03

 雲の少ない青空の下、屋敷の前で三人の町人が立ち話をしている。

 横を通り過ぎて行った人物の姿に片眼鏡をかけた男が顔を上げた。

「おお、セルさん。お久しぶりです」

 歩いていたパタは立ち止って、三人の方を向いた。カゴを握った白い手を傷の入った堅い両手が強く握りしめる。

「セル坊、よく生きて……っ」

 額にタオルを巻いた屈強な男が涙をにじませた目を手でこする。ホウキを手に横に立っていた中年の女が屈強な男の顔を見ているパタに目頭を拭った。

「丁度今セル君の話をしていたところだよ。体調はもう大丈夫なのかい?」

「はい、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」

 微笑んだパタに中年女は何か言いかける。


 だが言葉を詰まらせて笑い返した。

「何かあったら遠慮なく言っておくれよ。大抵は家にいるからね」

 笑顔ではい、と返事したパタの頭に屈強な男が手を置いた。

「しかし、あのちっちゃかった坊主がちょっと見ないうちにでかくなったもんだなあ」

 僅かに自身より身長の低いパタの頭をぽんぽんと叩く。

「それに見違えるほど男前になったねえ。その髪は切らないのかい?」

 中年女に言われて、パタは包帯を巻いた首にかかっている黒い髪の束へ目を向ける。パタを眺めていた片眼鏡の男が感心したように腕を組んだ。

「本当に大人らしくなられて。しかもお母上が言うには友人も沢山出来たそうで……」

 俯き、腕を解いて片眼鏡を上にずらす。

「教育者として感激で……すみません、年のせいか涙腺が緩く……」

 チョッキのポケットからハンカチを取り出して目元を拭う。他二人ももらい泣きしだし、微笑んでいるパタの肩に中年の女が手をそっと乗せた。

「本当に生きててくれて良かったよ。こんなご時世だけど、これからはもう何も心配しないでゆっくり暮らすんだよ」

 中年女の顔を見ていたパタが、口を開いた。

「あの、それでしたら」






 玉座の間で椅子に座り、中央国王と黒い兵服を着た髭の男が話し合っているところへ扉が開いて兵士が駆け込んできた。

「何だ。魔物の襲撃か」

「勇者様が……」

 膝に手を置いて荒まった息をついた兵士に、中央国王は椅子から立ち上がった。

「な、まさか死んだのではあるまいな」

「町人が言うには、魔物を倒してくると仰られたそうです」

 兵士の報告に中央国王は言葉を失って、ひざまずいた兵士を見た。

「無茶な……いくら勇者とはいえあの者は失明しているうえ、あのような状態で……」

 立ち尽くしている国王の隣で、黒い兵服の男が考え込む。

「ですが陛下、この状況下では我々は彼に頼るべき、頼らざるを得ないかと」

 黒い兵服の男の言葉を受けて中央国王は下ろした手を握る。

「……もし、それが誠であれば、直ちに同行者を選出してまいれ」

 はっ、と返事をして黒い兵服の男が扉の方へと早足で歩いていく。




 道の向こうを眺めながら、町人三人は立ち尽くしていた。

「あの子……すっかり変わってしまって……」

 ホウキを軽く握り、小さくなっていくパタの背姿を見つめる。

「やはり私達は、彼に頼ることしか出来ないのでしょう」

 伏せた目を首にかけた懐中時計に留める。手に取り、蓋を開けて時刻を確認する。

「では、私はここで。次の授業がありますから」

 蓋を閉めて片眼鏡の男は丁寧に頭を下げる。振り向いて屈強な男と中年の女は頭を下げ返した。横で門の開く鈍い金属音が聞こえる。

「あら、久々にあの娘さんが……」

 中年女が顔を上げるも門の向こうには誰もいなかった。玄関から数歩分離れた位置で、内向きに開け放されたままの金属製の門の扉が揺れて音を立てる。



 カゴを手にパタは野菜や果物の並ぶ売り場の前で止まった。ござの上に並んでいる数種類の商品を見下ろし、トマトと芋を指さす。

「トマトとお芋を二つずつください」

「おお、よく分かったね。流石は……うちの常連さんだ」

 あぐらをかいていた店主は手前のカゴからトマトと芋を二つずつ取って、パタが手に持っていたカゴの中に入れた。

「あいよ。合わせて銅貨九枚だ、おつりはいくらだい?」

 差し出された銀貨一枚を受け取って缶の中に入れる。手を出したまま、パタは見上げている店主に笑いかけた。

「僕だってそのくらい分かります。銅貨六枚ですよね」

「ん、正解だ。毎度あり」

 缶から銅貨六枚を取り出してパタの手の上に乗せる。受け取った銅貨をズボンのポケットにしまい、頭を軽く下げてパタは立ち去って行った。

 しみじみと後姿を眺めていた店主は、ふと首を傾げる。

「あれ、あっちに店なんかあったっけか……?」

 だがやってきた客にぱっと接客に切り替える。


 トマトと芋の入ったカゴを手に持ってレンガの道を歩いていたパタは、門の前で兵服に金のバッチを付けた門番の青年に止められる。

「すみません、野菜など持ってどちらへ向かわれるのですか?」

 立ち止まったパタは辺りを見回した。

「家に戻ろうと……」

「それでしたら私が案内します。おい、ちょっと行ってくる」

 もう一人の門番に告げて、失礼します、とパタの手を取った。

「すみません、道を覚えるのが苦手で……」

 俯き気味なパタに門番は笑って見せた。

「いえいえ。これも職務の一環ですから」

 さ、と手を引いて歩き出す。付いて行っていたパタは、声を漏らして不意に足を止めた門番に立ち止まって前を向く。

「な……何者だ、その女性を放せ!」

 槍を向けて警戒姿勢を取った。周囲の町人たちが悲鳴を上げる。


 右目の壊れた007は片腕にもたれかかっているケシィを抱えて、下ろしている反対のドリルの手を元の人型に戻した。

「数日ぶりです。なかなか潜入するチャンスが掴めなかったもので」

 突き付けられている槍の先をいともたやすく折ってパタに投げてよこす。顔に刺さる寸前で槍先を手に取り、パタは007に微笑みかけた。

「007、久しぶり。一緒に居るのは……」

「前中央国大魔法使いの義理の孫。貴方を担当した拷問官です」

 顔色の蒼白く、白いスカートに垂れたように赤い血痕が残っているケシィの方へと目を向ける。青く光る007の左目がパタへと向けられた。

「それでは、この方を殺してください」

 下ろしていた手でケシィの肩を支えて立たせた。高い位置で結んだ髪の束を垂らして、ケシィはぐったりとした様子で視線を足元に落としている。

「うん」

 足元にカゴを置き、折れた槍先を手にパタは笑顔でケシィの方へと歩み寄る。

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