ、西の国でございます」
女は淡々と話し続ける。
「現在、我々人類は人造魔物と対立関係にあり多くの負傷者、死者が出ております。この悲惨な状況を食い止めるには西の国の協力は不可欠なのです」
「待ってください。戦いで解決するなんてよくないです」
言った途端、しんと静寂が走る。
室内の空気が変わったことにパタは周囲を見回した。
「……勇者様は、魔物の味方をなさるということですか」
はっとパタは女の方を見た。
「そ、その……」
返答を躊躇しているパタに、兵士達が騒然としだす。ルノは兵士に押さえられたままパタを見ていた。女はパタを鋭い目で睨む。
「では、貴方様は人類の味方なのですか」
玉座の間が静まり返る。全員の視線の中心でパタは立ち尽くしていた。
「あの、僕は」
「やっぱり勇者は化け物なんだ」
女の後方の兵士から声が聞こえてくる。パタは俯きかけていた顔を上げた。
「人でも魔物でも無い、何でそんな化け物のことを信じ切ってたんだ」
「き、気を付けろ! 俺らも殺されるかもしれないぞ」
兵士たちは次々と声を上げだしパタに槍が向けられる。
「静まれ!」
だが黒い兵服の女の一喝に兵士たちは静まり返った。女はパタの方を向く。
「勇者様は、どちら側にもおつきにならないということですね」
女の問いにパタは違う、と言いかけて言葉を詰まらせる。
「……残念です。そうなれば貴方は反逆者、否、魔王以上の危険因子」
パタは血だらけで木片の刺さった両手を強く握り、手首の傷から血が伝った。黒い兵服の女は抜きかけた剣を握って兵士達に命令する。
「このバケモノを直ちに捕らえろ!」
兵士達の槍が一斉にパタへ向けられて女は剣を引き抜いた。
飛びのこうとしたパタの横でその剣は静止する。
パタの前で黒い兵服の女は剣を収めて後方の兵士達は槍を下ろした。
片足を引いた状態で前を見ていたパタは、ゆっくりと横を向く。
「ルノ」
名前を呼ばれてルノは目をやや見開いたままパタの顔を見た。放心していた数人の兵士が悲鳴を上げてルノから手を離して後ずさる。
放された体から力が抜けてそのまま石の床めがけてルノをパタが瞬時に駆け付けて支えた。意識の無いルノの頭がパタの肩にもたれかかり、ふっと顔色の蒼かったパタはその衝動で横へよろめく。
「い、今だ!」
身を引いていた兵士数人が手に持った槍をパタの脚に突きつけようとするも、その槍は割り込んだ老齢の側近の剣に阻まれ金属音を立てた。
「今のうちにお逃げくだされ」
老齢の側近の囁きにパタは気が付いて体勢を持ち直した。ルノを抱え上げ、振り向いて部屋の中を見回す。ルノの背中を支えるその手を007が取った。
「早く逃げますよ」
007の方を向いて頷く。
「転移魔法!」
横から突き付けられた兵士の槍が届く前に三人の姿が魔力に包まれて消えた。
玉座の前で立ちすくんでいた西の国女王は、武器を収めて互いの顔を見合わせている青い羽を刺した兵士達の方を見る。
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