15

「……そうか。なら」

 立っていたテラの頬に小石が当たった。喉の奥で声を殺してテラは歯を食いしばる。

「嬢ちゃんも魔物の仲間ってことだな」

 投げられた石が首元に当たって血を滲ませる。躊躇していた人々が石を手に取り、鈍い音を立てて石がテラの体に打ち付けられていく。

「ね、姉さん何やってるんすか。やめた方が」

「これは罪滅ぼしなんです。それに」

 言いかけたテラの足に石がぶつかる。青あざの出来た手を強く握りしめてテラはじっとこらえていた。どうにか立ち上がろうとしたパタは横へ崩れ込み、手を突いて体を起こそうとしたその時、ふと石が止んだ。

 顔を上げると三人の前で、ケシィが観衆に手を向けていた。

 細められた灰青の瞳が人々を睨みつける。

「あ……あれ、よく見たら、大魔法使い様のとこの」

 人々が石を持っていた手を下ろす。喧騒が段々とおさまり、話し合う囁き声だけが聞こえてきた。視線をそらした人々から目を離してケシィは後ろを振り向く。

「テラ、傷を……」

 ふとテラの手に伸ばしかけた手を止めて、後ろのパタを見た。怪訝そうに眺めているケシィに気が付いてプルが立ち上がる。

「ああ、実はさっきまで洗脳で」

 あれ、と呟いたパタに三人の視線が向いた。

 瞬きをして目を血と泥のついた手でこすり、パタは顔を上げる。

「……真っ暗になった」

 見上げているパタを見て、ケシィは微かに眉をひそめて日の光の映っている、涙のにじんだ黒い両目を見つめた。

「……後遺症ね」

「え、後遺症って……何の」

 スライムに血交じりの片手をそのままに動揺しているプルの方を向く。

「洗脳の、魔力が抜ける時に神経に絡まって取れなくなることがあるのよ」

 えっと声を上げてテラはケシィを見た。

「じゃあ、もう……ずっと、目が」

 再びパタの方を向きかける前に悲鳴が上がった。

 話し合っていた人々は息を詰まらせて四人の方を見る。


 両手を後ろの血の中についてパタは目を見開いていた。

「やだっ、来ないで、やめて!」

 蒼白した表情で必死に拒んでいるパタを三人は茫然と見下ろす。後ずさったパタの手が肉片をつぶして引きつった声を漏らして反対の手で口を押える。スカートに血を吐き出したパタの傍へ007がしゃがみ込んで両手を掴んだ。

 白い手袋とメイド服の裾に血が染みこんで肉片がこぼれる。

「パタ様落ち着いてください。それらは全て幻覚です」

 007の言葉に、テラがえ、と声を漏らしてパタの顔を見た。

「あ、え……パタって、まさか」

「貴方……あの時の盗賊ね」

 見下ろして呟いたケシィにパタは短く悲鳴を漏らして手を引き抜いて後ずさる。

「あ……や、やめて、僕は、何も」

 言葉を漏らす口の端から血が伝って垂れている。

「しらばっくれても無駄よ。貴方達が勇者を誘拐したってことはもう明白なのよ」

 後ずさったパタへ歩み寄っていくケシィを、プルが困惑した様子で見た。

「勇者を誘拐って、これ兄貴っすよ」

 ケシィの足が止まった。震えながら口から血を流しているパタの顔を見たケシィの目が、開いたまま止まる。

「……え」

 踏み出したケシィにパタはひ、と声を上ずらせて見開いた目で見上げながら体を後ろへ下げる。首を横に振って拒んでいたが一層目を開いて俯き血を吐き出す。切れていたゴムが血染めのスカートに落ちて、ほどけかけていた赤い髪が垂れた。

「あ、セル」

「やだ、もうやめて、痛いよ」

 口から血を流し叫ぶように言ってパタは頭を抱えてうずくまる。



 ふと、パタは顔を上げた。見開かれた黒い両目が前方のケシィを見つめる。

「もう……治らないんだよね」

 開かれたままの瞳孔に日の光が映る。

「お願い、僕を殺して」

 顎を伝った血が離した血だらけの手に垂れた。

 パタの目を見つめたまま、ケシィは絞り出すように震えた声を漏らす。

「な……何言ってるの、そんなこと」

「もう耐えられないよ。だから、お願いします……僕を、殺してください」

 喉が動いて絶え絶えに息を吐いて吸う。ケシィが首を横に振った。

「ば、馬鹿なことを言わないで。平和交渉するって、言ってたじゃない」

 パタの呼吸が詰まる。

「貴方がやらなかったら誰がやるのよ。誰も、やらないわ」

 見上げているパタを睨みつけるように見ていた。

「どうして……分からないの、いつまで経っても死ぬことばかり……」

 ケシィの目から涙がこぼれて頬を伝う。

「皆が、どれだけ貴方のことを、大切に思っているか」

「分からないよ!」

 遮ってパタが声を上げた。全員の視線がパタに集中する。

「どうしてって言いたいのは僕の方だよ、なら何で誰も助けてくれないの」

 両手を強く握ってパタは血だらけになった膝元に血をこぼした。

「誰も僕の気持ちなんて考えてくれない。当たり前だよね、こんな最低な」

 一時的に言葉が途切れて、息を吸う。

「ねえ、いい加減ほっといてよ、もう」

 ケシィの金属製の義手がパタの頬を叩いた瞬間ナイフの様に鋭く甲高い悲鳴を上げてパタは横へ倒れ込んだ。

 あ、とこぼしてケシィはパタを見下ろすも、パタは目を閉じたまま動かない。

 テラがパタを揺り動かしてプルが背負って町の方へと走りだす。

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